新 バッハ日記

2017-05-01 | 音楽
5月10日市ヶ谷ルーテルホールでのバッハ無伴奏チェロ組曲全曲演奏会、第1回のプログラムノートから。


新たなる試み、脱ステレオタイプ

随分前からバッハを弾く時に気になっていたことがある。バッハの2番目の妻アンナ・マグダレーナの写譜(以下AMBと記す)をどう理解するかということだ。ご存知のようにバッハの自筆譜は残っていないので、これが現存するもっとも有力な資料であることに異論はないと思うが他にも様々な資料がある。ところが厄介なことにどれも同じようでどれ一つとして同じものはない。特にどの音がどうだとかいう論争はかつてないほど盛んになって来て、収拾がつかないくらいになっている。
だが僕が気になっていたのは様々なヴァージョンの音の違いではない。違うヴァージョンのどの音をどう決定して弾くかという論争は不毛だと思えるからだ。これについてはwebサイトにも書いたのでここでは詳しく触れないが、簡単に言ってしまえばどのヴァージョンもそれなりの正当性があって、どれもそれなりに正しいからだ。
ずっと気になっていたことというのは、アーティキュレーション(弓使いまたはスラーの掛かり方)のことである。ある音型をどう弾くかということだ。例えば第1番のプレリュード(以下1Pr.のように記す)の冒頭はパターン化された音型で始まりそのあと何度も出てくる。こういう部分はこれまで普通は、同音型=同弓使いと思っていたし、又ほとんどの演奏も大抵そうである。出版物もほとんどそういう方針で出版している。ところがAMBの写譜はそうではないのである。歌手ではあったが弦楽器を弾かなかったアンナ・マグダレーナがちょっといい加減に写したんだろうくらいに僕は長い間思っていた。現にスラー記号がどの音からどの音まで掛かっているのか明確ではないところがたくさんあるので、これを真に受けて弾くのはナンセンスだとさえ思っていた。2004年に録音した時はそういうポリシーで弾いていた。
数年前から、バッハはAMBの楽譜を見ながらさらうようにして見た。手稿なのでなかなか読みにくいが、その方がなんとなくバッハにより近づけるような気がしだしたからである。それと同時にずっと気になっていた弓の使い方も書いてあることに忠実に再現してみるとどうなるか試してみるようになった。とはいえ、スラーがどのように掛っているかはある程度想像で考えるしかない箇所もたくさんある。しかしこれがとてつもなく面白い。例えば3Pr.はあるワンパターン化されたボーイングで弾くことがほぼ常識的になっている場所でも、あえて逆らわず、ちょっとヘンテコリンだな、ありえないアーティキュレーションだなと思いながらも取り敢えずやって見たのである。
人の耳というのはいつも聞きなれたものを好む。聞きなれた曲の音をちょっと変えて弾くとそんな音、変だと耳も心も拒否する。ところが耳を虚心にして本当に聞き直してみるとそれもまた違う趣があるのだ。実はこれはジャズの世界では当たり前のことで、ワンパターンはジャズの最大の敵だと言ってもいいのである。
翻って考えるに、バロック時代までの音楽もジャズと同じように演奏者にいつも即興性と創造性が求められたもので、五線譜に最終的に固定され断じて変更してはならないものではなかったのである。要するに作曲は演奏されながら同時に毎回完結されるものであった。
現代の音楽教育は楽譜に書いてあることを忠実に再現することを徹底的に教え込まれる。だがこう言った考えは19世紀的というか、近代思想的発想から生まれた作曲者絶対主義的なもので、バロック時代にはそうでもなかったのだ。面倒なことに、バッハの作品の中にも例えば、フーガの技法やゴールドベルグのカノンなどのように1音たりとも変更不可能な曲もある。
しかしバッハの組曲やカンタータなどはそういったものではなく、もっと即興性がより重んじられる音楽だったと思う。
僕はバッハの組曲を絶対不変の神のような崇高な音楽として神格化する考えにはいささかの抵抗を感じる。もちろんそういう部分もこれらの曲の中にあるとは思うが、神格化されるとなんだかかた苦しい気がする。ちょっと逸脱したり、遊んでみること−即興性−の面白さが無い硬直した演奏をしたくないと思う今日この頃なのだ。
話が少し外れてしまったが、今回と次回のバッハはそういう風なアプローチで演奏する。おそらく今後も。
ところが困ったことが起きた。弦楽器の弓使いというのは体の動きとして記憶されるものなのだということだ。この新しいアプローチはAMBの楽譜を見ていないとすぐ勝手に昔からの体の動きが出てしまう。暗譜で弾く為には体の動きまで覚えなければならないのだ。この原稿を書いている時点で未だに暗譜でこの試みを出来るまでになるかどうか心配なところである。
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クレモナのフリードマン作のチェロ 続き

2016-11-19 | 音楽
ベネディクト・フリードマン( Bénedicte Friedmann)はフランスのアルザス地方の出身。
年齢は当然ながら聞けないのでわかりませんが、大変美しい方です。

写真は、コンサートのあと、大変美しいパラツッオ トレッキで行われたレセプションでの撮影。
真ん中がベネディクト。左はヴィヴァルディのコンチェルトを弾く時に使ったチェロの製作者の、マッシモ・アルドリ(Massimo Ardoli)さん。アルドリさんの楽器もなかなか手応えのよい楽器だったが、バッハをひくための音を鳴りきらせるのに3日間ではちょっと自信がなかった。

フリードマンはドイツ系の名前だが、アルザス地方にはこういう名前の人がもともと多い。
シュライバー、シュミット、ベッケンバウアー、シューマッハー、ミュンツィンガー、こんな名前も珍しくない。
脱線を知りつつ言うと、知り合いのお肉屋さんもアルザス人でエールシュラーガー(油を叩く人)。
ところが、フランス語化しているのでこういう名前も、シュレベール、(シュミットは同じかな、)ベッケンボーエール、シューマシェール。ミュンツシンガーにいたっては大変面倒で、マンザンジェーみたいな発音になる。

話を戻すと、彼女といろいろお話をしているうちに、彼女はパリ郊外のコンセルヴァトワールでヴァイオリンとヴィオラを勉強したあと、ソルボンヌで音楽学(Musicologie)を専攻。ソルボンヌの音楽学科はフランスで唯一の音楽学が出来る場所で、かなりハードルの高いエリート校。

しかし、どうしたわけかは聞かなかったけれど、楽器作りになりたくてフランスのミルクールの国立楽器製作学校に入ろう決心。ところが、18歳の年齢制限があって諦めた所、クレモナの学校がまだ大丈夫とわかりクレモナの制作学校に入ったそうです。

この世界もちょっと音楽の世界と似ていて、早期教育が主流の場のようだ。クレモナでは中学をでた生徒達が、高校教育を受けながら楽器製作の勉強をしていて、16歳くらいから始める人が多い。

フランスでも、いわゆるアルティザンとよばれる、料理人、パティシエ、パン職人、家具などの工芸関係の職人の世界は、中学出から修行する事が多いようだ。昔はコンセールヴァトワールもそういう感じだったと思う。

またまた脱線。

フリードマンの楽器はクレモナで初めて弾いたときけっこう良いじゃん、とは思ったものの、これで3日後にバッハを弾くのはちょっと面倒だな、もう少し良い楽器がでて来て欲しいなと言うくらいの感触だった。
それをワークショップで調整し直してから、3日間弾いている間にどんどん変わってきた。
もちろん、楽器も弾いているうちに変化して行くし、弾いている方も、知らないうちに楽器に対応して行くものだ。
しかし相手はバッハなので3日間、結構必死でさらったのは言うまでもない。弾いているうちに、本番前の日にはいい感じになって来た。こうして、質の良い録音、録画で客観的に聞いて見るとこの楽器の持っているポテンシャルの高さがよく解る。

現在、この楽器は東京の某楽器店で販売されている。


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クレモナのフリードマン作のチェロ

2016-11-18 | 音楽
9月にストラディヴァリの街、クレモナを訪れた。

ヴァイオリニストの柏木真樹氏からの依頼で、クレモナの楽器製作者の新作楽器のセットアップ(調整)のワークショップで出展された楽器を弾いてコメントして欲しいと言う事だった。
調整は島村楽器の茂木顕さんと柏木さん。

詳しくはこちらから。

このワークショップの最終日には出展楽器の中から楽器を選んでコンサートも依頼された。
会場はフレスコ画が大変美しい市内最古のサンタ・リタ教会である。

このとき弾いた映像が、こちら。
前半
後半

これは茂木さんが当日撮影してくれた映像。

このコンサートは、柏木氏の生徒さんなどで編成された9人による弦楽アンサンブルも参加し、
そのひとりひとりもクレモナの新作楽器を使用して演奏した。

さて、ワークショップでは初日に1台用意されていた楽器が結構いいなとの感触を得た。
翌日から他4台も加わって、あれこれ調整をして見ると、驚くほど良く鳴るようになる。
柏木さんと茂木さんの調整能力の高さに脱帽した。

そして、最終的に選んで演奏したのは初日に弾いた楽器。
その製作者はフランス人のベネディクト・フリードマン。
大変チャーミングな、毎日木を削っている労働者には見えない方であった。
フランス語で意思疎通が出来るので、楽器についてもいろいろ詳しく話が出来た。

僕にとっては、知らない楽器をわずか3日弾いてバッハの本番と言う、大変スリリングなコンサートだったので、
選び方はまず「弾き易さ」を最優先したが。
弾き易さを重視するのは決して悪い事ではなく、むしろ最重要事項である。

こう書いていて、ある事を思い出した。
それは、フルニエ、トルトリエが高齢になってから気温や湿度の影響を受け易いオールドイタリアンをあまり使わず、フランスの比較的新しい楽器を併用し始めたことだ。
フルニエはあの有名なMiremont(ミルモン)ーこの楽器はさる所で弾かせてもらった事があるー、トルトリエはMocotel(モコテル)を使っていた。

現在ではこの二つの楽器はかなりハイクラスの楽器に数えられるようになったが、フルニエがミルモンを使い始めた頃は(おそらく60〜70年代)、まだまだ知られていなかっただけではなく、値段も現在では考えられないくらい安価で学生用の楽器くらいに考えられていた。

以下続く





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よく解らなかった「白紙領収証」の件

2016-10-15 | 東京日記
この間からしきりにメディアを騒がせている、大量の「白紙同一筆跡領収証」の話がよく解らなくて頭がこんがらがった。

最初に思ったのは稲田大臣の政治団体が「大量の領収証」を受け取ったのだと思った。
ここ肝心。

領収証を受け取るのは支払いした側だ。
で、その領収証に勝手な金額を書いていわゆる「経費」を水増ししたのかと思った。

これはこれで良くない事である。要は収入を減らすことになるからその分所得税を減らせる。

一応個人経営者として、自分もそれが出来るならどんどんやりたい。

ところが、そうではなくて領収証を発行したのは大臣の政治団体だった。

普通、お金を受け取る側が領収証を発行するワケだから発行する前の領収証は「白紙」だし、
またそれを書く人も同一人物である事は普通に考えて当たり前だ

訳が分からなくなったのは「白紙」で「同一筆跡」があたかも大問題のように報道されたからだとやっと気がついた次第。

違うと思う。

もし問題がもしもあるとしたら(その可能性は大きいと思うが)、

「ともみ組」に政治資金パーティーの参加費として参加者が各々支払った「政治献金の額」と、
領収証に書き込まれた(大抵は2万円だったような気がする)額に相違があるか、無いかの問題だと思う。

これが実際は100万円、1千万円だったとして、領収証は2万だった場合政治献金を不正に申告したことになる。
問題点はそこ以外にないと思うんだが、、、

というか、報道側はそこまで取材して政治資金の不正申告を暴かないとニュースにならないんとちゃうか?

どうもこういう報道の仕方って、真の問題点を人が「食らいつき」安いように変形させてスキャンダルを狙った感があって報道姿勢としては感心出来ない。


我々庶民の間で、これに似たようなのは、冠婚葬祭のご祝儀や香典などがある。
こっちだって同じような事をしている人は多いんじゃないですか?

要するに少なめに申告して(領収証を発行すると言う事は、その時点で歳入として所得税の申告の対象になる)税金を少しでも減らそうと考えるのは、世の習いとまで言ったら何だけど、結構普通にやっていると思う。

こんな事白昼堂々と書いちゃったけど、まあ自民党の閣僚3人が同じ事を白昼堂々と答弁したのだから、もしこれが何かのお咎めになるのならまず、閣僚からお願いしたい。


どうなんでしょうか?
僕のこの認識に違いがあればご指摘頂きたい。



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重国籍についての私の覚え書き

2016-09-09 | 東京日記
蓮舫氏のいわゆる「重国籍」がずいぶんと話題になっている。

この一件で日本の(又は日本人の)国籍感が、幸運にもあぶり出た感じになった。

実は、海外に住んでいる他の多くの「日本人」にとっては、(特に子供を持った場合)
いつも悩まされている問題で、その点では海外在住日本人の共通の問題が話題になってくれた事は僥倖ですらある。

どちらかの親が日本人の場合の子女は、日本国籍となるが、
現行の日本の国籍法では、海外で生まれた場合現地の国籍になることも、(例えばフランスのように)国によってはある。
そういう場合、日本の国籍法は22歳になった時にどちらかの国籍を排他的に選択しなくてはならない「努力義務」がある。
要するにどちらかの国籍を放棄しなければならない。

国籍に関しての法律は世界各国様々だが、出生地主義と血統主義である。
読んで字のごとく、出生地主義は生まれた国が自動的にその子供の国籍となる。
(アメリカ、カナダ、フランス等の場合)
血統主義は親の国籍に準ずる。(ドイツ、日本など)
どちらもそれなりのポリシーがあり、利点も欠点もある。(後述)

フランスで生まれた日本人を親に持つ子供も(もちろん親も)この問題に直面する。
フランスでは、フランス領土内に生まれたその日から、すべての人は自動的にフランス国籍である。
出生届を出す以外、役所に申請に行ったり、手続きをしたりする必用は全くない。
前述のように日本の国籍法は血統主義なので、日本国籍の親を持つ子供は同時に日本人でもある。
これに関しては蓮舫氏の「事件」でも明らかになったように、つい最近まで日本国籍法は父親が日本人である場合に限るという、はなはだ前近代的な法律だったが、国連の勧告によって改正され両親のどちらかになった。

余談だが、フランスの場合出生率を上げる事を国策としているので、新生児とその両親には、
日本では考えられないくらい多大な援助がある。
医療関係、育児手当、育児休暇など。
特に育児手当は結構多額で、たしか子供が16歳まで入って来るので、フランスでは子供を作って貧乏になるとか、
仕事を辞めなければならなくなるとか言う事はほとんどない。



話を続けると、しかし日本人の子女は22才になる前に、どちらかの国籍を「排他的に」選択しなくてはならない。
この法律は前述のように「努力義務」で、罰則も罰金もない。そもそも履行が不可能な法律である。
なぜなら、日本の官憲が海外に渡り日本の国籍法を治外法権的に行き渡らせる事はが不可能だからである。
これが、今や「ガラパゴス化」した、排外的な国籍法を持つ、民主主義後進国にしか存在しない世界でもまれに見る日本の国籍法なのだ。



ではなんで、こんな時代錯誤的法律を日本はカタクナに守っているのか。


以下、続く

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