宗教・占い探玄  

(注意)2014年秋より、富士門流から大転換した宗教観に変わっています。前後しての背反した記述内容にご注意下さい。

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日蓮教義について考える

2015-12-28 22:20:09 | 日蓮・富士門流
日蓮聖人の教義は正と負の両面が混在しています。純粋にこの両面を受け継いでしまうと、現在の富士門流系に行き着いてしまう。代表的な団体は創価学会です。最近はこの団体も日蓮正宗から破門され、世間との融和路線に転じ昔のような過激さは無くなってきました。同じく富士門流系の顕正会は数年前、無理やり教団に入会させようとした信者が暴力事件を起こしたことでニュースになりました。どちらも大石寺の教義を基本に置いています。法華経以外は邪宗で、他の宗教は不幸を撒き散らす教えとし、折伏と称して自分の宗教に改宗させることを善とします。これらの団体は太平洋戦争後の団体ですが、それ以前でこれに近いことをやっていたのは、日扇師を祖とする本門仏立宗の初期の活動です。

日蓮教義の正の部分を述べると、大乗経典の中で法華経という最高の教えの中でも、庶民が簡単な方法で仏種を植えることができるようにシステム化された内容になっています。日蓮教義は何だかんだ云っても日本天台宗の教義を母体とします。日蓮聖人以前にも法華経の簡略化は本場の比叡山でも考えられていましたが、完成には至りませんでした。これを完成させたのは日蓮聖人の偉大な功績と個人的には考えています。御書もまともに読んだことの無い方には日蓮教義がどれ程凄いかは理解出来ないと思います。兎に角、知れば知るほど凄いの一言です。

負の部分ですが、御書を読むと日蓮聖人のエネルギーが伝染したかのように、稀有壮大な気持ちを持ちます。即ち、広宣流布の戦士たらんとする戦意の発楊です。他宗を攻撃して、自宗に入れることを善とするドグマです。当時、浄土念仏の間違っていた教えが日本を席巻していました。約8割は浄土のおかしな教義に日本は染まっていたんですね。この頃の浄土は今のような浄土宗とか真宗ではないんです。死後に極楽があるとする非常に厭世感の強い教義でした。元々、聖人当時の攻撃対象は念仏だったと思います。佐渡後、真言、天台にも批判を向けますが、その多くは念仏教義に対する折伏でしょう。

時代を経て、この負の部分は徳川幕府の宗教政策により規制され、大部分の教団は現在の日蓮宗のように他宗と融和する宗教になりました。富士門流は宗祖のDNAを直接受け継いでると云われていますが、宗祖在世当時とは事情も変わりました。念仏も教義内容も改まり、折伏の考えも修正する必要があったと思います。世間はあまりにも日蓮教義の正負の両面を混在させ、負の一面ばかり捉えすぎているように思います。また、日蓮教義の正の部分は、理解するのにかなりの努力を要するので、そこが残念に思われます。

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大聖人のご内証

2015-12-08 22:30:53 | 日蓮・富士門流
you チューブでの樋田さんの映像を観ていると、大聖人が末法のご本仏と伝承されたのは
富士門流日興師のみと断定しています。果たして本当なのでしょうか?常門に伝わる御本尊函蓋相應口傳に釈尊と大聖人は表裏の関係であると説いています。詰まるところ大聖人は無作三身如来であると。日常師から五代目の日實師の記録と云われています。行者自身、無作三身と観じなければ即身成仏の法理は成り立ちませんからね。釈尊が成仏した本因こそ大聖人のお振る舞いであるわけですから。法華観心と常不軽菩薩の行動こそが本因ですね。蓮門で云えば三大秘法の観心と慈悲の折伏行でしょうか。敢えて慈悲の折伏行と書いたのは、学会や正宗の信者のような布教活動とは違うものとお考えください。信仰は押しつけるものではないですし、弘める信者さんも宗門や組織、己が欲得を遠離した真実の慈悲と正しい知恵と知識に裏付けされたものでなければならないでしょう。

これを履き違え、誤った布教を実践する人は大きな罪を背負うものと心得ます。何か話が脱線しましたね。話を元に戻します。曼陀羅正相傳の八番目に御本尊は大聖人と同じと記されております。ただ、残念なことに説明文が後世の僧侶により消されています。これは日常師より三代目の日祐師の記録と伝承されています。この他各蓮門に無作三身如来は大聖人であるとの文面が記録として伝わっています。後世、大聖人のご内証を黙殺する教学体系に殆どの蓮門が成っています。ただ、記録の多さから考えて、大聖人のお弟子さんたちも、自分の師匠が無作三身如来であることを認めていたと考えられますし、そのように口伝されたものと思われます。富士門流で云う末法のご本仏とは、各蓮門に伝わる無作三身如来のことです。凡夫が法華に説かれている誓願と観法に目覚め、それを行じている刹那の姿と考えます。これはとりもなおさず、信心に目覚めた法華経の行者は、大聖人に限りなく等しく、尊い菩薩という意味になろうかと思います。
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日蓮教団系について

2015-12-06 16:03:47 | 日蓮・富士門流
久しぶりの投稿です。何で書き込みをする気になったかですが、you チューブでの樋田さんの映像を観て、正宗は危険だと感じたからです。思うに樋田さんの目指す信仰とは戸田さん当時の信仰の回帰ではないかと。他の日蓮教団を邪宗と決めつける傲慢さは、昔の創価学会を彷彿とさせるものです。以前にも書きましたが、私の叔母が学会の強引な折伏で訳も分からず入会し、先祖代々伝わっていた身延日蓮宗の仏壇を謗法払いとのことで、勧誘した学会員の勧めで燃やしたことがありました。仏罰は即座に現れ叔母は急病で倒れましたが、何とか一命を取り停めました。親戚からは学会を辞めなければ付き合いはこれまでと言われて、もとの身延日蓮宗に戻し仏壇も新たにし、元の信仰体系に戻しました。その後、健康を取り戻し90歳代の高齢になるまで長生きをしました。謗法払いを勧めた学会員は叔母が健康を取り戻したと同時に急死しました。まだ若かったそうですが。

これはほんの一例で当時の創価学会員の勧誘で、仏罰を被った事例はかなり多いんです。こんな宗教に回帰しろとは本当に悲しい限りです。僕の知り合いの学会員さんで一番悪い宗教は何か知っているか?と聞かれたことがありました。それは何ですか?と尋ねたら、身延が一番悪いと答えたんですね。理由を聞くと偽札は本物に近いほど罪が重いからだそうです。ホント、恐れ入りましたの一言なんですけどね。ちなみにその学会員さんは知的障害のお子さんをお持ちでした。そこで僕は思ったんですが、仮にも六老僧の一人日向師の法流を中心に法灯を受け継ぐ教団を悪し様に云う仏罰ではないかと。何も身延日蓮宗を擁護するつもりは更々無いんですが、仏法僧の三宝は仏法の要で俗人は一歩控えるべきだと思いました。

樋田さんの明快な語り口調と論理性、博識さには敬意を表しますが、間違っている部分があまりにも多いんです。まず、大石寺の戒壇の大御本尊はおそらく日有師が作ったものと思われますが、後世の僧侶作で間違いないです。本因妙抄は間違いなく後世の作です。百六箇抄も口伝部分はあると思われますが、後世作です。大聖人の口伝、御本尊の筆法を伝える文は、日興門流以外にも意外と多く格納されていました。特に常門の伝法の内容は興門を凌ぎます。あと、you チューブの映像で出てくる本門流の某を折伏させた云々はモハヤナントモ。日隆師が各蓮門に四帖抄を送り、正統な日蓮教学はこれだと宣言しました。殆どのところは公には黙殺でしたが、反響は凄まじく教えを請う学僧が沢山いました。

富士門流の教学は全く日隆教学と瓜二つなんですね。勿論、パクリは富士門流方です。ホント、ええがげんにせんといかんですよ。日隆師は遡ること150年前に、伝法された真実の大聖人教学を求めて、各蓮門に伝わる口伝等を拾い集めて教学を大成したわけで、富士門流だけに伝わっていたわけではないんですね。兎に角、石山教学を日蓮教学の正統とする樋田氏の横暴極まりない映像は、まともな日蓮教団の師弟は勿論、他の仏教教団の物笑いの種になるものと心得ます。

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大乗経典の帰一するところは同じ

2015-11-02 21:42:30 | 宗教観
天台宗の僧侶が2ちゃんで、日蓮聖人のことをボロクソに書いているのがある。確かに、お経の表面だけ見れば、事の一念三千なんて何処にも見当たりません。しかし、よくよく見ると、如来神力品に色相をもって観法とする内容が明記されているんですね。心相は瞑想、つまりは理ですよね。末法衆生は知恵も鈍く、薫習も乏しいんで、簡便な方法を布教するようお釈迦様が上行菩薩に色相の法華観法を伝えるよう委託したんですね。色相とは何かですが、具体的には目に見えるもの、音などですね。高祖はお題目と読み解いたんですが、見事に核心を突いた考えと思います。摩訶止観の究極の法は天真独朗の瞑想法ですが、心相をもって悟りを目指すには、仏道修行のエリートしか成し得ないんじゃないかな。故に、摩訶止観でも前半は色相を用いた四種三昧の修業方法を説いているんですね。色相の修行方法は修験も入るでしょうね。要は、五感を使って体感することで、悟りを得ようとするんですから。真言なんかはその最たるものでしょう。今でこそ天台、法相、修験など各宗派に広まっていますが、弘法大師が伝えた当時では、日本に於ける最新仏教理論だったと思いますね。綺麗に纏まっているんですよ、真言行法は。法華にしても、浄土にしても、真言ほど日々の礼拝行は纏まっていませんからね。

浄土宗の五重相伝ですが、極意は体外の円教です。行者自身、阿弥陀仏であると信じ、内観するのが秘伝です。法華経には体内、体外の2種類で分別する見方があります。日蓮聖人の法門は混ざりっ気の無い、純粋な円教を主旨としています。これは初心の法華行者が余経の脇道に迷いこみ、薬変じて毒薬とならないようにとの配慮です。日蓮宗が余経を嫌う理由はここにあります。大乗経典は全て法華経に帰一するんですが、法華経以外の余経は元が方便を含んでいるので、体内まで到達していないんですね。要は行者自身の過去の薫習に負うところが大きいんです、悟道に至るには。真言宗も自身大日と内観しますし、浄土と同じです。律も自身清浄な本体と観じるわけでして。法華経という経典の王様が、余経を従えている構図ですね。これを言うと、大乗非仏説で反論されるんですが、あくまでも私は修道論者ですんで。大乗経典に仏の息吹きがない後世の作り話なら、何故天台の性空上人は法華経読経の功徳により相似即の位を得たんでしょう。天台大師、妙楽大師は何故観行即の位を得たんでしょう。

聖天の不思議な御利益は?弘法大師、その他密教僧の通力は密教経典から得られているんでは。このように反論すると、大抵の非仏論者は黙ってしまうんです。インドでは古来から暗誦で学問を伝える伝統があります。六法全書程の内容を暗誦できる学問家系の人がいたと、90年代占星術の研究で訪印した学者が言っていました。因みに、本を読んで丸暗記できる人は、現在もいますし、過去にも存在しています。政治家の鳩山邦夫さんも確か出来るんでは。空海、法然、天海、南方熊楠もこの範疇に入るでしょうね。パーリ語でなくサンスクリット語なのは、上座部が秘匿して大切にしていたからでは。暗誦過程で不純物も混じったであろうが、凡人では到底到達できない内容が経典には記されているんですね。加上の理論は日本では富永仲基が発見した真理ですが、お経を読み解くと天台宗で云う五時八教の分別や三種法華の理論に、綺麗に纏まっているんですね。大乗非仏説は再度見直すべきと個人的には考えます。
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安保関連で思うこと

2015-08-07 22:37:12 | 日々の思い
やはり安倍さんは安保に手を出しましたね。将来的には日本が戦争に巻き込まれるのは間違いないでしょう。それも自国防衛ならまだしも、アメリカの尖兵としての派兵になる可能性が濃厚です。桜井よし子さんは保守色丸出しですね。確かに彼女の主張は正論です。しかし、この法案成立過程の慌ただしいこと。始めに法案ありきですからね。ここが非常に臭うんですよ。

中国を標的、仮想敵国にしているのは間違いないでしょう。たいし党は中国国民も辟易しているのが実状です。中国は言論統制下に置かれているんで、下手なことは言えないんですね。ただ、迷惑がっているのは良く耳にします。アメリカの大統領にクリントンが成り、イギリスのサッチャーみたいに中国を叩くんでしょうね。日本人を尖兵にして。18歳で選挙権とか、完全に徴兵制を視野に入れた法案をバシバシ成立させようとしている。見え見えですよ、全く。

アホの昭和天皇がアメリカと戦争なんかするから、敗戦国の屈辱に甘んじなければならないんですね。何度も言いますが、昭和天皇に戦争責任は大有りですよ。320万人とも云われている日本の戦死者への償いもなく、戦後のうのうと生き続けた罪は許しがたいですね。そして、その子孫が今も象徴とされている。本当に馬鹿な国です。
白人の劣悪さはスペイン、イギリス、アメリカの悪逆非道ぶりを見れば分かります。

中国と日本を戦争に追い込んで、黄色人種のクリアランスを図るのが目的なんですからね。インデアンと同じ運命を突きつける気なんでしょう。純粋な保守なら賛成もするが、裏に見え見えの策謀が仕込まれている法案なんか迷惑千万ですね。
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仏道修行

2015-06-07 12:24:10 | 宗教観
仏教書籍を読んで、つらつら思っている僕独自の仏道修行について述べたいと思います。
1.小乗、大乗仏教に縁すること。2.自分自身に仏性が厳然と具わり、修行方法により釈尊と同じ境地にたどり着けると固く信じること。3.真実の発菩提心を起こすこと。4.止観.真言教の何れかを選び仏道修行を行う。5.観行即に至れば究極の仏道修行は法華経にあることが分かる。悟後の修行を経典に従い実行する。6.相似即に至れば輪廻転生しても悟りの内容は忘れていないので、道を踏み外すことなく菩薩行を行い、究極の悟りに少しずつ近づける。7.菩提樹の下にて仏陀となる。

とにかく始めは、仏教の教えに近づくこと、縁することが肝心です。中でも大乗の素晴らしい教えに帰依すべきですね。僕は修道論者ですんで、大乗非仏説は採用しません。現に大乗の教えに則り、見性した聖賢がインド.チベット.中国.日本に存在しています。3番目ですが、ここが非常に重要なポイントなんです。湛然師は発菩提心が真実でも縁する対象の境(悟りを目的とした修行における本尊.観法)が間違っていたら、仏になる種は出来ませんよ。って述べているんですね。ここが重要と考えて日蓮さんは布教されたわけです。因みに天台.浄土宗の円頓戒は究極、ここを念押しする戒律です。金剛宝戒とも呼ばれます。日蓮さんは金剛宝器戒と御書で述べていますが、詰まるところ同じ意味です。

僕たち日蓮家の信者は易々と知ることができますが、気の毒なことに他宗の信者さんは知ることが出来ません。法華経の方便品に仏に縁することで仏陀に将来なれると説いていますが、名字即の一念信解までにかなりの転生を経なければいけないでしょう。4.小乗.大乗を問わず、仏道修行の瞑想は止観に極まるんです。ただ、大乗の教えにこそ仏に成る種があるんで、大乗の禅を採用するべきですね。また、密教ですが、見性に至る修行方法で優れているのは密教でしょう。(僕はチベットに伝わる後期密教は採用しませんけど)
5.見性して観行即までいけば、昔の聖賢が述べている内容.経典の意味がスラスラ理解できるはずです。勿論、法華経が経典の王であることもです。

よく法華経は修行方法が書いていない云々とし、密教が最高だ!と書いている方もいますが、法華経は悟りを譬喩や漢字の部分.配列を使い、天才クマラジュが要約して訳した経典です。大日経や金剛頂経のように修行方法を明確に述べている経典ではないんですね。見性した悟後の修行は法華経に沿い行います。7の菩提樹下ですが、釈尊はどのようにして仏陀となったか?ですが、チベット密教ではゾクチェンで悟ったとしています。密教はあくまでも見性の段階、或いは利他のため神通力を発揮するのに有益な教えです。究極の悟りは法華経を正確に読み説いた天台大師の一念三千観でしょうね。

日蓮家の信者は不空三蔵がお弟子らに、天台大師の教えが誠に素晴らしいので、インドに伝えようか?と話した内容を、6高弟の一人だった含光師が記録に残しているのを知っています。故に、この辺り全く迷わないんですが、他宗の方は迷いに迷ってとんでもない宗教に首を突っ込むんでしまうようです。欧米ではチベット密教、特に後期密教の研究が盛んですが、僕個人の考えで云わせてもらうと、ナンセンスの一言ですね。天台の湛然師が末法の衆生は、素晴らしい台宗の教えに目もくれないだろうと述べたのは慧眼ですね。


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あくまでも、阿弥陀さんは如来の法界力を喩えた仏様

2015-05-31 17:09:21 | 宗教観
諸宗を見て思うのは、仏教は釈尊が根本でないと左道化するんだなあって云うことです。そういう意味では、日蓮さんの教えに触れて、迷わずに済んで良かったなあと思います。浄土の教えは心が癒されますが、やっぱり危険な部分も多いですね。天台的な浄土の見方が適切だろうと思います。平安時代は法華経と浄土信仰は一体化したものでした。念仏聖で有名な空也上人は、法華信仰と浄土信仰が渾然一体となっていた方です。平安貴族や僧侶にも、そういう考えの人が沢山いました。天台宗では朝題目、夕念仏の伝統は今も残っております。浄土真宗関係のサイトを閲覧すると、阿弥陀さんが釈尊より優れているかのように説かれています。これは明らかに間違いですね。

あくまでも浄土の教えは釈尊が衆生を導くために説いた方便の教えです。悟りを開いて真如と一体化した釈尊が、法界力の慈悲深さを架空の仏様として説かれたものです。釈尊は謙虚な方だったんでしょう。私を拝みなさいとは云わず、法の象徴として阿弥陀さんを拝みなさいと説いたんですね。故に、阿弥陀さんは真如の体現者たる釈尊と異なることは無いんですね。真宗の信仰に対する思いと、心の洞察には敬意を表しますが、釈尊より優れているは駄目ですね。あと、釈尊の本懐は浄土経典を述べることとありますが、釈尊の本懐は法華経ですよ。

たぶん真宗のお坊さんの中でも、理解している人は沢山いらっしゃるとは思いますが。まあ、これを書くと大乗非仏説で批判されるんですけどね(笑)。浄土宗は早くに自分の宗派の欠点を悟って、綺麗に修正しているんですが、真宗は全然反省していないですね。先に僕は念仏も取り入れたってブログにも載せましたが、天台的な許容ですね。真宗とは全く別物です。
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秘密荘厳心

2015-05-24 11:07:54 | 宗教観
お大師さんの著書、秘密曼陀羅十住心論は心の段階が進むにつれ、希求する修行方法の段階と優劣を述べているように思います。日蓮さんは経典の優劣に重きを置いて、十住心論や秘蔵宝鑰を批判していますが、これは偏った見方としか思えません。金剛大乗仏教とも称される密教こそ、証果を得やすい最高の修行方法だと思います。但し、過去世に薫習があればでの話ですけど。薫習のない凡夫はお念仏なり、お題目が一番身の丈にあっているように思います。

桐山さんの著作群を読んでみました。大変夢があって面白いんですね。阿含宗とは名ばかりで、真言宗とチベット密教をチャンポンにした宗教ですね。大乗仏教を否定しながらも、使えるところは使うと云う発想で。しかも、真実の成仏法は釈尊の直説である阿含経にしかないと云われています。桐山さんの正体はもうバレバレなんで、今さらここでは述べません。しかし、この末法と呼ぶに等しいご時世にチベット密教擬きの修業ができる人は万人、いや億万人に一人いるかいないかでしょうね。

浄土の教判は難行道と易行道の二種類で修行方法を分けています。今は易行道の時代であり、衆生の器根には合う宗教だと、思うんですけどね。そういう意味で、修行方法の簡単な日蓮、浄土宗系がぴったりではないかと。ちなみに僕は日蓮さんの方を選んでいるんですけど、日蓮さんの宗教は自力なんですね。本覚なんだけれども始覚が全面に出ているんですね。日蓮さん自身、難行道を地で行く人だったんで、頑張る宗教になっちゃうんでしょうね。

僕は最近、妙法曼陀羅、三宝尊を前にして、お題目以外に南無阿弥陀仏とお念仏も唱えています。お題目だけでは心に響かないんです。おそらく、ご先祖さんが代々強信な真宗門徒だったからかも知れませんけどね。三宝尊の釈尊、多宝如来を見ながらお念仏を唱えています。お題目とお念仏を両方唱えると、心が穏やかになるんですね。これは今年になってからですね。

最近、日蓮さんの御書は読まないですね。それよりも法然さんの伝記を読んでいるほうがホッとします。勿論、親鸞さんの歎異抄なんかも読んでいます。全然心に響かなかったのに今は浄土念仏がとても好きですね。天台で法華経と浄土を兼ねる理由が、何となく分かります。密教的な表現を使えば、加持の方法論が日蓮宗には不足しているんでしょうね。余程しっかりしていないと、信仰の確立はこの宗教では難しいことを悟りました。

阿弥陀さんが本願力で衆生済度してくれる。即ちこれは法界力の喩えで、私たちに絶えず力を与えてくださっているんですよを意味しています。日蓮の法華信仰はこの観念が欠如しやすいんじゃないかと。故に、傲慢になり、しんどくなり、道に外れやすくなる。こちらも真如に近づく努力はするけども、仏様の救済の力も信じる。信仰には両面必要なのではないかと思います。

天台の源信さんは齢60を越え、念仏を唱え、今までの法華読経の功徳もあり、忽然と悟ったとか。観心を補填する意味でも、浄土門は重要な教理ではないかと思います。




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信じる者には、どんなことでもできるのです。

2015-05-02 12:11:57 | 日蓮・富士門流
冒頭の一節は、聖書の中で僕が一番好きな言葉です(マルコの福音書9章23節)。5000年の歴史を持つアーユルヴェーダにも、信じる力が現実化することを説いています。自己啓発本なんかは、全て信じることから始まっています。僕を含めてなんですが、世間の殆んどの人は、今まで培ってきた自分の中の常識が防御壁になって、小さいことしか実現できないんでしょうね。キリストにしても古代インドのバラモンにしても、この防御壁を外すことができた賢者だったんでしょう。何によって外したか?ですが、瞑想の力ではないか?と考えます。

全然話は変わるんですが、僕が最近興味を持っている宗教家は、阿含宗の桐山靖雄さんです。桐山さんは御年90歳を少し越え、良いお爺さんぶりを発揮しています。病気の影響か昔のダンディーさは無くなりましたね。ところで、何故桐山さんに興味があるか?なんですが、この人の経歴を見てビックリしたからです。普通、あれだけ警察にご厄介になったら、人は萎縮するものです。しかし、この人は違うんですね。失敗しても果敢に事業展開するんです。最終的に宗教を中心とした事業になりますが、京都にあれだけの宗教施設を建て、信者も小規模ながら獲得した根性には敬服です。それと、桐山さんの本は駄作もあるけれど、全体的に夢があって面白いですね。普通人がスーパーマンになれると書いてあるんで。

この人も大きな見方で云えば、壁の無い人なんですね。もう一人s学会のiさんも桐山さんとよく似ていますね。良い悪いは別として、一本ネジが取れていないと大物には成れないということですね。ただ、僕はiさんより桐山さんの方が好きですね。iさんは何だかんだ云っても、戸田さんの残した財産を元手に事業を拡大しただけです。かたや桐山さんは徒手空拳でもって阿含宗と云うバチモンの宗教を創った。無から有を創るのは、本当に並大抵ではありません。桐山本にはその苦労が随所に散りばめられています。

桐山さんがバチモンでも、それを学びにはできますね。まあ、阿含宗には入信しませんけど(笑い)坊さん連中からも、桐山さんの評判は至って悪いんですが、ヤッカミ半分ってとこでしょうか。大きな悪からも学べる訳です。
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日蓮聖人と密教

2015-04-24 20:53:14 | 日蓮・富士門流
高祖は伝法潅頂を受けたか?ですが、僕は付法されたと思っています。晩年、台密.東密を批判しますが、余程自信がないと、とてもじゃないが出来ない芸当です。高祖が批判した相手は当代一流の高僧です。戦いを挑んだ忍性さんにしても、叡尊さんという一流の密教僧の愛弟子です。種種御振舞御書を読んで思うのは、よくこんな坊さんと戦う気になったなって感じです。結果として、忍性さんの祈雨が成功せず、大きな恨みを買うんですが。自分の験力に自信がないと出来ない芸当ですね。加賀法印や果ては、金剛智、善無為、不空三藏まで批判します。

普通、密教の伝法を受けた場合、先師の批判は出来ないものです。心情的にも密教僧侶なら、これは伝法潅頂なんか絶対受けてないと思うでしょうね。高祖のような批判は、戒律で禁じられていますし。それを無視して、間違いは間違いとハッキリ云うところが凄いですね。密教に欠けている 部分があることを知っていないと、弟子や周囲の人に云えませんからね。密教の欠点って何なんでしょうか?僕が思うに、1.儀式や形式を重視するあまり、純朴な信仰心が欠如しやすい。2.高慢な心から(俺はアジャリでお前らより偉いんだぞ...ナンテネ)の加持祈祷は験力がない。この2点を知り尽くしていたんでは?と思います。

密教を完全否定したんでは、妙法曼陀羅があの様な形式になるわけがありません。左右の不動.愛染.中央のお題目は東密で使う駄都法を意識した配置です。小野流がこの秘伝を相承していたようですね。僕が畿内のお寺で見たところでも、観心寺.岡寺.金剛峯寺で、この配置を確認したことがあります。花押には一字金輪の梵字も施されています。これは台密の影響でしょうか。兎に角、お題目の妙法蓮華経5文字を三摩耶形で表すと、五輪塔です。駄都法でも舎利は五輪塔の三摩耶形でも示されています(それ以外にもありますが)。

修験者で高祖に折伏された善智法印(日伝)は、東国三十三ヵ国の山伏の棟梁だった人です。真言密教の験力が売りです。山伏と云うと、普通の密教僧より下に見る人が多いんですが、棟梁ともなると流石に学問もそれ相応のものだと思います。特に密教の事相に通じていないと、問答にもならないでしょうね。験力比べで勝ち、問答でも勝って、挙げ句は逆恨みした法印に毒殺されそうになった逸話が伝えられています。現在でも格上の山伏は、人物的に相当迫力のある方が多いです。況んや、鎌倉時代なら相当な方だったのでは?と推測します。円密の奥義を理解せずして、立宗など到底不可能だったと思います。
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