なんくるのひとりごと

日々の想いを言葉にしてみたい

応援

2006-09-30 10:20:58 | 日記
わが園のガジマルの木は、登りやすい。
3才になったら、だいたいの子が登れるようになる。
小さな足を踏ん張って、小さな手に力を入れて
何度も何度も、試みる。

大きな子が、するするすと丸太の滑り台で降りてくるのが、うらやましい。
大きな子が、ヒョイヒョイと巧みに登っているのが、うらやましい。
「よーし、いつかは登りゾー」とみながら思っていた子たちは

ガジマルの木の下で木肌に触れることから、木登りへの道が始まっている。
木肌のゴツゴツ感を手で覚える。

子どもたちは、木の下で、木に触れたり抱きついて登ろうと試みる。
背が伸びて、手に力が入り、足も逞しくなり、登れるようになる、その日が
くるまで、興味関心は持続する。

必ずいつか、登れるようになる。その日がくるまで焦らず、待つ。
一人一人違うので、その子のリズムを待つ。

登ったら、こんどは、丸太の滑り台から滑り下りたいと願う。
これこそバランンスがものをいう。
両手両足でしっかりと丸太を抱える。丸太の中心に身体の中心を、重ねる。

そうでなければ、高いところでクルッと身体が、まわってしまうのだから。
しかし、中心を感じてしかっと合わせることは、難しい。
やり方は教えられるが、一人一人の中心が違うので、目印を示せない。

子ども一人一人が、まず、やってみるしかないのだ。覚えるしかない。

登り棒への挑戦もそうだ。
手の力が自分自身の体重を引き上げられない。

手と足で細い竹にしがみつき、登っていく。
いま、年長さんの殆どが完成しつつある。

昨夕は、まだ、練習中のリュウ君はお父さんと奮闘していた。
何度も何度も、繰り返すしかない。一回よりは10回、、、。やればやるほどうまくなる。

りくつのいらない、繰り返しの産物なのだ。
暗くなるまで、ガジマルの下で親子が向き合って練習している。
手と足の使い方が、まだ十分ではないのだろう。

時々甘えた声を出しているが諦めない。
わたしは遠くから、それをみていた。

もうすでにできる子が周りで囲んでいる。
「リュウ、笑わないで」「笑ったら力が抜けるだろう」どこかで聞いたセリフが飛ぶ。
励ましているのか、こき下ろしているのかわからない。時には罵声になり、時には優しくアドバイス。
でも、応援団にはまちがいない。

多くのギャラリーに囲まれてリュウはやる気が増す。
我がことのように友達が声援を送る。
リュウのパパより、適格なアドバイスが飛ぶ。

先週、やっとできるようになったマサからのアドバイスだから
リュウの気持に一番近いのだ。

長月の夕暮れは早い。木の下はもっと早い。
応援団も一人一人と迎えがきて、帰っていく。

満足したのかリュウも明日へと希望をつないで練習を終了した。ようだった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

なんで?になんで

2006-09-28 14:17:11 | 日記
運動神経がにぶいとかリズム感がないとか私たちは、簡単に口にする。
他者、他人、が簡単そうにやっていることを、簡単にできない。

頭で考えてしまうので益々ぎこちない行動になる。

何気なく歩いているとき、右足の次に左足がでる。だれでも。
行進します。
太鼓がリズムを刻み、音楽は行進曲がかかる。

とたんに「歩く」から「行進」ということばが脳をかすめる。
右手と右手が交互に上がらない。不自然な手と足の動きになる。

なにげなくピョンピョンと飛んでいる。
縄跳びしましょうとなると、何気なく飛んでいた、あのリズムで飛べない。
縄をこえようとする。と、意識が縄の方へと向かい、飛ぶという行為は・・・。

子どもたちをみていて。
体内のリズム感はそれぞれちがうということが分かる。

複雑な行動も単純な行動も、一気に同時にやってのけられる子がいる。
しかし、同時に二つのことをやれない子がいる。

昨日の運動会の予行演習をみていて、面白いことに気づいた。
まだ、表現できるほど、確実性はないので、かけないが。

一人一人持っているリズム感を、波のように風のように自然に出せるには・・・。
ということを、、その方式というか、パターンというか。
身体で獲得していくには、、

なんで?をとける鍵はきっとあるのでは。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

予行演習

2006-09-27 17:10:05 | 日記
ま~ちにまちたる運動会、きたれ~り きたーれーりー。
あ~あゆかーい。

こんな歌を思い出すのは、50歳代以上の人だろう。
急に歌いだしたわたしに同調したのは主任の比嘉。

難しいことばを意味も良く理解しないまま歌っていたのかもしれない。
なんだかなつかしい歌。

でもいまや小学校でもこんな歌は歌わない。

西に傾いた太陽、大空を鷹が飛んでいた。
大空を鷹が飛ぶシーズンになった。

我が園の運動会が来月の22日。一回目の予行演習が今日あった。
歩き始めたばかりのアイちゃんから
一メートルもあろうかと思うほどの高さのかけうまを乗りこなす6歳児まで。

それぞれに、未完成ながらも大筋が見えた予行演習だった。
年令の発達が一目瞭然に理解できるのも運動会の面白さ。

去年と今年の発育の違い。
あのクラスとこのクラスの発育の違い。

あ~こんなふうにできるようになるんだ。

リレーの場面。パトンをもらい走り出す。コーナーをまわらず横切る子に穂笑いがこぼれる。

競争意識が芽生える5歳児、一番になりたくてガンバル。
一番になれずに、悔し泣きする子もでる。
その一つ一つの感情が大切な事。

苦手なことを克服した時、子どもはぐーんと成長する。そのことを知っている保育者は上手に励ます。

わたしも、一緒にいい汗をかいた。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

お彼岸なんだと

2006-09-23 16:20:46 | 日記
母のお墓参りをしなくてはとおもいながら
腰が重たくて
ただ家の中で怠けているわたし。

何をするでもなく、洗濯のひとつもするでもなく
掃除をするでも無く、家の片づけもせず
ぼやーとすごしている。

原因はただ一つ。気になっていることがあるから。
わたしのせいで、
人を困らせてしまったと、、思うから。

自分でどうすることもできない、人の気持の
不安感を煽ってしまったと思うから。

立ち止まったまま、行動ができない。わたしはじつは情けないやつなのだ。

でも夕方になって、お散歩でもしてこようかと、気分転換というか
どうすることもできないことを、おめおめしていてもナー。

しぶしぶだけど化粧でもして゛着替えてきた。
まだ四時過ぎ、ちょうどいい散歩の時間だ。

気が乗れば映画でもみるかー。
よいっしょ
行ってこようかなー。

森の中にある
母のお墓はもう暗いかもしれない。が、お彼岸なんだと改めて思った。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

里帰り

2006-09-22 13:04:43 | 日記
神奈川県より里帰りしているという。
親元で2番目の子どもを産みたいと、一月前に帰って来たらしい。

園庭での会話である。

わたし「首里の人なの?」
横浜さん「そうです。高校を卒業して本土にいってそのままです」
    「だけどこの頃、思うんですよ、沖縄に帰って来たいと」
    「そう沖縄はのんびりしているものねー」

2才の子の名前はシュリちゃんとつけた。
本土にいると毎日のことだからそれほど感じないことも
一月間首里の実家ですごすと、本土のお付き合いが苦しく無理していることに気づいたともいった。

世間体とか、子どもの将来も、小さいときから「いいところ」への考え方。
「お受験」などのことばの裏の苦しさ。
子どものいまを生かしてあげるというより、次のことのために何をさせられている感じ。

「沖縄はいいですよー・・・本土に行かなければ良かったと思うことがある」と冗談のように笑う。

もうすぐ2番目が産まれる。それまでは毎日でも、なんくる家を訪ねてきたらいいさーねー。

シュリちゃんがガジマルの木陰で遊んでいる。その脇でのユンタク。
木陰の風が里帰りの親子を優しく招く。安心して。
先輩ママからも励ましのことばをもらった。

わたしは、東京に住んでいる娘のことと重なった。はやく孫の顔をみたいなー。これ独り言。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

木登り

2006-09-21 12:15:02 | 日記
12時前、にわかにガジマルの木の上が賑わった。
「おーい、こっちだよよー」
「こうすれば、大丈夫だよー」
無数に広がるガジマルの枝。てっぺんまで昇ると大人でも足がすくむ。

こどもたちの平衡感覚はすごい。
上まで登ったら支えの丸太から滑り降りる。

これを繰り返し楽しんでいるのは、ゆり組のみんな。
木登りの楽しさを実感しているらしい。

登っては丸太から滑り降りる。滑り降りる動作はかなり難しい。
真剣に慎重に・・ギュと手足を丸太に絡める。

先週までできなかったケイスケ。
「サダにおしえてもらった」といいつつ何度も繰り返す。
先にできた子が、次の子へコツを伝授。

子どもだからこそ伝えられるコツがあるらしい。
木の上で「こうしてからよー・・・」話す方も聞く方も真剣だ。

スカートのままだと滑りが悪いともいう。

枝にくくりつけてある竹の上り棒。
スクッスクッと上手に上り、枝に移る。
葉っぱのあいだから時々顔が見える。

しばらく見上げていたら首が痛くなった。
大人より子どもの方が向いているのが木登りかもしれない。
木登りは子どものバランスを育てているの。

だれも落ちない。危ないからこそ真剣なんだと思う。
自分で自分のことを守っている。足の置き場、手の置き場、姿勢、すべてに神経が
行き届いている。

これこそ教えられない。自らの獲得しかない。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

抱っこ

2006-09-20 15:58:47 | 日記
昼前、あかちゃん部屋へ。

アコはもう寝たの?と

まだです。お願いしていいですか?と、担任は抱いていたアコをわたしに。

少しミルクを飲むようになったと、嬉しそうな担任。
わたしはアコを抱いたまま外へ。
ガジマルの木陰の箱ブランコに座す。

ゆれる、とても小さくブランコがゆれる。
アコもわたしもゆれる。

わたしの顔をじっとみているアコ。あやすと声を出して笑う。

風が気持ちいい。
柿の実が黄色い。7個実をつけている。

12時だというのに「まだお腹すいていない」と3才のモネとタイチが砂遊び。
「ごはんだよー」と2階から保育士が顔を出す。が、「ま~だ」「もう少し」と
二人とも振り向きもしない。

夢中に遊ぶふたりが手を止めて「えんちょう気持ちいいか?」と聞く。
「うん」とわたし。

抱っこしたいとタイチ。
「ほく、手を洗ってくる」といい洗い場へ。
そっとホッペに触れて満足したのか、二人とも2階へと姿を消した。

小さな小さな手、透き通るホッペ、



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

秋の気配あり

2006-09-19 11:53:25 | 日記
台風13号が去ったあと、急に秋が近づいた。

夕べなど、夜中に寒くて目覚めたほどだ。
大きな、厚手のタオルケットの愛用者だが、一枚では足りずに目覚めた。

目覚めたとういより、
夢で何度も何度も、足元の寒さを感じ
「どうにかしなくちゃ」「何かかけなければ」とおもいつつ
眠りの深さから目覚めないまま「寒さ」を実感できないでいた。

しかし、とうとう寒さに負けて・・・。
それほどの寒さ?   不思議ではない。
わたしは真夏の沖縄の自宅で、クーラー無しの生活をしているほどの

寒さ苦手な部類なのでして。

しかも、真夏でも、タオルケットを足元から首までしっかりかけて寝るという。

朝から、すこし喉の痛みが伴っていた。うがいを何度も何度も。

園児にも、洟垂れさんが幾人もいた。
それとばかりに秋を感ずるのはやっぱり子どもたち。

自然をいちはやく肌で感じたのは子どもたち。
秋風の一番は、子どもたちの洟垂れから知る。のである。
これが保育園の面白さでもある。

秋がくる。夏はまだ残る。秋がくる。夏はそろそろお暇の準備。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

場作り。

2006-09-17 14:41:33 | 日記

15日の夜、北中城の屋宜原保育所にいってきた。

保護者会長の川満さんから突然の電話があったのは一月も前だった。
面識もない方だけど、保護者向けのお話をということだった。

わたしで良ければと引き受けて、とうとうその日、早めにでかけた。

7時前に家を出る。真っ暗い中、不案内な場所なので遅れないようにと早めに出た。
近くのマックで腹ごしらえをした。

7時半には園に着いた。まだどなたも居ない。庭から部屋を見る。
事務所らしいところに人影がある。準備中の職員らしい。

そっと暗い庭で静かな夜を味わうことに。話の組み立てにはちょうどいい。

川満さんがいらしたらいく、わたしを招き入れる。
初対面だった。「何人ぐらい来るのか分かりませんが・・」とおっしゃる。

人を集めることの難しさをわたしも何度が経験した。
「気にしないでください」とわたしは伝えた。質問も少ないのですと3枚の質問用紙を見せた。

8時になったので、ホールにいった。
丸形の小さなホールには、すでに40人ほどの人が座していた。
お父さんも何人もいる。もちろんお母さんも・・・。

場の雰囲気がいい。和む空気に抱かれている感じ、わたしは安心して話し始められた。
気構えを無くした状態で、自然にことばが流れでる。
特に飾ることばもいらないし、わたしの伝えたいことを受け止めてくる。そんな人々の集まりだった。

とても楽な気分で話ができた。あっと言う間の一時間。
えっ、もうこんなに経ったの?とじぶんでも少し驚いた。

ありがとうの声に送られて、わたしは屋宜原保育所をあとにした。
そして、暗い夜道へと車を走らせた。ありがとうみなさん。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

お手紙

2006-09-15 12:53:13 | 日記
卒園児よりお手紙が届いた。
夏休みが終わり2学期が始まり、授業でお手紙を書こうとの学習があったらしい。
その相手としてわたしを選んでくれたというわけ。

小学校の3年生である。きれいな文字が丁寧に並ぶ。
えんちょう先生おげんきですかの書き出しで始まり
弟がいつもみどり保育園の給食食べたいと言っている。おやつも美味しかったと。

そしてお母さんにみどり保育園にいってもいい?としょっちゅう聞いているとも書いてある。

利発な女の子だ。弟想いで、正義感も強かった。

そう言えばこの3~4か月遊びに来ていない。

いつでも遊びにきてください。と、お返事を書いた。

授業の一貫として手紙を書くことがあるなんて知らなかった。
多分、首をなが~くしてお返事を待っているだろうなー。そうおもうと
なにはさておいても、、、と返事を書いた。

昨日のお招き会である方が言っていた。
娘、息子の子どもたちがお世話になって12年です。今年はしたの子が卒園します。寂しくなります。と・・・。

長い人は15年ぐらいの付き合いがあり。一人っ子の場合でも2~6年はお世話になる。

卒園した子が子供ができると再びまた、お付きあいがはじまる。
卒園児が今では保護者になっている例が15人はいるであろう。

保育園は一人一人の子どもたちの元風景を織りなし、色鮮やかにいつかは思い出してくれる、大きな家族の場なのだと、つくづく思う。
モモコちゃん手紙ありがとう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加