バッハ日記 10

2016-03-01 | 東京日記
第5番つづき


第5番は色々と示唆に富んだ曲である。

先にも書いたがこの曲はリュート組曲とチェロ組曲の二つがあり、その二つは殆ど同じでありながら微妙な違いが散見される。

「バッハ日記7」の中で書いたように「もしバッハがこの曲をある日また何かの曲に書き換えたとしたら(そういう例はバッハには沢山ある)また違う音や違う和声をつけたかもしれない」を実証しているような曲である。

細かく書き出すと譜例を沢山掲載しなければならなくなるし、あまりに煩雑になるのでここでは沢山は書かないが、譜例のような違いがある事だけを指摘しておく。

譜例はプレリュードの24小節目からであるが25小節目の後半からが見た目には随分違う。(注)
チェロ版はDを長く引っ張ってドシラと下降するが、リュート版はドミレドと4個の16分音符になっている事に注目していただきたい。
ここがバッハの楽器の特性を見抜く鋭さの現れであると言える。
擦弦楽器のチェロは長く音を引っ張るのが得意な楽器であるが、撥弦楽器のリュートはその反対であるので長く延ばす代わりに4個の16分音符で装飾しているのである。音楽的コンテキストは見た目の違いとは反対に、両者ほとんど同じである。

次の小節も同じように見た目は随分違うがチェロ版の付点音譜をリュート版は3連譜で装飾しているのと次の和音はリュートの方が弦が多い分和声が充実して書かれている。

チェロ版はリュート版に比べ、よりシンプルに書き直した傾向がある。何方かと言えば和声楽器に近い7弦のリュートに比べ4弦のチェロは単旋律楽器であり、和声的(または対位法的)な奏法に困難を伴う事を考慮した結果だと思うが、時にどうしてこの音を書き足さなかったのかと思われる場所もある。

実はそういう箇所を今回リュート版を参考にしながら、チェロ版には無い和声進行をつけてみる事にした。どこをどうするかは本番まで秘密である。

余談になるが、バッハは鍵盤楽器奏者であったが、ヴァイオリンもかなりな腕であったと言う傍証は沢山ある。あの前人未到の無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータを書いたわけだから当たり前とも言えるが、チェロ組曲に関しても、バッハがチェロをどのくらい弾けたかは謎であるにしても楽器の本質を見事に攫い出す洞察力はまさに天才のそれである。この事はまた改て書いてみるつもりである。

第5番に関してはまだまだ沢山あるが、明日もまた沢山さらわなければならないので今日はこの辺で。


注;リュート組曲はチェロ組曲より5度高いト短調だが、ここでは分かり易いようにチェロ組曲と同じハ短調に書き直してある。

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