アラフォーの「あをによし」ブログ

奈良に住むアラフォーのおっさんの日常をつづります。ほんまにどこにでもいるおっさんです。

稲妻に打たれたような思いをした

2016-09-15 23:31:47 | 考えたこと
 9月の日曜日、京都の某大学が主催する「中高生による英語のスピーチコンテスト」に出かけた。学生が3人でチームを結成し、小学生・中学生・高校生の部それぞれに与えられたテーマにつき壇上で数分のプレゼンテーションを行う大会である。
 どうしてこんなコンテストに足を運んだかというと、私の長女(小4)がチームを結成し、小学生の部に参加するしたである。とはいっても小学生は優劣を作るわけでもなく、全員参加賞をもらって終わり、というほのぼのした大会だったのだが、実はこのスピーチコンテストに大きな発見と衝撃があった。

 小学生の部に続き中学生の部があった。中学生の部は8組の発表の後、さらに3組の発表が予定されていて、その3組はI部門(I=international)と呼ばれ、帰国子女やいわゆるハーフの人を対象とするものであった。ちなみにその前の8組はD部門(D=Domestic)と呼び、審査対象としては当然に区分されていた。
 D部門の中には上手なチーム、そうではないチーム。うまくまとめたチームもあれば、途中でセリフが飛んでしまったチーム。発音にもカタカナ英語レベルから外国人にも通用するレベルまでバラエティに富んでいて、自分が中学校の頃はこんなんだったのかな、とほのぼのした気持ちでコンテストを見ていた。
 続いてI部門。予想していたとはいえ、ネイティブイングリッシュのスピードは全然違う。表現が難しいのだが、草野球にプロ野球投手があらわれ、いきなり快速球をびゅんびゅん投げるような?感じで、観客もそのギャップに圧倒される。私もある程度は理解できるのだが必死に耳を傾けなければついていけない感じである。(なお、D部門の中には、逆の意味で彼らの言わんとすることをくみ取る努力を要するものが若干あったのも事実)

 しかし、私が圧倒されたのはそのスピードではない。ずばり、「論理構成力」である。彼らのスピーチには抑揚があり、論理に順序があり、それを円滑たらしめる図表やユーモアが織り込まれている。彼らはパワーポイントではなくMACを用いて自分でプレゼン資料を作成し、その構成を考えた痕跡がある。もちろん、彼らネイチィブ(およびそれに準ずる者)にとって「言葉の壁」がないことを考慮してもなお、その差は歴然である。私はここに埋められない差を感じ、そして強い衝撃を受けた。日本の教育機関やドメスティックなカイシャ組織で一生を終えるのならまだしも、世界と渡り合うには中学生にしてこのレベルの力を持っている(=機会を与える教育を施されている)連中を相手にしなくてはならないのである。この壇上の彼らも10年もすればビジネス界にデビューしているだろうし、もしかしたら学生起業のような形でそれより早くやってくるかもしれない。10年後、果たしてアラフィフの私は彼らを前に堂々と渡り合えるのだろうか。

 時間の都合により高校生の部を前に会場を後にしたが、高校生レベルのギャップを目に焼き付けておきたかったのも事実である。正直、歓迎すべき現実とはいいがたいのだが、これから娘たちの教育を考えていくうえで重要なヒントになる要素を得た日であった。
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