僕はどこへ行くのか。
鼻血の味は鉄の味 3rd season
インドでの話17
3月23日(火) 7日目(マザー・ベイビー・スクール)
マザーベイビーに宿泊している日本人の間には、昨日まで他人だったのにも関わらず連帯感が生まれる。
確かに話をする仲の具合にも差は出てくるけど、決して相手とぶつからないし、避けたりはしない。
それは日本人特有のものなのかもしれないし、外国で旅をしている中ではこの人間関係の築き方はとても重要なのだろう。
一人尖っていては、旅は前には進まない。
そして旅をしている人たちは、本当に面白いことをしながら回っている人が多い。
サッカーボール1つでインド各地の子どもたちとサッカーをしながら旅をしている人。
たい焼きを焼きながら、中国から陸路を西へ西へ進んでインドまで来た人。
2年計画で、世界各地で働きながら世界一周を目指している人。
なぜそう思い旅を始めたのだろう。
そして、今、何を見て、どう感じて、これから(明日から)を考えているのだろうか。
日本の旅行代理店でパックツアーを頼んで旅行をしていたら、こんな人たちとは絶対に巡り合えなかった。
日本で、就職ができないとか、何がしたいのかわからないとか言っている人たちに言いたい。
人生はもっと自由であっていいはずで、世界は広い。
僕たちは何でもできるし、どこへでも行ける。
今日を楽しめない奴が10年、20年後幸せになっているのだろうか。
マザーベイビーに宿泊している日本人の間には、昨日まで他人だったのにも関わらず連帯感が生まれる。
確かに話をする仲の具合にも差は出てくるけど、決して相手とぶつからないし、避けたりはしない。
それは日本人特有のものなのかもしれないし、外国で旅をしている中ではこの人間関係の築き方はとても重要なのだろう。
一人尖っていては、旅は前には進まない。
そして旅をしている人たちは、本当に面白いことをしながら回っている人が多い。
サッカーボール1つでインド各地の子どもたちとサッカーをしながら旅をしている人。
たい焼きを焼きながら、中国から陸路を西へ西へ進んでインドまで来た人。
2年計画で、世界各地で働きながら世界一周を目指している人。
なぜそう思い旅を始めたのだろう。
そして、今、何を見て、どう感じて、これから(明日から)を考えているのだろうか。
日本の旅行代理店でパックツアーを頼んで旅行をしていたら、こんな人たちとは絶対に巡り合えなかった。
日本で、就職ができないとか、何がしたいのかわからないとか言っている人たちに言いたい。
人生はもっと自由であっていいはずで、世界は広い。
僕たちは何でもできるし、どこへでも行ける。
今日を楽しめない奴が10年、20年後幸せになっているのだろうか。
インドでの話16
3月22日(月) 6日目(マザー・ベイビー・スクール)
7時に目が覚める。
シャワーを浴びる。
足元にたらいを置いて、その中に溜めた水で昨日の洗濯物を洗う。といっても濡らして絞るだけだけど。
屋上に上がるとロープが張ってあるので、干す。
高い建物はないので、遠くまで見渡せる。
今日も快晴。風は涼しい。
1階の学校部分に下りてみる。
ここの管理人をしているマルコとマザーがいた。マルコはずんぐりむっくりという言葉がぴったりの無精ひげのおじさん、マザーはスラリとしたスタイルのおばさんでここの教師もしている。
マルコとマザーについては、前の日に『旅学』という雑誌で読んでいたので、すぐに誰だかわかった。
マルコは僕に話しかけた。
どうやってマザーベイビーを知ったのか。
僕が日本に帰って、多くの人にマザーベイビーの存在を伝えてほしい。
日本だけでなく、英語圏の人たちなど世界中の人たちがここを訪れたらいいと。
僕は英語はわからないけど、なんとなくそう聞こえた。
「ここは静かなところだろう?」とマルコは言った。
「河の向こうはcityで、こっちはvillageなのさ」と続けた。
マザーが出してくれたチャイが、とてもとても美味しかった。
11:00。子どもたちがマザーベイビーにやって来た。
最初は英語の授業。大きい子(小学校高学年くらい)と小さい子(小学校低学年くらい)にわかれる。
僕ら宿泊していた日本人も授業に参加する。
マザーベイビーのスタッフから教え方を教わり、席に着いている子どもの前に行く。
子どもたちは賑やかだ。
真面目に授業を受けてる子もいるが、全然集中できない子、隣の子にちょっかいを出す子、答えを覗き見しようとする子、いろいろな子がいて、クラスは大騒ぎ。
1人の日本人で2、3人の子どもを見るんだけど、先生もゲラゲラ大笑いしながら、時間は過ぎる。
学級崩壊とかいう概念はない。
僕はジャビー(Javey?)という子を見た。
教える内容はとても簡単。日本の中1くらいの初歩の初歩。「I my me mine」の使い分けを簡単な穴あき問題を作ってあげて出す。
正解するとすごいテンションで喜ぶから面白い。
授業中、ある子どもから、あなたの仕事は何なんだ?と聞かれた。
僕は警備員のバイトをしていたけど、どう説明すればよいのかわからなかったので、警察だと答えた。(後でガードマンと言えばよかったのかと気づいた!)
僕は思った。この国はカーストの残る国。
この子どもたちは将来何になるのだろうか。それとも将来は決定されているのだろうか。
僕は大学を卒業して、サラリーマンをして、今はフリーターでバイトして、春から公務員になる。
そんな人生の歩みを彼らはどう感じるだろうか。
この子たちがここで習った英語や算数は将来どのくらい役に立つのだろうか。
また、ここに来ている子どもたちは他の地域の子どもたちよりも少なからず学習に機会に巡り合えてラッキーだったのかもしれない。
この子たちの未来が明るいものになることを願わずにはいられない。
緊張のせいか、風邪をひいているのか、インドに来た初日からなんだか熱っぽかった。
特にここ2、3日は鼻水も出る。
日中は軽く35℃超えの気温だけど、夜は直接扇風機の風を受けているので、身体が冷える。
扇風機は、蒸し暑い部屋に風を通す役割と、蚊が人間に止まれないようにするために回している。
蚊については、予防接種の類を全く何もして来なかった僕としては不安でしかない。
みんな虫よけスプレーや刺された時の軟膏なんかを持参している。
もちろん僕はそんなの持ってないので、長袖、靴下、首にはタオルで防備している。が、これがまた暑い(笑)
そして、刺されてもほっといている。運が良ければ何もないだろう。運が悪ければ倒れるだろう。
まだ昼間だけど、疲れていた僕はVIPルームのベッドに横になった。
窓から吹く風は熱風だけど、吹かれていると心地よい。
いつの間にかウツウツとしてしまった。
目が覚めた時には、風邪っぽかった体調はだいぶ楽になった。
あと、日本から持ってきたスポーツドリンクの粉が役に立つ。
インドは水か色の濃い炭酸ジュースばかりで、スポーツドリンクのようなものはあまり目にしない。
旅はまだ半分なのにもう半分以上使ってしまった。(10本持ってきて残り4本)
7時に目が覚める。
シャワーを浴びる。
足元にたらいを置いて、その中に溜めた水で昨日の洗濯物を洗う。といっても濡らして絞るだけだけど。
屋上に上がるとロープが張ってあるので、干す。
高い建物はないので、遠くまで見渡せる。
今日も快晴。風は涼しい。
1階の学校部分に下りてみる。
ここの管理人をしているマルコとマザーがいた。マルコはずんぐりむっくりという言葉がぴったりの無精ひげのおじさん、マザーはスラリとしたスタイルのおばさんでここの教師もしている。
マルコとマザーについては、前の日に『旅学』という雑誌で読んでいたので、すぐに誰だかわかった。
マルコは僕に話しかけた。
どうやってマザーベイビーを知ったのか。
僕が日本に帰って、多くの人にマザーベイビーの存在を伝えてほしい。
日本だけでなく、英語圏の人たちなど世界中の人たちがここを訪れたらいいと。
僕は英語はわからないけど、なんとなくそう聞こえた。
「ここは静かなところだろう?」とマルコは言った。
「河の向こうはcityで、こっちはvillageなのさ」と続けた。
マザーが出してくれたチャイが、とてもとても美味しかった。
11:00。子どもたちがマザーベイビーにやって来た。
最初は英語の授業。大きい子(小学校高学年くらい)と小さい子(小学校低学年くらい)にわかれる。
僕ら宿泊していた日本人も授業に参加する。
マザーベイビーのスタッフから教え方を教わり、席に着いている子どもの前に行く。
子どもたちは賑やかだ。
真面目に授業を受けてる子もいるが、全然集中できない子、隣の子にちょっかいを出す子、答えを覗き見しようとする子、いろいろな子がいて、クラスは大騒ぎ。
1人の日本人で2、3人の子どもを見るんだけど、先生もゲラゲラ大笑いしながら、時間は過ぎる。
学級崩壊とかいう概念はない。
僕はジャビー(Javey?)という子を見た。
教える内容はとても簡単。日本の中1くらいの初歩の初歩。「I my me mine」の使い分けを簡単な穴あき問題を作ってあげて出す。
正解するとすごいテンションで喜ぶから面白い。
授業中、ある子どもから、あなたの仕事は何なんだ?と聞かれた。
僕は警備員のバイトをしていたけど、どう説明すればよいのかわからなかったので、警察だと答えた。(後でガードマンと言えばよかったのかと気づいた!)
僕は思った。この国はカーストの残る国。
この子どもたちは将来何になるのだろうか。それとも将来は決定されているのだろうか。
僕は大学を卒業して、サラリーマンをして、今はフリーターでバイトして、春から公務員になる。
そんな人生の歩みを彼らはどう感じるだろうか。
この子たちがここで習った英語や算数は将来どのくらい役に立つのだろうか。
また、ここに来ている子どもたちは他の地域の子どもたちよりも少なからず学習に機会に巡り合えてラッキーだったのかもしれない。
この子たちの未来が明るいものになることを願わずにはいられない。
緊張のせいか、風邪をひいているのか、インドに来た初日からなんだか熱っぽかった。
特にここ2、3日は鼻水も出る。
日中は軽く35℃超えの気温だけど、夜は直接扇風機の風を受けているので、身体が冷える。
扇風機は、蒸し暑い部屋に風を通す役割と、蚊が人間に止まれないようにするために回している。
蚊については、予防接種の類を全く何もして来なかった僕としては不安でしかない。
みんな虫よけスプレーや刺された時の軟膏なんかを持参している。
もちろん僕はそんなの持ってないので、長袖、靴下、首にはタオルで防備している。が、これがまた暑い(笑)
そして、刺されてもほっといている。運が良ければ何もないだろう。運が悪ければ倒れるだろう。
まだ昼間だけど、疲れていた僕はVIPルームのベッドに横になった。
窓から吹く風は熱風だけど、吹かれていると心地よい。
いつの間にかウツウツとしてしまった。
目が覚めた時には、風邪っぽかった体調はだいぶ楽になった。
あと、日本から持ってきたスポーツドリンクの粉が役に立つ。
インドは水か色の濃い炭酸ジュースばかりで、スポーツドリンクのようなものはあまり目にしない。
旅はまだ半分なのにもう半分以上使ってしまった。(10本持ってきて残り4本)
インドでの話15
マザーベイビーの入り口から中を覗く。
誰もいない。ガランとした大きな部屋だ。
奥に階段があったので、2階へ上がってみることに。
2階はテラスのような、屋外になるんだけど、いくつかの机を集めて1つの大きなテーブルを作っていた。
そこから各部屋の入口があって、奥には流しと、さらに奥にトイレとシャワールーム。
流しの前には小さなカウンターがある。
テーブルに日本人の男性が2人いた。話を聞くと、1人は旅行者(コーヘー)、1人はスタッフ(タカウ)らしい。
管理人のマイコさんがまだ買い出しから帰って来てないと言われる。
予約はしてきたか?と聞かれたので、してきたと答えたんだけど、予約をしたタイミングが直前過ぎて、マイコさんが今日まで確認できていない可能性が出てきた。(ネットはまちに買い出しに出た時でないと見れない)
おいおい、今日泊まれないと言われたらどうするんだ??こんな調子でさらに3日も泊めさせてもらえるの??不安は募る。
マイコさんが帰ってきた。
確かに今日になって僕の予約を確認したらしく、さらに今日は2人予約してくる人がいるということで、すでにここの宿のベッド数をオーバーしているんだけど、屋上でよければということで泊めさせてもらえるようになった。
インドに来てからの事情を話し、お金がないこと、ニューデリーに帰る直前まで泊めさせてほしいことを説明すると、その日までいていいと言ってくれた。ホッと一安心。
マザーベイビーは完全に手作りのゲストハウスだ。
ボランティアの日本人と現地のインド人の手で造られた、1階が学校、2階がゲストハウスの建物だ。
壁は土を固めてできていて、模様が入る。
ドミトリールームは6人が泊まれる。VIPルームはダブルのベッドが1つ。トイレもある。
すでに定員オーバーなので、VIPルームのベッドに2人、床に3人くらいが雑魚寝している状態らしい。
20:00。日は落ちて、辺りは暗い。昼間の暑さがウソのように風は涼しい。
屋上へ上がってみると、村の子どもたちが遊んでいる。
子どもたちは家に帰ってもテレビもなければゲームもないので、こうやって毎日真っ暗になるまで遊ぶらしい。
遊ぶと言っても、追いかけあって、プロレスのまねごとみたいなことをしている感じ。
長くここに泊まっているのだろうか、日本人の男性の方が子どもたちと遊んでいた。
辺りはもう暗いのに、そんな中に子どもたちの笑い声が響く。
夜空の星もよく見えてきれいだ。高い建物がないので、そらも広い。
尾道で見る星空と変わらないなと思ったけど、それは世界が空が繋がっているからなんだろうなと思った。
夕食はマイコさんたちスタッフの手作り。
おかずはケンタッキーのような唐揚げがメイン。後で話を聞くと、バッファローの肉らしい。
ヒンズー教では牛の肉を食べることを禁じている。だから、インド人はバッファローの肉を食べる。あんまし牛肉と変わりないとも思うんだが、まぁいいか。。
ご飯もおいしかった。インディカ米だけど、炊き方で味が全然違ってくるらしい。初めてインディカ米をおいしいと思えた。
ご飯は、昼間にタカウさんがお米を少しずつお皿に出して、中に混じっている石を分けてから炊いている。脱穀(精米?)の技術が高くないので、中に石が混ざるらしい。10人分くらいのお米を見るのだから、それだけでも十分な作業だ。
食事は宿泊をしている人たちでほぼそろって食べる。7人くらいだったかなぁ。お互い、どこの出身なのか、なぜ旅をしているのか、いろいろ話は尽きない。
あと盛り上がるのは、インドに来てからのトラブル話!僕も変なツアーを組まされた話をしたけど、同じような目に合ってたり、みんな色々通過してここに来ている。
食後はVIPルームでゆっくりした時間を過ごす。
蒸し暑いが風も通っている。
遠くから、インド音楽が聞こえる。
さっきまで食事をしてたところではみんなが談笑している。
まったり時間が流れる。こんなに落ち着いた夜は初めてだ。
僕はそのままVIPルームのフローリングで毛布を借りて雑魚寝した。
誰もいない。ガランとした大きな部屋だ。
奥に階段があったので、2階へ上がってみることに。
2階はテラスのような、屋外になるんだけど、いくつかの机を集めて1つの大きなテーブルを作っていた。
そこから各部屋の入口があって、奥には流しと、さらに奥にトイレとシャワールーム。
流しの前には小さなカウンターがある。
テーブルに日本人の男性が2人いた。話を聞くと、1人は旅行者(コーヘー)、1人はスタッフ(タカウ)らしい。
管理人のマイコさんがまだ買い出しから帰って来てないと言われる。
予約はしてきたか?と聞かれたので、してきたと答えたんだけど、予約をしたタイミングが直前過ぎて、マイコさんが今日まで確認できていない可能性が出てきた。(ネットはまちに買い出しに出た時でないと見れない)
おいおい、今日泊まれないと言われたらどうするんだ??こんな調子でさらに3日も泊めさせてもらえるの??不安は募る。
マイコさんが帰ってきた。
確かに今日になって僕の予約を確認したらしく、さらに今日は2人予約してくる人がいるということで、すでにここの宿のベッド数をオーバーしているんだけど、屋上でよければということで泊めさせてもらえるようになった。
インドに来てからの事情を話し、お金がないこと、ニューデリーに帰る直前まで泊めさせてほしいことを説明すると、その日までいていいと言ってくれた。ホッと一安心。
マザーベイビーは完全に手作りのゲストハウスだ。
ボランティアの日本人と現地のインド人の手で造られた、1階が学校、2階がゲストハウスの建物だ。
壁は土を固めてできていて、模様が入る。
ドミトリールームは6人が泊まれる。VIPルームはダブルのベッドが1つ。トイレもある。
すでに定員オーバーなので、VIPルームのベッドに2人、床に3人くらいが雑魚寝している状態らしい。
20:00。日は落ちて、辺りは暗い。昼間の暑さがウソのように風は涼しい。
屋上へ上がってみると、村の子どもたちが遊んでいる。
子どもたちは家に帰ってもテレビもなければゲームもないので、こうやって毎日真っ暗になるまで遊ぶらしい。
遊ぶと言っても、追いかけあって、プロレスのまねごとみたいなことをしている感じ。
長くここに泊まっているのだろうか、日本人の男性の方が子どもたちと遊んでいた。
辺りはもう暗いのに、そんな中に子どもたちの笑い声が響く。
夜空の星もよく見えてきれいだ。高い建物がないので、そらも広い。
尾道で見る星空と変わらないなと思ったけど、それは世界が空が繋がっているからなんだろうなと思った。
夕食はマイコさんたちスタッフの手作り。
おかずはケンタッキーのような唐揚げがメイン。後で話を聞くと、バッファローの肉らしい。
ヒンズー教では牛の肉を食べることを禁じている。だから、インド人はバッファローの肉を食べる。あんまし牛肉と変わりないとも思うんだが、まぁいいか。。
ご飯もおいしかった。インディカ米だけど、炊き方で味が全然違ってくるらしい。初めてインディカ米をおいしいと思えた。
ご飯は、昼間にタカウさんがお米を少しずつお皿に出して、中に混じっている石を分けてから炊いている。脱穀(精米?)の技術が高くないので、中に石が混ざるらしい。10人分くらいのお米を見るのだから、それだけでも十分な作業だ。
食事は宿泊をしている人たちでほぼそろって食べる。7人くらいだったかなぁ。お互い、どこの出身なのか、なぜ旅をしているのか、いろいろ話は尽きない。
あと盛り上がるのは、インドに来てからのトラブル話!僕も変なツアーを組まされた話をしたけど、同じような目に合ってたり、みんな色々通過してここに来ている。
食後はVIPルームでゆっくりした時間を過ごす。
蒸し暑いが風も通っている。
遠くから、インド音楽が聞こえる。
さっきまで食事をしてたところではみんなが談笑している。
まったり時間が流れる。こんなに落ち着いた夜は初めてだ。
僕はそのままVIPルームのフローリングで毛布を借りて雑魚寝した。
インドでの話14
上流に向かい歩いているとガートの端まで来た。
そこからガンガーとは反対方向に大きな道に出るまで歩く。
ここでようやくペットボトルのジュースを買う。
コカコーラも売っているが、緑色やオレンジ色など原色のきついジュースもたくさん売られている。
炭酸を買い、一気に飲み干す。
大きな通りに出た。
ガンガーはもう見えないが、とりあえずガンガーが左手にあるものだと思い、上流の方向へ歩く。
大通りは大変な交通量。
中央分離帯があるにも関わらず、平気で車は逆走をしている。
インドでは人より車の方が強い。人が車をかわさないと轢かれてしまう。交通事故は日常茶飯事。日常の風景だ。
舗装されていないから、車が走るたびに砂煙が舞う。
暑い暑いと思いながらとぼとぼ歩く。
すぐに身体が水分を欲し、ペットボトルを購入する。
ここで水分を買うお金は出し惜しみしない。
再びガンガーが見えた。
そしてそこには対岸へ渡る浮橋が!!
思わず手を合わせて拝む。強張った表情が一気に脱力。
来れた来れた迷わず来れた。
ガンガーを横断している浮橋は、タンクを並べた上に木材や鉄板をつなげて作られている。
幅は狭く、車がようやくすれ違えるくらい。
つまり、人の歩くスペースはほぼないってこと。
ガンガンすれ違う車に申し訳なさそうに肩をすぼめて歩く僕。
歩いて渡るのに10分くらいかかってようやく対岸の町へ。
道の両脇には露店が並び、今来たばかりのバラナシの観光客目当てのものとは違い、生活雑貨や野菜などが多く売られていた。あまり外国人もここまでは来ないのかもしれない。
ここからはマザーベイビースクールのHPに書かれていた説明文を頼りに進んでいく。
説明文には、「わからなかったら人に聞いてください。だいたいの人は知っています。」と書かれている。結構メジャーな施設なのかな。。。
説明文に従って、細い路地に入っていく。
この先の雰囲気は、町というよりも村に近い感覚だ。
子どもたちが集まってくる。
写真を撮ってくれとせがんでくる。
レンズを向けるとジッとこちらを見つめてくる。
撮った写真をデジカメのモニター越しに見せてやるととても喜ぶ。
その中の1人が、「マザーベイビー??」と言うので、「知ってるのか?」と聞き返す。
着いて来いと僕の前を走りだす。
というか、僕もそっちの方へ行きたかったんだけどね。
こっちだ!こっちだ!と叫ぶ子ども。
わかった。知ってる。と返す僕。この感じは、オチがどうなるのかだいたいわかる。
壁に書かれた「MOTHER BABY SCHOOL」の文字が。もう近い。一気にテンションが上がる。
いくつか立ち並ぶ民家の間にインターネットで見た、マザーベイビーの外観を発見。
ついに来たな!
バラナシの宿を出てから3時間!
よく歩いた俺!!
そして子どもからは、チップをくれとせがまれるのだった。。。
そこからガンガーとは反対方向に大きな道に出るまで歩く。
ここでようやくペットボトルのジュースを買う。
コカコーラも売っているが、緑色やオレンジ色など原色のきついジュースもたくさん売られている。
炭酸を買い、一気に飲み干す。
大きな通りに出た。
ガンガーはもう見えないが、とりあえずガンガーが左手にあるものだと思い、上流の方向へ歩く。
大通りは大変な交通量。
中央分離帯があるにも関わらず、平気で車は逆走をしている。
インドでは人より車の方が強い。人が車をかわさないと轢かれてしまう。交通事故は日常茶飯事。日常の風景だ。
舗装されていないから、車が走るたびに砂煙が舞う。
暑い暑いと思いながらとぼとぼ歩く。
すぐに身体が水分を欲し、ペットボトルを購入する。
ここで水分を買うお金は出し惜しみしない。
再びガンガーが見えた。
そしてそこには対岸へ渡る浮橋が!!
思わず手を合わせて拝む。強張った表情が一気に脱力。
来れた来れた迷わず来れた。
ガンガーを横断している浮橋は、タンクを並べた上に木材や鉄板をつなげて作られている。
幅は狭く、車がようやくすれ違えるくらい。
つまり、人の歩くスペースはほぼないってこと。
ガンガンすれ違う車に申し訳なさそうに肩をすぼめて歩く僕。
歩いて渡るのに10分くらいかかってようやく対岸の町へ。
道の両脇には露店が並び、今来たばかりのバラナシの観光客目当てのものとは違い、生活雑貨や野菜などが多く売られていた。あまり外国人もここまでは来ないのかもしれない。
ここからはマザーベイビースクールのHPに書かれていた説明文を頼りに進んでいく。
説明文には、「わからなかったら人に聞いてください。だいたいの人は知っています。」と書かれている。結構メジャーな施設なのかな。。。
説明文に従って、細い路地に入っていく。
この先の雰囲気は、町というよりも村に近い感覚だ。
子どもたちが集まってくる。
写真を撮ってくれとせがんでくる。
レンズを向けるとジッとこちらを見つめてくる。
撮った写真をデジカメのモニター越しに見せてやるととても喜ぶ。
その中の1人が、「マザーベイビー??」と言うので、「知ってるのか?」と聞き返す。
着いて来いと僕の前を走りだす。
というか、僕もそっちの方へ行きたかったんだけどね。
こっちだ!こっちだ!と叫ぶ子ども。
わかった。知ってる。と返す僕。この感じは、オチがどうなるのかだいたいわかる。
壁に書かれた「MOTHER BABY SCHOOL」の文字が。もう近い。一気にテンションが上がる。
いくつか立ち並ぶ民家の間にインターネットで見た、マザーベイビーの外観を発見。
ついに来たな!
バラナシの宿を出てから3時間!
よく歩いた俺!!
そして子どもからは、チップをくれとせがまれるのだった。。。
インドでの話13
宿に戻り、荷物をまとめ、11時に出発。
目指すは、対岸の村にあるマザーベイビースクール。
マザーベイビースクールのサイトにあるざっくりとした地図と行き方の説明文を片手に、もう片方には『地球の歩き方』のバラナシの地図。
だいたいこの辺かな??と目星をつけて、これまたざっくり計算で、歩いて2時間前後と想定。
とりあえず上流に向けて歩いて、対岸へ渡る浮橋を見つければいいんだよね。
渡ったら、説明文通りに行けば、何とかなるだろう。
ましてや、まだ午前中。迷っても何とか日の昇っている時間の内に目的地には到着するだろう。
根拠の無い自身の元、僕はまた歩き出した。
マザーベイビースクールの説明文には、リキシャーでの時間なんかは書かれているけど、歩いて来れるとは書かれていない。
だけど、僕は歩いて行きたかった。
なぜなら、もうお金も少ないし、何よりインド人が信用ならん!ましてや英語で目的地まで誘導できる自信がない!!
信じれるのは、自分の二本の脚のみ!!!
ガンガーの岸際、ガートに沿って僕は歩いた。
黙々と歩いた。
ガートの壁を見ていると、変わった絵が描かれている。
とても宗教的だ。サイババの絵もある。
水位を示す数字だろうか、ラインが引かれて数字が書かれている。
雨季には僕の歩いている辺りも水に浸かるのだろう。
水辺の近くでは洗濯が行われていた。
宿のベッドのシーツなんかはここで洗われてるんだろう。
ガートには、シーツやタオルが並べられて干してある。
働いているのは子どもばかりだ。
ここにも貧富の格差、現実がある。
歩いていると、前日に地図の現在地を聞いた日本人に出会った。
今からあの浮橋まで歩いて行くんだと遠くを指さして伝えると、驚かれた。
ここから先は交通量も多く、距離もあるし危険だという。
ん〜、まぁ大丈夫だろう。信じれるのは自分の脚のみ。OK、心配ありがとう。僕は行くよ。
歩みを進めていると、1人のインド人が近づいてきた。
小声で「ハッパ。ハッパ。マリファナ。」と言っている。
きっと売人だろう。ごめんね。僕は煙草も吸わない人なんだ。
それにしても暑い!!
日本を出る前の天気予報では30℃を超えていたけど、きっと40℃近くあると思う。
頭に巻いたタオルはすでに汗でぐっちょり。
背中の荷物(5kg以上ある)、肩から掛けたサブバックとカメラが本当に重い。
周りを見て気づいたことがある。
インド人、ぜんぜんいない。
誰も炎天下に照らされたガートを歩いている人はいない。
洗濯をしている子どもか、観光の外国人がまばらにいるだけだ。
他のインド人はどこへ?
探すと、ガート沿いの屋台の中や、茂った木の影へ避難している。
インド人も耐えられない炎天下。そりゃ暑いわ。
この暑さは予想外だった。
すでに目線は下向きに。
とぼとぼという表現がぴったりなぐらいに歩いて行く。
途中、前足と後ろ脚を縄で結ばれたロバを発見。
歩けないように誰かにくくられたんだろう。何かの儀式だろうか。
ハリシュチャンドラのガート。
ここは火葬場だ。
組まれていただろう薪が燃えている。あれがそうなのだろうか。
隣では子どもたちが水浴びをしている。
日本では死んだら墓に入る。祖先と同じ場所で眠るため。
インドでは死んだら河に流されていく。その意味がわかったような気がした。
さらに進むとガンガーの岸辺に黒い塊が。
よく見ると人の死体だ。
真黒だ。ハエがびっしりと群がっている。
後で聞いた話では、火葬されないのは、子ども(まだ大人=人間ではないためらしい)と、交通事故などで亡くなった人なのだそう。
その場合、そのままガンガーに流すのだそうだ。
目指すは、対岸の村にあるマザーベイビースクール。
マザーベイビースクールのサイトにあるざっくりとした地図と行き方の説明文を片手に、もう片方には『地球の歩き方』のバラナシの地図。
だいたいこの辺かな??と目星をつけて、これまたざっくり計算で、歩いて2時間前後と想定。
とりあえず上流に向けて歩いて、対岸へ渡る浮橋を見つければいいんだよね。
渡ったら、説明文通りに行けば、何とかなるだろう。
ましてや、まだ午前中。迷っても何とか日の昇っている時間の内に目的地には到着するだろう。
根拠の無い自身の元、僕はまた歩き出した。
マザーベイビースクールの説明文には、リキシャーでの時間なんかは書かれているけど、歩いて来れるとは書かれていない。
だけど、僕は歩いて行きたかった。
なぜなら、もうお金も少ないし、何よりインド人が信用ならん!ましてや英語で目的地まで誘導できる自信がない!!
信じれるのは、自分の二本の脚のみ!!!
ガンガーの岸際、ガートに沿って僕は歩いた。
黙々と歩いた。
ガートの壁を見ていると、変わった絵が描かれている。
とても宗教的だ。サイババの絵もある。
水位を示す数字だろうか、ラインが引かれて数字が書かれている。
雨季には僕の歩いている辺りも水に浸かるのだろう。
水辺の近くでは洗濯が行われていた。
宿のベッドのシーツなんかはここで洗われてるんだろう。
ガートには、シーツやタオルが並べられて干してある。
働いているのは子どもばかりだ。
ここにも貧富の格差、現実がある。
歩いていると、前日に地図の現在地を聞いた日本人に出会った。
今からあの浮橋まで歩いて行くんだと遠くを指さして伝えると、驚かれた。
ここから先は交通量も多く、距離もあるし危険だという。
ん〜、まぁ大丈夫だろう。信じれるのは自分の脚のみ。OK、心配ありがとう。僕は行くよ。
歩みを進めていると、1人のインド人が近づいてきた。
小声で「ハッパ。ハッパ。マリファナ。」と言っている。
きっと売人だろう。ごめんね。僕は煙草も吸わない人なんだ。
それにしても暑い!!
日本を出る前の天気予報では30℃を超えていたけど、きっと40℃近くあると思う。
頭に巻いたタオルはすでに汗でぐっちょり。
背中の荷物(5kg以上ある)、肩から掛けたサブバックとカメラが本当に重い。
周りを見て気づいたことがある。
インド人、ぜんぜんいない。
誰も炎天下に照らされたガートを歩いている人はいない。
洗濯をしている子どもか、観光の外国人がまばらにいるだけだ。
他のインド人はどこへ?
探すと、ガート沿いの屋台の中や、茂った木の影へ避難している。
インド人も耐えられない炎天下。そりゃ暑いわ。
この暑さは予想外だった。
すでに目線は下向きに。
とぼとぼという表現がぴったりなぐらいに歩いて行く。
途中、前足と後ろ脚を縄で結ばれたロバを発見。
歩けないように誰かにくくられたんだろう。何かの儀式だろうか。
ハリシュチャンドラのガート。
ここは火葬場だ。
組まれていただろう薪が燃えている。あれがそうなのだろうか。
隣では子どもたちが水浴びをしている。
日本では死んだら墓に入る。祖先と同じ場所で眠るため。
インドでは死んだら河に流されていく。その意味がわかったような気がした。
さらに進むとガンガーの岸辺に黒い塊が。
よく見ると人の死体だ。
真黒だ。ハエがびっしりと群がっている。
後で聞いた話では、火葬されないのは、子ども(まだ大人=人間ではないためらしい)と、交通事故などで亡くなった人なのだそう。
その場合、そのままガンガーに流すのだそうだ。
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