猫の住む街駅前珈琲店

家に帰る前にひと休みしていきませんか?最近はB T Sと韓流ドラマとフラダンスにはまってます。

在宅で看取ること。

2014年03月22日 22時12分17秒 | 家族のこと
3月15日から下痢と熱が続きましたが、
黄疸が少し出てきたことが原因のようです。
3日間の、下痢の一日10回くらいのオムツ替えは、かなり大変でした。
と言ってもそばで母を手伝ってただけですけど。
急遽、訪問看護師さんが一日3回、ヘルパーさんが一日1回来てくれ
その後の3日間を乗り切りました。

母が病院に入れようと言い出しました。
弱っていくのを見ていたくない。
病院に入れる方がベストではないか。家族ができることは限りがある。
先が短いことに納得できず、まだ手だてがあるのではないか、と言うのです。

ここでいう“病院”はホスピスということです。
一般の病院は治療を目的しますが、もう治療ができないと1月半ばに言われています。
いざという時、登録をしていないとホスピスは入れないのです。

往診の先生、訪問看護師、ケアマネ、弟と私と母、みんな揃って今後の相談をしました。
これだけの人が手を貸してくれて、在宅で看とるのは贅沢なことだよ、と母に話し、
一人で家で心配してる方が辛いことに気がついて、在宅でしばらくは看ようと落ちつきました。

往診の先生は、父にとって何が一番気持ちいいことかを考えてあげるように、
またこれから先、病院が安心できると思えば、その時にホスピスを考えることにしました。
答えは一つではないということです。
母の精神状態によって、いざというときのために保険としてのホスピス登録です。


今日は訪問入浴に入りました。
ケアマネさんが手配してくれ、
「お風呂に入ることでたとえ余命が短くなっても、本人がお風呂好きなら気持ちよくなってもらいましょう」
と言っていました。

過去の例で、お風呂のあと氷を少し口に入れてもらい「あー、美味しい」と言って亡くなった人もいるそうです。
先生も「薬で痛みをとることで心地よくなる人もいれば、痛くても薬は絶対使いたくないという人もいる」
と言っていました。

何がその人にとって心地いいことか選択することができる、それが在宅のお看取りということですね。

ハーシーのチョコプリンを食べ、父は寝ています。
固形物は食べられず、粒の薬も飲まなくてよくなりました。
胸に貼っている痛み止めのシールのみです。
今日は、そのプリンも飲み込むのに大変そうになってきました。

ツタヤで昭和歌謡のCDを借りてきたので、
明日からは歌を聴きながら、好きなコーヒーを飲ませてあげるつもりです。
認知症は不思議なほど進んでおらず、つい先日まで私の電車賃を心配してくれていました。
そして、19日には自分のことを「もうお蔵入りだな。死に体だ。」と言うなんて
分かっているということなんでしょうかね。
帰る時にはいつも「悪いなぁ、ご苦労さん」と言ってくれてます。


実家は坂の多い町です。