ピアノは歌う♪ ~調律師が見た音楽の世界~

合唱歌手としても活動をするピアノ調律師が語るピアノと音楽の話

10.ベーゼンドルファーとの出会い

2008-09-27 02:08:43 | ピアノの話
今日は僕の調律師としての仕事を変えた、一台のピアノとの出会いをお話しします。

もう10数年も前の話ですが、あるピアノにめぐりあいます。
それはオーストリアのウィーンにある名門ベーゼンドルファーのピアノでした。
とてもありがたかったのですが、四日市で調律をしているピアノフォーラムの藤田昇司氏の働きかけにより、当時磐田市にあった日本ベーゼンドルファーで一週間のベーゼンドルファーピアノの研修を受けることになったのです。
ベーゼンドルファーはご存じのようにスタインウェイと双璧をなすピアノの名器です。
当時、214cmのベーゼンドルファーのグランドピアノを僕はあてがわれて、一週間そのピアノの調整にたずさわったわけです。

それは研修が始まり、3日目か4日目のことでした。
そのショールームの隅にある小部屋で、214と向かい合って作業を進めていた僕は、作業のためにぱらぱらと音を出していたとき、ふと、とつぜん、上屋根を開けているそのピアノの中から、音符がぱらぱらと飛び出してきたのを見たような気がしたのです。
それはまるで絵のように、次から次へと、弾けども弾けども、まるで尽きない泉のように音符が飛び出してくるのです。
もちろん本当に音符が飛び出てきたわけではありませんが、そのように見えたのです。
その時僕が思ったことは、「ああ、だから! ピアノが300年も、なくならずにずっと世界中に普及し続けていたのだ。」ということでした。
ピアノ本来が持つ大きな力をはっきりと感じ、心からそう思えたのでした。

その後のそのピアノとの残された数日間は、僕にとって夢のようなすばらしいひとときでした。
研修が終わって帰るとき、そのピアノを家に持って帰りたいと本気で思いました。
でも、当時で850万円もしたそのピアノは、もちろん手が出るはずもありませんでしたが、それでもその値段を聞いたときに最初に思ったことは、「我が家を売ったら買えないか?」ということでした。
でも家を売ってしまうとピアノを置く場所がなくなってしまうし、それにローンも残っているし!
現実は無理でしたが、それでも昔自宅を売ってバイオリンを買ったバイオリニストの話を思い出し、その人の気持ちが少しわかった気がしました。
きっとあのバイオリニストは幸せいっぱいの気持ちでバイオリンを手に入れたのでしょうね。

その楽器といっしょにいるだけで、人は幸せな気持ちになれることがある、そんな楽器がこの世にある、ということを、214は僕に教えてくれました。
本当の豊かさとは、そういった気持ちで過ごすことができること、なんだと思います。

文化は人の気持ちを豊かにしてくれます。
そして、そのための道具が、ときには文化に働きかけ、その文化をさらなる高みに引き上げてくれることさえあるのだという気がします。
だから、楽器は大切なのですね。
それはどんなピアノであっても、そんな力がきっとどこかに宿ってるはずだと僕はいつも思いますし、そしてその力を見つけて引き出してあげるのが、僕たち調律師の重要な役割なんだと思います。

あのベーゼンドルファーの音に出会ってから、僕が作る調律の音ははっきりと変わりました。
研修の約1年後を境に、お客さまのお宅に調律に伺うたびに、ピアノの音を聴くと、およそ1年前のそのピアノの調律が、あの研修の前か後かはっきりとわかるくらい変わっていました。
そのピアノの音が、大切な文化を身につけようとしているそのおうちの人たちに大きな力を与えられるように、そう願いながら調律をするようになってから、僕は仕事をすることの歓びや幸せを、心から感じるようになりました。

人生を変えてくれたピアノでした。

ご存じのように、そのベーゼンドルファーも経営不振からヤマハが買収をし、新しい出発をはじめました。
できうるならば、神懸かりのような力を持ったあの音が、今後も続いてお客さまに供給されることを心から祈ってます。
また、我らが日本のヤマハは、きっとこれからもベーゼンドルファーを世界の名器としてずっと維持し続けてくれるだろうと期待していますし、信じています。
そしてもちろん僕も、これからもその供給の一端を担っていく大切な仕事をしっかりと全うできればと願っています。

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4 コメント

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音符がぱらぱらと飛び出して。。。 (Rika)
2008-10-03 21:17:20
話しの核心からズレていたらごめんなさい!

私はディーナ.ヨッフェ先生のピアノを初めて聴いたまさにその時、音符が飛び出してくるのを感じて本当に感動した記憶があります。
ピアノそのものではなかったのですが。。。

でもピアノという楽器は弾き手によって全く違う音色が出るんですよね!
狭い我が家に鎮座しているGPもどんなに素敵な弾き手を望んでいることやら。。。。と同情してしまいます。
10台のピアノの中から一番きれいな音の楽器を選んだのですが。。。生かしてあげないとピアノも可哀想ですよね。
N先生の子弟としてお互いに頑張りましょう!!

初めまして、今晩は(^^♪ (アリス)
2008-10-03 23:21:23
 今晩は、初めましてアリスといいます。

町田さんのブログは”調律師の喜び”が伝わってきますね。
 私も”スタインウェイ”や”ベーゼンドルファー”弾いてみたいですね、夢のまた夢ですね。ほんとに家を売るか、ピアニストにならないと無理な夢ですね。今年1月に”ユンディ・リさん”のピアノリサイタルに行って来ましたがピアノがスタインウェイで、とても感動しました。
 でも、突然スタインウェイで「さあ、好きなだけ弾いていいよ」と言われたら、ちょっとビビってしまいますね。
私の家のピアノも弾いた瞬間「このピアノだ」って思って買ったピアノなので私の宝物です
 ところで、その我が家のピアノが明日、調律の予定なんですが、「自分なりの、こうしたい?」とかあればどの様に調律師さんに言えばいいのでしょうか?
「こんな注文は、ぜひ言ってほしい」ってことありますか?あったらアドバイスお願いします。
ズレてないですよ(^ ^) (町田)
2008-10-03 23:33:10
Rikaさん

でもまさに音符は音楽の視覚的象徴なのでしょうから、音楽が満ちあふれていた時って、やっぱり音符なのですね。

Rikaさんのピアノは、きっとRikaさんのことが一番好きだと思いますから。
だって、10台の中から唯一選んであげたピアノなんですから(^ ^)
どうぞこれからもピアノと仲良くしてくださいね。
いいお友達でありますように。

アリスさん、はじめまして。 (町田)
2008-10-04 00:05:04
アリスさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
すごくうれしいです。

わあ、いっぱい反応したい話題振ってくれました。(笑)
スタインウェイもベーゼンドルファーも、ユンディ・リもいいですね。

三重県文化会館の第1リハーサル室には、ちょっと古いスタインウェイのフルコンが入ってます。
リハーサル室はわりと格安のお値段で借りれますので、その気になれば、数千円払って思いっきりスタインウェイが弾けるんですけど、なかなかそこまではできないですね、いざとなると。
もっとも僕は時々やってくる調律の仕事のあとに、少しだけ試し弾きをしたりして、ほんのひと時楽しんでます。
役得ですかね(^ ^)

調律の注文の話ですね。
そうですね、僕だったら、一番聞きたいことは、このピアノのどこが気に入ってるか、ということでしょうか。
あとはもちろん気になる部分、まあ、どうしようもない部分もありますが、気に入ってる部分とそうでない部分を伝えてくれますと、仕事がしやすいですね。
ピアノはちゃんと性格がありますから、できるだけその中のよい部分を出してやることが、一番そのピアノを生かしてあげれる道だと思います。
ピアノは、弾く人の思い通りにはなってくれないので、それは人間と同じで、上手に付き合ってあげないとだめなんだと思います。
相手の長所を見つけてあげ、それを生かすような付き合い、つまり弾き方をしてあげると、きっとそこからはいい音楽が生まれて、僕たちをハッピーにしてくれるんだと思います。

でもアリスさん、弾いた瞬間に決めたピアノって、それ、ひとめぼれじゃないですか。
それはきっと相思相愛ですよ。
うらやましい・・・(笑)



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