オノ・ヨーコさんが「美術の分野で人類の平和に最も貢献した作家」に3年に1度贈られるヒロシマ賞を受賞し、その受賞記念展「希望の路」が広島市現代美術館で開催されているので、観に行ってきました。
経費節約のため新幹線は使わず
、在来線で片道3時間・往復6時間の旅でしたが、涼しい車両に座ってウトウト居眠りしたり、本を読んだり…のんびりゆっくり自分の時間を過ごしてきました。
広島駅からバスで5分の「段原中央」で下車し、動く歩道比治山スカイウォークに乗り…(まるでSFの世界!)

オブジェが展示されている公園の中をしばらく歩くと美術館が見えてきます。

階段を上ると、最初の作品「ウィッシュ・ツリー・フォー・ヒロシマ」がありました。
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

白い箱の中に入っている白い紙に願い事を書いて、木に結わえ付けるようです。七夕の短冊みたいですね☆
ガラス張りの通路にはもう一つ、参加型の展示「マイ・マミー・イズ・ビューティフル」が…
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

入館者が白い壁にカラーペンで、母親に対する思いを言葉や絵で自由に描いたり貼ったりしています。
「おかあさん、ありがとう」「おかあさん、大好きです」っていうのが多かったけれど、私はなんとなく気恥ずかしくて…観るだけにしておきました
。

今回のオノ・ヨーコ展は、動画の撮影はしない、フラッシュは使用しない等の条件を守れば写真撮影が可能!とのことで、人を写さないよう気をつけながら撮影をさせてもらいました。
会場に一歩足を踏み入れると、西洋風な古い木の扉がいくつも立ち並んでいます。床の上には白い折鶴が…。
白い壁には墨?で「世界平和祈念永遠」等、オノ・ヨーコさんの「ねがい」が書かれています。
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

ガラス越しに外を眺めると、「再建−また建てればいいんだ、いいんだ」がありました。
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

これは、今回の震災後に加えられた作品で、震災の被害に遭った家の柱時計、扇風機、タンス、便器などが置かれ、その周りをたくさんの白い折鶴が囲んでいます。その家に暮らしていた家族が、震災前に家の前で撮影した写真と、がれきの山となった現在の無残な家の写真が並んで展示されていて、ここに暮らしておられた一家はどうしておられるのか…胸が痛みました。
圧巻だったのは、地下の広い空間(2部屋)に繰り広げられていた鎮魂の作品群です。
暗幕の中の一つ目の暗闇には、「見えない人たち」と名づけられた、透明なプラスチック製ののっぺらぼうの人形たちがいくつも立ちすくんでいます。一定の間隔をおいて発せられる強い光によって、その人形や鑑賞者自身の影が、壁に設置された被爆直後の広島の絵(写真?)の上に重なるのです。
もう一つの部屋には、さらに衝撃的な展示「カバー」がありました。
薄暗い空間に整然と同じ向きに並べられた無数の物体…毛布で覆われた遺体を思わせるその物体の圧倒的な存在感に、粛然となり、心の中で手を合わせ、祈りたい気持ちになりました。
地下のこの2つの展示は、鑑賞者自身に被災者の悲惨な体験を想像させると同時に、否応なしに引きずり込み、体感させる大きな力を持っていました。。。
広島市現代美術館ではオノ・ヨーコ展と同時に、「つくる、ゆく、ヒロシマに想う」と題した無料の常設展も開催されていたのですが、こちらも素晴らしかったです☆(こちらも写真撮影可!)
展示作品がはんぱじゃない!!!…丸木位里・俊夫妻の原爆の絵をはじめ、荒木経惟の色鮮やかな花の群れ、池田満寿夫、ヘンリー・ムーア、キース・ヘリング、イサム・ノグチ、横尾忠則…そうそうたるメンバーの作品が、惜しげもなく展示されているのです!

そんな中、私が心惹かれたのは、都築響一さんの作品「広島太郎」でした。

広島太郎さんは広島大学卒のエリートだったそうですが、路上生活37年、広島では知らない人はいないそうです。
「だれもが『そこにいる』と知っていて、だれもが『そこにいない』ように通り過ぎていく。だれよりも存在感にあふれていて、だれよりも透明な広島太郎は、不思議な広島のカケラなのだ」と書かれた言葉が心に残りました。
それからもう一つ、岡本太郎さんの特別展示もありましたよ☆
メキシコのホテルのロビーに設置される予定だった壁画「明日の神話」や下の写真の「坐ることを拒否する椅子」「若い夢」など…。

とにかく見所いっぱいで、たくさんの素晴らしい作品に圧倒され、フラフラになった(笑)1日でした。
経費節約のため新幹線は使わず
、在来線で片道3時間・往復6時間の旅でしたが、涼しい車両に座ってウトウト居眠りしたり、本を読んだり…のんびりゆっくり自分の時間を過ごしてきました。広島駅からバスで5分の「段原中央」で下車し、動く歩道比治山スカイウォークに乗り…(まるでSFの世界!)

オブジェが展示されている公園の中をしばらく歩くと美術館が見えてきます。

階段を上ると、最初の作品「ウィッシュ・ツリー・フォー・ヒロシマ」がありました。
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

白い箱の中に入っている白い紙に願い事を書いて、木に結わえ付けるようです。七夕の短冊みたいですね☆
ガラス張りの通路にはもう一つ、参加型の展示「マイ・マミー・イズ・ビューティフル」が…
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

入館者が白い壁にカラーペンで、母親に対する思いを言葉や絵で自由に描いたり貼ったりしています。
「おかあさん、ありがとう」「おかあさん、大好きです」っていうのが多かったけれど、私はなんとなく気恥ずかしくて…観るだけにしておきました
。
今回のオノ・ヨーコ展は、動画の撮影はしない、フラッシュは使用しない等の条件を守れば写真撮影が可能!とのことで、人を写さないよう気をつけながら撮影をさせてもらいました。
会場に一歩足を踏み入れると、西洋風な古い木の扉がいくつも立ち並んでいます。床の上には白い折鶴が…。
白い壁には墨?で「世界平和祈念永遠」等、オノ・ヨーコさんの「ねがい」が書かれています。
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

ガラス越しに外を眺めると、「再建−また建てればいいんだ、いいんだ」がありました。
(作家:オノ・ヨーコ CC:BY-NC-ND2.1日本)

これは、今回の震災後に加えられた作品で、震災の被害に遭った家の柱時計、扇風機、タンス、便器などが置かれ、その周りをたくさんの白い折鶴が囲んでいます。その家に暮らしていた家族が、震災前に家の前で撮影した写真と、がれきの山となった現在の無残な家の写真が並んで展示されていて、ここに暮らしておられた一家はどうしておられるのか…胸が痛みました。
圧巻だったのは、地下の広い空間(2部屋)に繰り広げられていた鎮魂の作品群です。
暗幕の中の一つ目の暗闇には、「見えない人たち」と名づけられた、透明なプラスチック製ののっぺらぼうの人形たちがいくつも立ちすくんでいます。一定の間隔をおいて発せられる強い光によって、その人形や鑑賞者自身の影が、壁に設置された被爆直後の広島の絵(写真?)の上に重なるのです。
もう一つの部屋には、さらに衝撃的な展示「カバー」がありました。
薄暗い空間に整然と同じ向きに並べられた無数の物体…毛布で覆われた遺体を思わせるその物体の圧倒的な存在感に、粛然となり、心の中で手を合わせ、祈りたい気持ちになりました。
地下のこの2つの展示は、鑑賞者自身に被災者の悲惨な体験を想像させると同時に、否応なしに引きずり込み、体感させる大きな力を持っていました。。。
広島市現代美術館ではオノ・ヨーコ展と同時に、「つくる、ゆく、ヒロシマに想う」と題した無料の常設展も開催されていたのですが、こちらも素晴らしかったです☆(こちらも写真撮影可!)
展示作品がはんぱじゃない!!!…丸木位里・俊夫妻の原爆の絵をはじめ、荒木経惟の色鮮やかな花の群れ、池田満寿夫、ヘンリー・ムーア、キース・ヘリング、イサム・ノグチ、横尾忠則…そうそうたるメンバーの作品が、惜しげもなく展示されているのです!

そんな中、私が心惹かれたのは、都築響一さんの作品「広島太郎」でした。

広島太郎さんは広島大学卒のエリートだったそうですが、路上生活37年、広島では知らない人はいないそうです。
「だれもが『そこにいる』と知っていて、だれもが『そこにいない』ように通り過ぎていく。だれよりも存在感にあふれていて、だれよりも透明な広島太郎は、不思議な広島のカケラなのだ」と書かれた言葉が心に残りました。
それからもう一つ、岡本太郎さんの特別展示もありましたよ☆
メキシコのホテルのロビーに設置される予定だった壁画「明日の神話」や下の写真の「坐ることを拒否する椅子」「若い夢」など…。

とにかく見所いっぱいで、たくさんの素晴らしい作品に圧倒され、フラフラになった(笑)1日でした。










