事のなりゆき

日々のなりゆきを語ります

トップを外せ・・・

2012-05-31 10:18:09 | Weblog
なぜきのう関西電力大飯原発の再稼働をめぐる関係閣僚会議が開かれたのだろうか。そんな素朴な疑問がわいた。きのうは野田、

小沢会談が一番の注目だったはずである。とはいえ手続き的なものでしかない、というのが大方の見方でもある。野田首相は小沢

と会って、決別宣言をして、これまでの淀みを一気に流そうとしたと小生は読んだ。いつまでも今のまま放置しておくわけにはい

かない。結果は予想通りだ。ただし新聞情報によれば決別はできなかったと書いている。見出しはあくまでも「平行線」だ。再会

談については「反芻(はんすう)」してからと考える時間に含みをもたせた。ここでも平行線路線を取り、決別路線はとらなかっ

た。いずれにしても予想の範囲内できのうの会談は終了している。

 そして夜に8時半ごろになって関係閣僚会議が開かれ、野田首相は立地自治体の同意を前提に「私の責任で判断する」と関西電

力大飯原発3、4号機の再稼働決断を滲ませた。朝日新聞にはこの関係閣僚会議が急きょ開かれたと書かれている。細野原発相が

きのう鳥取県で開かれた関西広域連合に出席して大飯原発再稼働問題について理解を求め、周辺自治体の理解が大筋で得られてと

いう感触を受けて急きょ開いたのかもしれない。

 新聞のトップはこの再稼働問題がのぼっている。この関係閣僚会議がなければ、おそらく野田小沢会談がトップだろう。と考え

れば極めて独断でまた極論ということを事前にお断りながらだが、野田小沢会談が一面にされたくない理由が両者、関係者にあっ

たのではないかと小生は疑う。

それはなぜか。もちろん今の時点ではわからない。

 きのうの野田小沢会談はどんな意味をもつのか。どんな局面なのか。消費税増税問題だけなのか、会談内容は消費税増税問題だ

が本質はちがうだろう。会う前から結果は見えていた。ある区切りをつけるために二人は会った。それは両者とも合意の上だろ

う。二人だけでは言った言わないともなりえるので、興石氏が同席をしている。トップ会談で幹事長といえども同席するのは珍し

いと小生は思う。区切りとはなにか。民主党の分裂の区切りではないのか。その報道はない。小生の勝手な推測の域は出ない。そ

うした大きな決断を隠すわけではないが、トップを外すには大飯原発の再稼働問題しかなかった。少なくともきょうの一面は

外したかった。それなりのわけがあるのだろう。

 話としてはおもしろいが、推測が過ぎただろうか。ふとそう思わなくはない。


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巨大なオブジェはどう映るのか・・・

2012-05-30 16:25:34 | Weblog
東京スカイツリーを見てきた。建設途中から見ているので、初めて見る感激というのはなかったが、一番びっくりしたのがとにか

くみんなよく写真を撮る。これが一番の感想だ。会社の出張で東京も来たであろうというネクタイ族も携帯カメラでバシャバシャ

と撮影していた。写真とはどうみても縁のなさそうなおばちゃんやおじちゃんまでみんながあの巨大なツリーにカメラを向けてい

た。小生その姿がおもしろく、その人たちを逆撮影していた。スカイツリーの真下に行けば、腰が痛くなるほど上を眺めなければ

いけないので、たいへんだ。いいおじさんたちがみんなしゃがんでレンズを向けている。みていると滑稽だ。

 スカイツリーの近くに寄って鉄柱の一本一本をじっくり見る。小生、設計に関してはど素人だが、このスカイツリーを作るのに

何枚の設計図が必要だったのだろうかと考えてしまう。階段ひとつをとっても幅、高さ、角度などいろんな要素が必要になる。

643Mの作るためには、と考えると気が遠くなる思いだ。中は大混雑だった。入場券を持っていないので、展望台には上がれなかっ

たが、どこも列・列。お土産を買うのも列。レジでも列。それでもみんな根気よく並んでいる。家に持ち帰ればゴミになりそうな

ものでもみんな買い物かごに入れている。そんな様子も写真に撮りたかったが、人目もあり実現はしなかった。小生スカイツリー

を見ている時間よりもむしろ人を見ている時間の方が長かったかもしれない。外人さんもたくさんいた。みんな一応に口をあけて

上を見上げる。海外から来た旅行者にはこのスカイツリーはどんな風に見えるのだろうか。

 エジプトのピラミッドなどはその王様の地位の高さがあの大きさの象徴だった。バロックの天井画も自分たちの力を対外的に見

せるものだと解釈されている。スカイツリーは権力の象徴でもなければ、国外に向かっての力を見せるものではない。単なる電波

塔でしかない。しかし日本の高い技術力を見せたことは間違いのない事実だ。まして日本は世界の中でも有数の地震国だ。その地

震対策も兼ね備えた643Mはものすごい技術が詰め込まれている。あれほどのものが果たして必要だったのだろうか。小生には

少々、やはりお国自慢のオブジェを見ているようが気がふとした。
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ふと振返るといろんな人にお世話になった・・・

2012-05-29 20:36:40 | Weblog
当時お世話になった元県議会議員が亡くなった。最近はまったく消息を知らなかった。5

年前くらいだろうか、居酒屋でばったりと会ったことがあった。議員をやめてサラリーマ

ンをやっていると言っていた。笑い方に特徴のある人だった。変わらない笑い方に懐かし

さを感じた。

 当時は、まだ駆け出しの記者だった。県政を任されてはいたものの、右も左もわからず

毎日右往左往していた。県議会の取材も人脈がなければなにがなんだかわからない。政治

取材は水面下がネタになる。表面取材では仕事にならない。こっそりと教えてくれる人が

必要だ。そんな心細い小生を救ってくれたのが、この人だった。自民党でありながら少し

反体制派だった。同じ選挙区にベテランの自民党議員がいた。その人と同じことをしてい

てはいつ選挙に落ちるかわからないという危機意識があった。付き合う記者もそうだった

ようだ。地元紙を相手にするのではなく、ちょっとかわった相手が欲しかったようだ。そ

んなところで馬があった。夜に居酒屋から呼び出されることもあった。ネタの提供だっ

た。わからないことはなんでも聞きに行った。もちろん裏側の話だ。書ける話は少なかっ

た。でもそのネタを県職員や他の県議にちらつかせるだけで記者としてのアイデンティテ

ィを保てた。


 記者と議員という付き合いではなく、人と人との付き合いもしてみたかった。いつしか

ちがう場所を歩くようになった。

 考えてみると新潟に来て29年目、普段はあまり意識することはないが、振返るといろん

な人に支えられてきた。ふとそう思う。

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量をこなさなければ・・・

2012-05-29 18:08:42 | Weblog
毎週火曜日は映画論の授業がある。学生は5人。中国人1人、フランス人1人、日本人3人だ。みんな日本語はうまいのでコミュ

ニケーションに問題はない。このうち2人が映画論を専門にしている。

 きょうは、このうちの一人で院生1年の女性が発表した。映画のタイトルはブラッドピットの「イングロリアル バスターズ」

だ。彼女の専門は「映画におけるナチス」を研究テーマにしている。小生も興味があるところだ。そこでその映画をじっくりと見

て、自分なりにレジメを書き、彼女の分析を聞くことで今日の授業に臨んだ。

 映画分析には様々な論点がある。監督論、演出論、ストーリーに関する研究、さらには彼女のように歴史的なテーマにおける映

画論等だ。発表を聞いて気がついたことだが、小生の見方は演出とカメラワークなどだ。彼女との見方とは少しちがう。ナチスに

関する知識やこの映画を監督したタランティーノに関する知識もほとんどない。しかしそれでも映像の作り方やポイントになるよ

うな演出、それにストーリーの作り方はテレビのドキュメント番組制作と極めて似ている。


 大学院の授業でいろんな学問や事柄に出会う。それが新鮮でおもしろくてたまらない。こんなことが学問になりうるのかと思う

ことも日常茶飯事だ。趣味を仕事にすれば楽しいというものではないのかもしれないが、極めることができればそれで成り立つと

いう驚きをいつも教授から教わる。あらかじめ作られた道を歩くのではなく、歩きたい道を自分で探し当てるということなのだろ

うか。

 彼女の映画分析はそれなりによく練られていた。がしかししかたがないことだが、作る側の視点がいまひとつだった。もう一歩

踏み込んでの演出的な分析が欲しかった。それを求めるのは無理かもしれないが、教授曰く「映画を見る本数が足りない」との指

摘を受けていた。

「量をこなさなければ、クオリティはついてこない」。ふとそう思う。小生も胸に刻んだ。
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千里の道も一歩から・・・

2012-05-27 05:02:27 | Weblog
ヨネックスレディスゴルフトーナメントが今年も行われている。去年はある高校一年生を

追いかけた。結果は予選落ち。プロの世界の厳しさを味わって終わった。今年も出場して

いたようだ。しかし今年も。予選を通過できなかったようだ。去年は出場しただけの状

態。自分の実力を出し切れずに終わった。今年も出場権を確保し、今年こそという思いを

ぶつけたのだろう。一年間の成果を試すためにも貴重な試合だったのだろう。初日は1ア

ンダーで回り、去年の雪辱を晴らすかと思われたが、きのう5オーバーと乱れてトータル

4オーバー。54位タイで一打及ばず予選をクリアできなかった。去年は予選というライ

ンさえ見えないほどの実力の差を味わったが、今年はそのラインは見えていただけに悔し

かっただろう。残念だ。小生詳細な彼女のゴルフを見ていないので、わからないが成績だ

けを見れば去年とはちがってかなり成長しているようだ。二日目は予選突破のプレッシャ

ーからなのか、5オーバーと乱れてしまったのかもしれない。

 去年小生は取材していて思うことは、プロトーナメントのピリピリしたあの雰囲気のす

ごさだ。アマチュアの世界とは雲泥の差だろう。そしてギャラリーの目がが一打一打に注

目し、水を打ったような作られた静寂の中でプレーをしなければいけない。作られたあの

静寂はものすごいプレッシャーになって選手に重圧を加える。その環境は、厳しく厳粛な

感じさえある。彼女は去年一番ホールで手が震えてティーを指すのさえ危うかった。才能

の持つ者だけが入れる世界への挑戦は思った以上にその壁は厚い。一瞬の判断と一瞬の緩

みが行く手を阻む。壁を越えるためにはどうしたらいいのか、技術だけでなく、精神的な

鍛錬も要求される世界だ。

 目標に向かって歩き始めたばかりであるが故に、その道のりの遠さに呆然とする時もあ

る。しかしだれもが通る道であると思えば、千里の道も一歩から。着実に、確実に一歩を

進めていくしかない。いまさらながら自分のことように、ふとそう思う。

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約束をした覚えないけど・・・

2012-05-25 18:24:05 | Weblog
渋谷駅で起きた殺人未遂事件は驚くほどのスピード逮捕だった。詳細には報じられてはいないが、都内に設置されている監視カメ

ラの威力をだろう。

 朝日新聞によれば、容疑者は犯行後午後6時21分に半蔵門線にのり、3つ目の駅の永田町駅で同6時35分に有楽町線に乗り

換え、同7時34分に朝霞市の朝霞台駅で改札を出たという。まるで誰が追跡をしているかのように容疑者が見られている。だれ

か?それは「カメラ」にだ。小生も詳しくないが、文字のように検索することで容疑者の姿を追跡することがが可能で、あっとい

う間にどこでどのように電車に乗ったのかがわかてしまったようだ。それにしてもこれほどの追跡能力があるとは驚きだ。それに

しても早い。容疑者もいつかは自分の家に捜査員が来るとは思っていただろうが、まさかこれほど早いとはびっくりしたのではな

いだろうか。

 どこかで誰かに見られている。それが都内かもしれない。都内だけではなく、日本全国世界中でどこかで誰かに見られている可

能性が今は全くないとは言えない。

 プライバシーはあるのか。パブリックな場所においてはないと思うべきだろう。肖像権もない。問題はその映像が正当に使われ

るかどうかの問題だろう。


 そういえば先日情報法の授業で「プライヴァシーの権利」という本を読んだ。かなり古い翻訳本だ。その冒頭に著作権やプライ

ヴァシーという権利がまだ確立されていない時にでも損害賠償請求ができるとの判決が出されている。その根拠は「契約違反」

だ。予想できない、約束をしていない不正使用はつまり「契約違反」という考え方だ。著作権はここから始まった。なるほど、ふ

とそう思った。
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一年を七ヵ月半で暮らす・・・

2012-05-24 09:50:26 | Weblog
きのうは忙しくブログ執筆ができなかった。キーボードに手を乗せる時間さえ許してもらえなかった。きょうはこの時間を確保す

べく、いつもより1時間早く大学にきた。さわやかな風がなんとも心地いい。窓からは階段教室が見える。学部の授業だろう。大

勢の学生が座っているのが見える。新学期が始まって一カ月ちょっと、でもあと一カ月で夏休み。今が前期の折り返しだ。授業も

佳境に入っている。院生同士の最近の会話、自分がどんなに大変かを競い合っている。きのうは朝までリポートに追われていたの

だの、徹夜したのだのと口から出るのは、大変さ自慢話。社会にでればもっと大変なことはいくらでもあると小生少しそんな会話

に少々うんざりする。結局能力がないだけではないの?喉まで出かかるがこれを言ってしまっては大変なので、抑える。もっと前

向きで、建設的な話がないのかと食傷ぎみだ。7月下旬から夏休み。9月まで授業はない。

 大学周辺にはいろんな飲食店がある。ランチでだいたい600から700円くらい。思ったよりおいしく、一般のサラリーマン

の姿も見られる。小生あまり学食は利用しない。学食で400円もあれば満腹にしてくれる。行かない理由は混雑がすごい。学食

は三か所あるが、昼時間はどこもすごい混雑だ。味はまあまあ、まずくはないけどあまりお薦めはできない程度だ。そのほか学内

には文房具や雑貨を売っている生協と生協が経営している本屋がある。ここも昼になると大混雑。弁当にみんなが群がる。本屋は

立ち読み学生が多い。ちなみにマンガは置いていない。

 そんな中に学内に唯一コンビニがある。ローソンだ。半分が勉強スペースになっている。食堂にように食べながら友人と談笑し

たり、勉強している学生もいる。非常に便利な場所だ。しかし経営が大変らしい。それはなぜか。学生が学内にいるのは一年で7

カ月半しかない。8~9月は夏休み、2~3月は春休み、正月休みでは半月は休み。学内のコンビニはさぞかし儲かると小生思っ

ていたが、そんな落とし穴があった。大学外の食堂では休み期間に休業する店もある。

 気まぐれな学生相手の商売も楽ではない。安くて、量が多くて、さらには味を求められ、でも七カ月半しかいませんじゃ、商売

のうまみは半減する。ふとそう思う。
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上座は難しいかもしれない・・・

2012-05-22 18:00:48 | Weblog
そういえば、子供のころにはどこに家にも東京タワーの置物があった。あの頃は東京タワーが珍しかった。小さいころ一瞬だけ小

生、タクシーの運転手になりたいと思っていた頃があった。理由は毎日東京タワーに行けるからだ。自由に毎日ドライブできると

思っていた。

 小生が生まれたには昭和33年だ。東京タワーができたのも昭和井33年だ。高さは333メートル。ちょうど映画、夕日の3丁目

の世代だ。当時の東京はあの映画のままだ。風景がすごく懐かしい。大きな道路は舗装されていたが、路地は砂利道だった。乗っ

ていた自転車がすぐにパンクした。石が足に刺さって切れたこともあった。当時の砂利はとんがっていた。埃がすごかった。砂埃

をあげてオート三輪が走っていた。

町内会で旅行に行ったことがあった。かすかに記憶している。はとバスのようなものに乗った記憶がある。覚えているのは東京タ

ワーに行ったことと、東京湾トンネルを通ったことくらいだ。通過する時にガイドさんが今は海の中を走っていますと話している

のを思い出す。小生がまだ幼稚園のころだ。ということは東京タワーが出来てまだ10年も経っていないころだ。だからだろう、当

時の都内の日帰り旅行はすべて東京タワーがらみだったようだ。そして買ってくるお土産は東京タワーの置物だった。意味のない

置物、東京タワーの形をした文鎮。光に当てると反射する東京タワーなど。

 小生あまり高いところに興味がないが。スカイツリーが開業したと今朝は大騒ぎをしていた。しばらくはスカイツリーが東京の

主役だろう。定番のお土産が家の中で上座を占めることだろう。小生の家にもいつか届くだろうか。上座というわけにはいかない

が、時代ものとして珍重されるかも。ふとそう思う。

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「それしかない力」「決断力」「人間力」・・・

2012-05-21 10:00:39 | Weblog
週末はいろんなことがあった。小生のことではなく、スポーツの話題。一つはしずちゃんこと、山崎静代さんの五輪をかけたボク

シングのこと。やっぱり甘くはなかった。積み上げてきたものが他の人とはちがう。「それしかない」という力は残念ながらしず

ちゃんにはない。負けて帰って来ても空港で出迎えてくれるマスコミがいる。勝つためにはどうしたらいいのかという戦術ではな

く「それしかない」という追い詰められた力が必要かもしれない。あれもこれもではなにも成し遂げることは難しいだろう。

 アルビの惨敗。黒崎監督の辞任はほぼ決まった。少し言わせてもらうと、決断が少し遅くないか。当日は無理にしても翌日には

発表すべきと思う。何日も考えるような話ではない。新聞などの情報によれば田村社長は早急に結論を出すというコメントを残し

たそうだが、早急というのは翌日のことではないのか。遅ければ遅いほど話には「おひれ」がつく。余計な話が出てくる。切ると

きは一刀両断でやるべきだと思う。遅い決断は、決断力の有無という田村社長の進退問題まで発展しかねない。

 最後は相撲の話。泣かされた。まさかの旭天鵬の優勝。小生は稀勢の里で決まりと読んでいたが、彼もなかなか決めることがで

きない力士だ。遠回りは悪いことではないので、またの時に優勝して欲しい。話を旭天鵬にもどす。まさかだ。巷間言われている

ように本当に人の面倒見がいい。人の幸せを譲ってきた人かもしれない。相撲でもあまり目立たず、でも相撲の評価は高い。今場

所は特に元気がいいと今場所前半から言われていた。しかしまさか優勝するとは。いつもながらだが、一生懸命にやっていれば必

ずチャンスはくる。チャンスの訪れは平等だ。ものにできるかできないかは普段からの心がけと先人は口をそろえる。旭天鵬の優

勝もうれしいが、旗手を務めた白鵬の心遣いもうれしい。この人には教えられた。自分のことのようにうれしいと涙を流した。こ

れが人いう道だと教えられる自分が今までお世話になってきた人に対する恩返しの仕方をちゃんとわかっている。今自分がなにを

しなければいけないのかを分かっていると感じた。できそうでできないことだ。むしろ横綱さえ風格を感じた。旭天鵬の優勝は、

相撲という単なる一つの競技の勝ち負け以上にいろんなことを教えてもらった。しずちゃんのこと、アルビの黒崎監督のこと、そ

して旭天鵬のこと。ふと、考えさせられる週末だった。
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日常だか、非日常だか・・・

2012-05-18 19:48:06 | Weblog
写真論のリポートを書いている。難解な文章にてこずっている。
 
写真論の中で興味深い話があった。それは写真術というものが始まって数十年経ってからなぜか平凡なものを取り出したという。

その理由が小生には判読できないでいないのだが、その当時も素人の写真家はきれいな風景とか、夕日や山などを撮影していた。

これは今でも同じだ。非日常のものにカメラを向けるのが一般的だ。しかしこの数十年後になると、けばけばしいものや退屈と思

えるものを撮り始めた。判読でき切れていないが、理由の一つに美と醜を区別しないという思想が芽生えたらしい。時代は1910年

以降だ。

 偶然ながら小生も、といえば少しおこがましいが最近小生はなにげないものにカメラを向けるようになった。きわめて日常の風

景を撮る。撮影する時はなんでもないように思える。特段珍しい風景ではない。しかし写真というのはこの本の言葉を使えば、そ

の一瞬を切り取ってしまうもので、その一瞬はもう二度と起こることはなく、もう二度と同じことはないというものだ。と考える

とその時はなにげないと思っていても、その写真を後になって見たときは知らない場所の風景写真よりも懐かしさや愛着がわくも

のと思う。日常という感覚にはならない。むしろそうした写真の方が非日常と感じるかもしれない。そんなことを最近考える。

 あの日、あの時と思える写真はその時は日常であっても、後で見るとそれは非日常と思えるのか。なんだか言っていることが支

離滅裂になってきた。所詮理論なので、イメージの世界に入り込まないと理解はできない。

でも理解する必要があるのか~。ふとそう思う。
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Englishですか~

2012-05-17 19:14:47 | Weblog
大学院授業の話。理論に関する授業は苦手だ。難解な文章を読み解くのは、ストレスがたまる。これまで文章を読むときはほとん

ど一回しか読まない。小説を何回も読直さない。よほどのことがない限り。しかし理論に関する本は最低でも5回読まないとわか

らない。1回目、まったくわからない。前置きするまでもないが、この文章は日本語だ。2回目もほとんどわからない。1回目よ

りはわかる程度。3回目、わからない。でもだんだんと氷が解けるようになんとなくわかってくる。4回目、ひょっとするとこん

なことを言っているのかと想像がつくようになってくる。5回目になって、著者が描いた想像域の中に入り込んでその中で文章を

分析できるようになる。そうなると今まで見えなかったバックボーンが不思議に見えてくる。おそらく著者はこんなことを書きた

かったのではないかという領域に自分が入れる。ここまでたどり着くまで時間にしておよそ3時間。ページ数は10ページ。あっ

という間だが、時間がかかる。もう一か月も経つので、もう少し効率よく、合理的な時間の使い方をしたいのだが、今の小生の能

力では無理のようだ。

 今時間を計ってリポートを書くようにしているが、理論の文章だとリポートが仕上がるまでおよそ平均で8時間かかっている。

これは1科目の話。こうした科目が一週間に2科目、隔週で2科目ある。その他の科目は比較的楽だが、それでも5時間はかかっ

ている。

 達成感や充実感、それに文章を仕上げながら自分の理論を加える楽しさはある。


というわけで今、来週水曜日の写真論リポートを書いているが、いっこうに進まない。8時間を超える可能性も出てきた。教授曰

く「訳者があまりよくないから、英語の方がわかりやすいかも」と真顔で言ってのける。

 英語ですか~。英語ね~。ふとそう思う。
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鼻で感じる学生の叫び~

2012-05-16 18:01:09 | Weblog
新潟大学に初めて足を踏み入れたのは6年前にことだった。今面倒を見てもらっている准教授の薦めから非常勤講師を勤めること

になった。その初日、大学に早く着いてしまったので、近くのコンビニで時間をつぶしたのを今でも覚えている。思った以上に緊

張して学生になにを話したらいいのかを何回も自分の中で反芻していた。それまでは中学校や小学校でテレビ局について講演をし

たことがあったが、大学生相手に話すのは初めてことだった。しかも国立大学だ。厳しい入試を突破してきた学生だけに変なこと

は言えないと自分にいつになくプレッシャーをかけていた。待ち合わせの教室がわからず、外まで迎えに来てもらった。新潟大学

はよく見ると山の上に立っており、1階のはずが2階だったりと複雑な校舎がある。

 校舎の中に入ったとたんに感じたのは、学校のにおいだ。やっぱりここは学校だと思った。汗臭いような木のにおいのような、

紙のにおいのような本のにおいのようななんとも表現ができない、学校の特有のにおいだ。小生にとってはなんとも懐かしい。そ

してすごく居心地のいいにおいだった。教室は廊下の2倍した。これが大学か、そんな気分だった。それまで緊張していた気持ち

がそのにおいで吹き飛んだ。十分にらしい授業ができた。

 においは慣れてしまえば、しなくなると小生は思っていた。家のにおいが典型かもしれない。自分ではなかなかわからないが、

他人はよくわかる。大学が他人から自分のものになればおそらく消滅するどうろうと思っていた。

 大学院生になっておよそ1カ月。今でもそのにおいは健在だ。今でも心地がいい。毎日そのにおいを嗅ぎながら廊下を歩き、授

業をしている。そのにおいは、なにかやってやるというような闘争心のような、後ろから押してくれるようなそんな気持ちにさせ

る作用が小生にはある。

 矢沢永吉が世界中どこのライブハウスの楽屋も同じにおいがすると言っていた。それを矢沢は絶対に有名になってやる、絶対売

れるようになってやるという若いやつらの叫びだと表した。大学のにおいもそうかもしれない。夢を絶対に果たしてやる。そんな

学生たちの叫びが詰め込まれている。そんなにおいかもしれない。ふとそう思う。

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賛成だが、筋がちがう・・・

2012-05-15 17:16:45 | Weblog
7人が死亡するホテル火災があった。小生も小旅行を趣味としているだけに他人事ではない。自分の泊っているホテルがまさかと

思う。非常口の確認やもしもの場合の逃走経路などをそれほど神経質に調べてはいない。この広島県福山市に泊っていた人たちも

おそらくそうだろう。

 ところでこの火災で犠牲になった人の氏名や住所が公表されないことになった。公表しないことについて小生は賛成である。被

害者感情を考え、プライバシーを考えれば非公開というにはうなずける。名前や住所をあえて公表するニュースバリューはこの火

災においてはないと考える。しかし問題なのは、警察当局が公表しないことを決めたことについては異論がある。どんな意味かと

言えば、権力ある機関はすべての情報を公開すべきであると思っている。権力を持っている機関が情報を公開しないというのは筋

ではない。この公開か非公開かの判断はマスコミがすべきであると考える。権力機関はマスコミに判断を委ねるべきで、自ら判断

することではないと考える。

 残念なのは、警察が非公開と決めたことに反論する世論がほとんどないことである。マスコミ関係者は反論を寄せている。ジャ

ーナリストの大谷昭宏氏は「プライバシーで最終責任を持つのは報道機関」と指摘している。また上智大学の田島泰彦教授(メデ

ィア法)も「第三者の立場ではない警察を通して被害者の声が伝わるということが一番問題」と警鐘を鳴らしている。

 警察庁幹部は「各都道府県警が、それぞれの事件の性質に応じて個別に実名か匿名希望かを判断している」と話していると報じ

られている。

 過去の事件において氏名を公表したために、被害者や遺族への集団的過熱取材が発生したこともあった。

 警察当局がこうした判断したことについての世論からの反論がないということ自体、これまでのマスコミ側の対応にも問題があ

ったと見るべきかもしれない。しかしだからといって警察当局がこうした判断することを賛成はできない。ふとそう思う。



※参考 日刊スポーツ新聞http://www.nikkansports.
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気が心配・・・

2012-05-14 17:21:09 | Weblog
白鳳が心配だ。小生の勘が当たった。

今場所は時間がなく、なかなか見ることができないが、ニュースで初日に負けたシーンを見た。負けたのはいいが、白鳳のお尻の

肉がずいぶんたるんでいると感じた。といっても小生がたまたま見ただけで、それがどうのこうのではないと思っていた。そのあ

とは順調に白星を重ねていった。そして土曜日、生で白鳳を見る時間があった。明らかにお尻の肉がたるんでいる。以前だとサラ

ブレッドのように張った感じで、光り輝いているかのようだった。しかし土曜日見たときは明らかにちがっていた。以前見た引退

前の千代大海のようなお尻だ。それでもなんとか豊響を負かして横綱らしいところを見せてくれるだろうと思っていたが、案の定

負けた。そして昨日。お尻はたるんだままだ。豪栄道との対戦だった。敗戦で白鳳は一言「ついていけなかった」とコメントをし

たという。今までなら考えられないコメントで、これまでならば逆に相手力士に言わせていた。稽古しなおして出直せと言わんば

かりで、倒れた相手を気遣う。そんな姿をいつも見せていた。

 いまの時点は休場はしていないようだが、先場所の優勝インタビューで古傷が場所中に出たと一言もらした。もしかするとその

古傷が再発しているのではないのか。お尻の肉がたるんでいるということは十分な稽古ができていないということだろう。昨日の

相撲は小生でもわかるとおり下半身が動かずに上半身だけで取っていた。だから押しこんでももろく、最後は逆に寄り切られた。

下半身のねばりがまったくなかった。

 一人横綱という重圧を一身に受け、一生懸命に場所を守ってきた。今朝のスポーツ新聞では白鳳を責めるような論調もあるが、

精神的にもかなり疲れてはいることが否めないだろう。たとえ横綱といえども勝って当たり前という想像を絶するプレッシャーと

毎場所戦うのはきついだろう。

 3敗になってこれからどんな相撲をみせてくれるのか、一ファンとしてはこのままがんばってほしい気もするし、休場して心身

ともに休めるという選択肢もあっていいのかという二つの複雑な気持ちがある。一番心配なのは「気」だ。ふとそう思う。

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最善が最善に非ず時・・・

2012-05-11 18:17:23 | Weblog
悩みはつきない。なぜか。最善のものを追求しようとするからではないのか。そんなことを考えるときがある。だれしもそうだろ

う。一番いいものを求める。だからプレッシャーを感じるし、どうしたらいいのか悩む。

 きょうの朝日新聞を読んでいて目に留まった記事は「最善手を指したから敗れた」との見出し記事だ。永世棋聖の米長さんは去

年1月に最強とされたコンピューター将棋ソフトと対戦して敗れた、という文脈から始まる。この出だしを読んだ時にコンピュー

ターソフトの強さを単に書いているのかと思った。そうではなかった。もっと奥が深かった。米長さん曰く、将棋とは最善の手を

見つける勝負と言う。コンピューターは過去何万局のデータを蓄え、1秒に最大1800万手を読む能力を有する。しかしコンピュー

ターには弱点のあることを米長さんは発見した。それは正解が一つしかない時は強いが、正解が二つ以上ある時はどれがいいのか

絞り切れなくなる。そこで米長さんは最善の手をわざと打たないようにしたという。つまりコンピューターを迷わす作戦に出た。


ある程度まで順調に進んだ。おそらくコンピューターは米長さんらしくない手を打つなあと驚いていたのだろう。しかしある局面

で決着が見えたところで、最善の手を打ってしまった。これが敗因になった。これが記事の大筋の流れだ。

 この記事を読んだ時、はっとした。微妙なことだが、最善を尽くさないという作戦があるのか。もちろんそれは相手があっての

駆け引きだが、対極の立った時には最善と思われることが時と場合によって、必ずしも最善ではないことがある、ということだ。

つまり最善という定義はそのケースバイケースによってちがうということだ。

であるならば、その時々で最善とはなにかを考えればいいということにもなる。最善とは変わらぬものではなく、変わる存在だと

いうことをこの記事は教えてくれた。頭の中で引っ掻かていたものが、取れたような気がした。最善のものが常に最善と考えるか

ら、悩み苦しむが最善とは言えないものでも最善の可能性があるという考えには驚いた。自分の中にある価値観が少し動いた気が

した。

ふとそう思った。
コメント (2)
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