西暦2017年のラグビーフットボール

優雅で感傷的な日本ラグビー(あるいは「カヴァレリア・ルスティカーナ」について)
旧「バックスタンドで会いましょう」

サンウルブズ21:20ブルズ

2017年04月10日 01時56分06秒 | サンウルブズ

去年の勝利は対ジャガーズだったので、SANZAのチームに対してはこれが初勝利。
終了の笛にはちょっと感激した。この嬉しさは、「現場」にいた試合としては、
2015南ア戦、1989スコットランド15戦、2013ウエールズ戦に次ぐくらい。
あとサントリー対ウエールズなんていうのもあったんだけどね。
とにかくそのくらいの感激だった。
まあ、ブルズが最後のPGをミスしてくれたからではあるのだが。

でもあの場面での「ウオーン」はないよなあ。
だから恥ずかしさがあって、ちょっと複雑だった。
試合後のスポーツパブで、南ア人(でかいからすぐにわかる)に話し掛けられなかったのは、
そのことが心の曇りとしてあったから。
僕自身は周囲には「しーっ!」と言っていたのだが。
日本人はもう試合観戦のマナーを世界のラグビーファンに誇れなくなってしまった。
ニュージーランドやオーストラリアと同じレヴェルになってしまった。
自分たちだけが良ければそれで良いという。

それはそうと、アドリアン・ストラウス。
ジャパンに二度負けた男になってしまったボクスのスキッパー。
試合後のインタヴューには、男惚れしてしまった。
社交辞令としてはどのキャプテンも「相手が素晴らしかった」と言う。
それは珍しいことではない(日本のチームのキャプテンは言わないけどね。そう言いなさいと教えてあげるべきだと思うけどね)。
でも、ストラウスは、インタヴューが終わり掛けた時に、もう一言言わせてくれという感じで、インタヴュアーからマイクをもぎ取る感じで、観客に対してもう一度お礼の言葉を述べた。
わたくし、泣いてしまいました(笑)。

勝ち負けは大事だ。スポーツの試合は勝つことがすべてだ。負けても良いなどということはあり得ない。
しかし、敗北したあとの態度が大事。勝利したあとの態度が大事。そういうところに、日ごろの取り組み方とか、生き方とかが出る。
僕は、ストラウスが大好きになった。
「本物」だなあと、感嘆させられた。
ラグビーフットボールの素晴らしさを、思い出させてくれた。
あのPGの場面の「ウオーン」の対極にあるような態度だった。

どこかの酒場で一緒になる機会があれば、ストラウスには二杯おごりたい。
一杯目はブライトン、二杯目はこの週末の秩父宮のために。
そんなことを言ったら、いきなりぶん殴られるかもしれないが(笑)。

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1日経って追記・・・・・・

2016年10月22日 00時50分24秒 | ジャパン
平尾が亡くなって、こんなに淋しくなるとは思ってもいなかった。それは平尾のキャラクターによる面と、ラグビーフットボールの特質による面とがあることに気が付いた。これがラグビーなんだなと改めて思う。同じ時代を生きたために、同じ試合に出てボールを追い掛けたような感覚があるのだ。世界中どこでもいつでも誰とでも「ラグビー」というだけで打ち解ける理由がまた一つわかったような気がする。

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平尾誠二さんのこと

2016年10月20日 23時50分48秒 | ジャパン
福岡出張から東京に戻って、相方からの連絡で平尾誠二さんの訃報を知る。

平尾さんは学年では僕の2つ上で、僕が高校1年の時に、彼がキャプテンだった伏見工業が花園で優勝した。
同志社の大学3連覇の決勝戦は全部国立で観た。神鋼の日本選手権7連覇も半分くらいは国立で観ていると思う。

そういうふうに、彼が入団するチームは次々と日本一になっていった。まあ、日本一に手が掛かっているチームに彼が入団していったとも言えるが。
そして、松尾雄治の引退と同時に、本城和彦との競争に勝って、ジャパンの司令塔とスーパースターの座を手に入れた。
ミスター・ラグビーの称号とともに。

ジャパンでは、もちろんスコットランド戦の快勝の感激は忘れられない。
でもそれを言えば、アイルランド戦は彼のミスで負けたのだ(笑)。あんな変なショートパント蹴るからさ(笑)。
そして、それ以上に良くぞ勝ってくれたという試合は、1990年4月11日の韓国戦だった。ジャパンが第2回ワールドカップの出場を決めた試合だ。
あの試合のおかげで、ジャパンのワールドカップ全大会連続出場の記録はあるのだ。隠れた日本代表最高の試合の一つだ。

でも第3回ワールドカップのことと、ジャパンの監督になってからのことは、あまり語りたくない……。
この国のラグビーフットボールが黄金時代から暗黒時代へと転がり落ちていった責任の一端も彼にあった。
本人も良くわかっていたと思う。第4回ワールドカップ後は、表に出ることを少し遠慮するようになっていたと感じる。

公の場で姿を見た最後は、東日本大震災のチャリティーの、釜石OB対神鋼OBの秩父宮の雨の試合だった。平尾がそういう試合に出るなんて、ちょっと信じられない感じがした。
そのあともスタンドで姿を見たことが一度か二度あったと思う。秩父宮の前でタクシーを停めるところを見たのが最後かな。相変わらず格好良くて悔しかった(笑)。

病気だと聞いていたが、まさかこんなに早くこういう日が来るとは思っていなかった。
我々はそういう年代に差し掛かっているのだなと気が付かされた。

取り立てて言いたいことがあるわけではないのだが、そうだな、一つ言っておきたいのは、
若い頃、20歳前後の彼は、ハードタックラーだったということ。
「あいつ、タックルいいんだよな」と言われる選手だった。それで最年少日本代表に選ばれた直後に大怪我をしてしまったのだ。
ラグビーフットボールを一度でもプレイしたことがある人は、そう言われることがどれほど名誉なことか、わかってもらえると思う。

ともあれ、僕たちの世代のラグビーマンの象徴であり、目標であり、最高のところにいた人でした。
平尾誠二さん、お疲れ様でした。安らかにお眠りください。

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3位決定戦は南アに大敗して4位に

2016年08月13日 03時01分30秒 | セヴンズ
セヴンズジャパンは3位決定戦で南アフリカに大敗。ブリッツボクスは最高のコンディションだった。おそらくはモティヴェーションも最高に高かった。こういう状態の南アと真っ向から戦って簡単に勝てるものではない。実力差がそのままスコアに表われてしまった。
対するジャパンはちょっと疲れていて、いつものジャパンに戻ってしまっていた。ボクたちはジャパンのいちばんの弱みを突いてくる。タックルの弱さ。タックル力のなさ。腕だけのタックル。飛び込んでしまうタックル。昨年のワールドカップ以降、対戦相手がどうしてそこを執拗に攻めてこないのか不思議に思っていたところ。チャンネルで言えば0から1.5くらいまで。そこを突破されるとあとはなすがまま。ちょっと停滞するとワイドに。もうカヴァーのしようがない。
後半の後半、勝利が遠のいてからは、日本でテレヴィ観戦しているラグビーを良く知らない人たちに、南アフリカのスピードに感嘆して欲しいと願いながら観ていた。準決勝のフィジーのラグビーもそうだが、ある意味では素晴らしいゲームだった。これがセヴンズだ。これが世界だ。この世界にどうやって挑戦していくかなのだ。

というほろ苦のエンディングになってしまったが、それにしても、ジャパンは良くやった。素晴らしい。見事。最高。我々ラグビーファンは2016リオ五輪のセヴンズのチームを決して忘れないだろう。指揮官、キャプテン、選手たち、スタッフ、バックアップメンバー、皆さんお疲れ様でした。ゆっくり休んで、次のそれぞれの目標に、新たなチャレンジに、また闘志を燃やして準備してください。

リオの人たち(カリオカ)はリオのことを世界で最高に美しい街だと思っていて、リオのことを「シダーヂ・マラヴィリョーザCidade maravilhosa(素晴らしい街)」などと呼んだりする。今回のセヴンズジャパンは僕たちにとって「エキッペ・マラヴィリョーザEquipe maravilhosa(素晴らしいチーム)」だった。しばらくは余韻に浸って、あなたたちの一つ一つのプレーを思い出して、この夏の後半を乗り切ることにする。

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準決勝はフィジーに敗れて3位決定戦へ

2016年08月12日 03時46分31秒 | セヴンズ
うーん、フィジーは、仕方ないよなあ。仕方ないなんて指導陣は言ってはいけないと思うが、観ている側としては、これは敵わないよなあと、諦めが付くゲームだった。組織や戦術で勝てる相手ではない。なんて指導陣は絶対に言ってはいけないと思うが。
今日の最初の下位の順位決定の試合から観ていて、当然口を付いて出てくるのは、いいなあ、やはり行きたかったなあ、という言葉。実際、会場がマラカナンだったら行っていたし、フラメンゴのスタジアムでも行こうと思っていた。でも山の中に開発された新しいスタジアムだというので行く気が失せた。リオなんていつでも行けるしね(笑)。それに、こういう展開は予想していなかったしね。

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セヴンズジャパンまたやった

2016年08月11日 13時43分13秒 | セヴンズ
プールマッチの最終戦でケニヤに快勝したあと、準々決勝でフランスに最後の最後に逆転勝ち。なんということだ。申し訳ないが信じられない。文句なしに素晴らしい。ここまで来たらメダルを獲って欲しい。充分に可能だと思うから。
この1年くらいセヴンズの試合をほとんど観ていなかったので、状況が全然わからないのだが、どうしてここまで成長したのだろう? 指導陣は何をやったのだろう? 2~3年前にはレメキのワンマンチームのように見えたこともあった。でも今レメキはそれほど目立たなくなっている。みんな同じように走るから。みんな同じように抜けるから。みんな同じように止めるから。
ここまででも最大の敬意をもって称えられるべき成績だが、さああともう一歩、ぜひとも頑張って欲しい。辛く苦しかったであろう日々の最後に、最高の色の栄誉を付け加えて欲しい。

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セヴンズジャパンやった

2016年08月10日 17時25分40秒 | セヴンズ
セヴンズジャパンやった。ニュージーランドに素晴らしい勝利。最後の1分からのハラハラドキドキも含めて(笑)、絵に描いたようなアップセット。僕は協会のセヴンズの強化の姿勢に長いことぶつぶつ文句を言ってきた人間なので、今回の勝利を本当に嬉しく思う。選手と指導者の皆さん、本当におめでとう。
しかし翻ってオールブラックスを見ると……。確かに、今回金メダルを狙えそうなチームには見えない。フォーブズもミッケルソンもカカも出ているのだが(出ているからこそ?)、あの輝きは失せてしまったという印象。それに、時折カメラが捉える表情とか、態度とか、ちょっと不遜な感じがしてしまう。うまくいっていないんだろうなとひとごとながら心配になる。でもそれを言えばグレートブリテンも不遜? いやいやあれはキャラだから(笑)。

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2016年6月スコットランド来日日程

2015年11月21日 03時13分14秒 | ジャパン
ワールドカップで燃え尽き(3往復、26泊34日、レンタカー走行距離2500キロ、合計出費……恐怖で計算できない)、パソコンの液晶画面が破損し、帰国すると当然の仕事との格闘とまさかのラグビー人気。毎晩テレヴィで「今日の五郎丸」をチェック。トップリーグ開幕戦は恒例の協会の失態。ロムーの逝去とマコウの引退。そして来週からまた海外出張。書きたいことは山ほどあるが、片っ端から忘却の彼方に飛んでいく。早くちゃんとしたメモを残さないといけないのだが……。
で、エディ・ジョーンズはイングランドのコーチに就任。僕の周辺には「清宮は2年で解雇、2年後にエディがカムバック」というシナリオを唱える人が多かったのだが、ほぼなくなった。エディの反骨精神が彼の国のお偉いさんや選手たちとどういう化学反応を起こすのか? 半分怖いもの見たさで楽しみでもある。

来年の仕事の予定を立てなければならなくて、あちこち検索してみたのだが、ラグビー・フォーラムにスコットランドとのテストマッチの日程があった。出典がWikiみたいで、信憑性はないが、ここしかないという日程でもある(スコットランドはニュージーランドにも行きたがっていたはずだよね。ウエールズに全部抑えられてしまったのかな?)。

1st Test - 11 Jun - Shizuoka Stadium, Shizuoka
2nd Test - 18 Jun - Chichibunomiya Rugby Stadium, Tokyo

静岡はワールドカップの予行演習? だとすると今後こういう地方のゲームが増えるのかもしれない。それともここでも五郎丸人気に便乗しようというのか? でもそのくらいの姿勢の方が今は望ましいのかもしれないが。

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さよならジョナ・ロムー

2015年11月18日 20時13分53秒 | その他
ジョナ・ロムーが亡くなった。相方からメールが来て言葉を失った。淋しく、哀しい。いろいろな場面を思い出す。
ロムーは、大スターだった。世界中の人気者だった。僕たちの時代のマン・オヴ・ザ・ラグビーだった。アイコンであり、シンボルだった。世界一強くて世界一速かった。そして、これが肝心なことなのだが、ほかの誰にも似ていない選手だった。
病気のことは20年前から何度も報道されていた。でもその度に数年後に戻ってきて元気な姿を見せてくれていた。ロムーは自分の役割を良く知っていたように思う。自分の存在が誰かに勇気を与えていることを良くわかっていたように思う。
日本にも何度も来ていて僕たちには身近な存在だった。セヴンズのトーナメントやクラシックオールブラックスの試合ではサインを求める子供たちの長蛇の列ができていた。
今回のワールドカップでは盛り上げ役に一役買って何度もマスコミに取り上げられていた。個人的には、準々決勝と準決勝の間に訪ねたマンチェスターのオールドトラフォードのロッカールームにロムーを記念するスペースがあったことに驚かされた(このロッカーを使ったことのある名選手の一人としてだった)。それはロムーでなければならなかったのだと今になって思う。マコウやカーターではなく、ジョニー・ウィルキンソンやマーティン・ジョンソンでさえなく、ラグビーフットボールの代表はロムーでなければならなかったのだ。
それから僕には最後の思い出ができてしまった。決勝の当日、試合の1時間前、トゥイッケナムの正面の前の人の群れの中にロムーの姿があった。ファンの求めに快く応じて一緒に写真を撮っていた。私たちも頼まなくて良いのかと相方は言った。頼まなくても良いのだと僕は言った。ロムーに関しては、たとえ1分や30秒でも、独り占めしてしまうのは申し訳ない気がしたからだった。
それに、そういう機会はまたあるだろうという気も少なからずあった。ロムーはそういう人だった。そのくらい身近な感じがする大スターだった。手の届きそうなところにいるレジェンドだった。でも今日彼は永遠に僕たちの手の届かないところに行ってしまった。

ジョナ、あなたがいなくなってしまって淋しい。たくさんの素晴らしい思い出をありがとう。安らかにお眠りください。

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ブライトン・ロック(雑記)9

2015年10月16日 04時09分04秒 | ワールドカップ


あと何時間かで出発なので、このシリーズも一応終わりにしたい。全然中身がないままで申し訳ないのだが。
これはハーフタイムの写真。ハーフタイムの時、再登場した選手たちが非常に落ち着いていたのが印象的だった。グラウンドの上は少し翳ってきていた。

そのハーフタイムの時、僕は、相方と一言も喋らずに、拳を握り、肩を強張らせていた。このゲームは勝たなければいけないと、絶対に勝たなければいけないと、自分に言い聞かせていた。足を踏ん張り、腹に力を入れていた。
こんなチャンスは二度と来ないんだぞと思っていた。

スプリングボクスとの試合を観に行くかどうかは、実は紙一重だった。開幕のチケットが当たったので、この時イングランドにいることは確実になった。でも、相手はボクスだ。もしかすると惨敗するかもしれない。観戦する価値のある試合になるだろうか? 実を言うと、半年くらい前まで、観戦するかどうかを迷っていた。
ところが、相方の友人がヘイスティングスにいて、予定を組んでいくと、会いに行くとすればこの日の夜がベストということになった。だとすれば、クルマで1時間ほどのブライトンの試合に行かない手はない。グレアム・グリーン大好き、フレディ・マーキュリィ大好きの僕としては、ブライトン・ロックは一度は食べてみたい。その桟橋をほっつき歩いてみたい。

それと……。もちろん、僕はジャパンがボクスに勝つとは思っていなかったし、そんなことは考えてもいなかった。そういう予想はしていなかったし、そういう展望は持っていなかった。それは絶対に起こりっこないと思っていた。ただ、何かが起こるとすれば、それはこの試合なのだろうか?というほんのちょっとした予感のようなものもあった。スコットランドに勝ったらすごいし、サモアに勝っても素晴らしい。でも、世界が引っ繰り返るとすれば、この試合に何かが起こることだ……。それは起こらないかもしれないけれど、起こるとすればその場にいたい。それが起こった時にその場にいなかったら、そのあと後悔するだろう。それにワールドカップでは、ボクスはサモアにもフィジーにもまずい試合をしたことがある……。

でも僕が考えていた「それ」は、たぶん「善戦」だったのだと思う。僕たちが知っている「それ」というのはそれだった。1983年の対ウエールズもそうだった。1971年の対イングランドもそうだった(もちろんこれは直接は観ていない)。良くやったけれど届かないというゲームだった。1989年のスコットランド? 2013年のウエールズ? それは二軍だ。本当の本当のテストマッチではない。

まあ、だいたいそういう流れでもって、僕たちはあの日、ブライトンにいた。そしてそれは僕たちが初めて観戦するワールドカップのジャパンの試合だった。おまけに僕たちはバックスタンドの好位置の最前列に座っていた。「いちばん前」の席だった。

ほかの多くの方もそうだと思うが、試合中に少なくとも三度、「このまま引き離されるかもしれない」と思った場面があった。また、前半20分過ぎくらいに、相方に「後半20分くらいまでこのくらい競ったゲームになってくれれば良いんだけどね」と言ったことを覚えている。
でも、途中から、僕は前述のように、このゲームは勝たなけれないけないと、強く念じるようになっていた。この試合を善戦で終わらせてはならない。善戦では歴史は半分しか動かない。本当に天地を動かし、時空に歪みを作るのは、この試合に勝つことだ。そしてそれは、こんなことは、もう二度と起こらないことなのだ。

終了の3分前まで、僕はそれを心の底から信じてはいなかった。最後のスクラムの選択も、どちらにでも転び得ると思った。でも、それは起こった。選手たちが起こしたのだ。エディと彼のチームが起こしたのだ。
「スプリングボクスに勝った! スプリングボクスに勝った!」。僕たちは抱き合って飛び跳ねた。僕たちは抱き合って飛び跳ねた。

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ブライトン・ロック(雑記)8

2015年10月16日 03時46分22秒 | ワールドカップ

この試合のキックオフ前後の5分間くらい、僕はボクスの選手の写真ばかり撮っていた。ボクスの試合を観るのはフランス大会の決勝以来。その試合にも出ていた「昔の名前で出ています」の面々がずらりと並んでいるのは僕としては楽しいのだが、まあ、バランスが良いとは言えないよな。かと言って今回のイングランドみたいな編成も明らかにまずかったわけだけれども。

そして試合中の写真は、ほんの少ししか残っていない。言うまでもなく、ファインダーを覗くのが惜しかったからだ。自分のこの目でこのゲームを観ていたかったからだ。全身でそれを感じていたかったからだ。

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ブライトン・ロック(雑記)7

2015年10月15日 03時58分58秒 | ワールドカップ

そのリー・ジョーンズはこの鬼の形相。コーチの起用はもちろん、彼らを含めてこの「グループ」を組織としてまとめることにおいても、エディの手腕は卓越・傑出していた。

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ブライトン・ロック(雑記)6

2015年10月15日 02時04分19秒 | ワールドカップ

試合前のアップの時間。エディ・ジョーンズはリードをリー・ジョーンズに任せて、一人静かに芝生の上にいた。やり切った感じなのかなと思って眺めていたが、今思うと、この時どのくらいジャパンの勝利を現実のこととして信じ切っていたか、訊いてみたい気がする。

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ブライトン・ロック(雑記)4

2015年10月14日 00時12分47秒 | ワールドカップ

ブライトン・ブルー……。
本当に、このゲーム、僕の記憶の半分は、こののんびりとした雰囲気なのだよ。

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ブライトン・ロック(雑記)3

2015年10月13日 23時09分17秒 | ワールドカップ

試合前、ボクスのバスが入って来るのを手を振って迎えて、スタジアムの中へ。いつものようにベストポジションを探して写真を撮って、ボクスのサポーターと言葉を交わして、自分の席へ。
思い出した。グラウンドの上をかもめが飛んでいた。このスタジアム、座席にかもめが描いてあるのを事前に知っていたのだが、本当にかもめがいるんだと、何だか、そんなことばかり考えていた試合前だった。

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