なんくるのひとりごと

日々の想いを言葉にしてみたい

雨の夕暮れ

2006-05-31 18:26:41 | 日記
 ひと月一度の職員との園内研究会の日もうすぐ始まる。
担当が、弁当を会に走る。
仕事を終わってからのことなので、好きな弁当を食べるのも気持を奮い立たせることにつながる。

雨のの日は夕暮れが早い。いつもなら太陽がまだまだ園庭にあわれている時間なのに今日はもうすでに夕暮れ。

がじまるの木もこんもりと暗さを速めている。
ガジマルの木に小鳥もねぐらも有るらしく、泣き声でおしゃべり。色々な種類の声がする。

廊下で子どものケンカ、お母さんになだめられるのも、気持が納まらないらしい。
ミズキかな?セイヤかな?泣き声が気になるものの

立っていこうかと思っていたら、、、もう納まったらしい。
ほっ。またあした元気な顔で「おはようしようねー」

雨の中、今日も傘が楽しい。勉強会始まる時間だ。

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保護者の料理教室を振り返る

2006-05-31 14:10:39 | 日記
 今年は保護者と一緒に料理のことを学びあおうことになっている。
とにかく料理を作ってみようと言う訳で10回シリーズで企画した。

毎月第2土曜日に園の近くの総合福祉センターの調理場を借りることになり、その第一回目が行われた。

職員の中から料理を習ってみたいと希望する人を募って「食育委員会」を立ち上げた。
わたしが委員長を引き受けます。と名乗りをあげたのは結婚2年目の2児(双子)の母である20代のユウコさん。

ミーユミ(新婚さん)は姑さんに子どものことやなにかで、とてもお世話になっているので、せめて料理を上手になって「お母さんに褒められたい」という。
健気の心根にジーンときたわたし。そしてなによりも嬉しかった。

保護者のための料理教室とはいえ、世話をするためだけなら職員に負担をかけるだけ。
自分たちも料理上手になりたいとの意志があれば積極的な職員の学びにもなるからだ。

保護者への伝達、募集も職員が昼休みに集まり何度も打ち合わせをしていた。

一年間のメニューも調理場の職員も一緒に講師と相談をしていた。
提案したわたしの手元からは離れて独立した事業になっていることが頼もしかった。

当日を迎えた。5月の13日の土曜日だった。

メニューは郷土料理の定番である「昆布巻き」と「ぐんぼーいりちー」だった。
沖縄の行事には昆布料理は欠かせない。それほど昆布料理は大好きなのだ。が、作るとなると少し難しそうなので引いてしまう料理でもある。

若い保護者が昆布巻きの料理にどれだけ関心を示すかと、わたしは注目していた。
案の錠というかやっぱりというか、申し込みの人数が思ったより少ないという。
人数はともかくとして、一度やってみたら料理の楽しさが分かってくれるはず・・・と係の職員を慰める。

当日16人、マァマァの人数で教室が開かれた。

料理が出来上がるころ、美味しいとこ取りで悪いなーと思いつつ教室をのぞいてみた。

夫婦での参加もあり、実際に習っている人の顔はとても生き生きとして楽しさこのうえないという雰囲気だった。

3グループに分かれて一人一人が包丁を持ち、そして味をみなが和気あいあい。

かつお出汁の取り方から、しっかりと習ったという。昆布の巻き方、味のつけ方きり方、火の加減・・。
出し殻のかつおを佃煮風のふりかけにすると聞いたときには驚きと新鮮さが光った。

小さな子どもたちは、ふりかけが大好きなのだ。しかも日々の残り物やガラで一品増えるならば経済的にも安心感も充実する。

いよいよ出来上がった「昆布巻き」を盛りつけることになった。二つに切るのだけど、この切り口がまたすごい。
中身の魚が崩れないように切る方法は「力を入れるのではありません」包丁の重みを生かして根元から先まですーと流すように軽く」と講師がおっしゃる。

言われる前に切っていた切り口と講師のアドバイスの後の切り口とでは、見た目がまず違う。あざやかな切り口は美味しそうに目にも写る。

実際、やってみないとわからないことだらけで、参加した保護者や職員は喜んだり感心したりの3時間が経過。

美味しい試食のタイム。それぞれのグループの味の違いもある。不思議だ。
同じ条件で習ったのに味は作り手によって違うことを学ぶことにもなった。

講師の仕向け方というか、気づかせ方というか、目線がすごくいい。
お料理を好きになってほう。上手に作るのも大切だけど、「こつ」を伝授します。ぜひそれを習ってください。とおっしゃる。

毎日のことなので手早くできるこつ、工夫、それさえあればあとはアレンジなのだ。発見もあり楽しさもあり、美味しさもあり実りの多い料理講習会だった。

たべながら一人一人の感想をお話ししていただいた。。

・参加するまでは億劫でどうしようかと思ったが、出てきてよっかった。
・食べることに感心を持つ子に育てたいのでとても参考になった。
・とても楽しく話をしながら気軽に料理ができて嬉しかった。
・昆布巻きなんて滅多に家では作れないのだと思ったが、案外できそうな気持にな れた。
・先生や保護者同士の話しも弾んで楽しかった。

などなど心から喜ばれたことが表情やことばの力からも伝わってきた。

後片付けの様子から、準備はもっと大変なのだと理解した。なにごとも準備から終わりまで、職員としてはかなりの時間を割くことなのだ。
しかも土曜日の休みの日に参加する、職員にまず感謝。

次は6月の10日沢山の参加があればいいなー。

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わたしは小さな先生よー

2006-05-30 14:24:08 | 日記
朝、乳児の部屋をのぞいた。
べっどの下から声がする。「えんちょう~ミホはこっちにいるからねー」と。

「あららミホおはよう。今日も赤ちゃんの先生なの?」と問うわたしに
「そうだよー」と元気なお返事。ベッドの下にかくれんぼらしい。

 3才クラスに進級したものの、午前中、少しだけ赤ちゃん部屋でゆったりとしたときを過ごしたいらしい。

元担任がいるからでもあるが、
もともと赤ちゃんのクラスは学校で言う「保健室」の役割も担う。日々子どもの心のありようは変化する。昨日元気でも今日は少しだけ寂しいときだってあるのだ。それは大人も同じ。

一日の内でもゆっくりしたい時と活発に遊びたいときがある。
朝、乳児室を求める子たちは、赤ちゃんに癒されながら自分の心を高めているようにも見える。

毎日10分間だけお邪魔する子もいる。一時間ほどお邪魔する子もいる。つられて何人か、兄ー兄ー姉ー姉ーが赤ちゃんの部屋へやってくる。

いつの間にか全員の名前を覚えて、わたしに教える。
いつの間にかおやつの世話をしたり、あやしかたさえ上手になる。

「えんちょうこの子の名前は、、、」と得意そうに名前を呼ぶ。

「ミホは小さな先生だもんねー」と保育士。
「そうだよー」と本人も大まじめ。

世話をする人とされる人どっちも気持ちがいいものだ。
できるときにできることをやる。

できないことは手伝ってという。
いやなことをされたらいやだといえる。

とても小さなことだけどとても大切なこと。

それは日常の暮らしから学んでいくものなのだ。

小さな子と触れ合ううちに自分の自信を得る子もいる。
自分のやさしさを耕してもらっている子もいる。

「わたしは小さなせんせーよ」
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小説「異文化の中で」の書評

2006-05-29 18:27:29 | 日記
本書は「アクシデントの沖縄」に続く小説である。そして末吉節子は十数年前に『アメリカンスクールの窓から』というフィクションを世に送り、「褒める教育の実践を教育界に印象づけた作者でもある。

おきなの基地内の小学校での教師生活は著者の生き方を瑞々しいものにした。その末吉が書き上げたのが、文化の違いでの無理解に悩む教師が主人公なのだ。

 主人公のユキが長い入院生活から開放され
大好きな子どもたちが待つ学校へと復帰するその日から物語が始まる。「ウェルカムバック」同僚の声が心地よくユキを励ます。

 しかし待っていたのは「あなたは教室には行かなくても結構です」という校長のことばだった。「サブが授業をしています」と冷たく追い打ちをかけることば。その日からユキの葛藤が始まった。

アメリカと沖縄、文化の違いはあれどもチム(こころ)はひとつ、を信じていたユキの心を揺さぶる嵐。
子どもたちからもらった入院中の手紙。早く戻ってきての文面が支えだった。なのにどうして、いま、わたしは狭い部屋の窓際に机ひとつあてがわれて座しているのか。あまりにもひどい仕打ちではないか。

ユキは校長のことばを反芻する。「病み上がりだから体罰をしかねない」との教育長の判断だとも言っていた。「どうして?」のユキの叫びを誰が受け止めてくれるのだろうか。

 でも、ユキは引き下がらなかった。この辺りから物語の佳境を迎える。異文化の中での実体験者ならではの描写が光る。
これって小説というより事実なのでは?とつい思ってしまう場面も続々登場。見事に描写された会話から、ユキの心情が見え隠れ。節子ワールドへと誘われてみたい方必見です。

新刊を琉球新報で紹介してくれと文化部の方に頼まれて書き上げた。ホッとしている。なかなか本の紹介文は難しいことを実感したが、書き上げたとき、少し自分の文章に満足感もまた覚えた。

「異文化の中で」末吉節子著ぜひご一読ください。
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阿蘇山中岳登山記

2006-05-29 14:00:19 | 日記
 3月の〆と新学期の忙しさが一段落した5月27日から2日間の年休と週休を利用して山歩き初挑戦。
27日朝5時起き。まだ小鳥も目を覚ましてないうちに窓をあけると気持ちよい風

昨夜つめたリュックを再度確認。できるだけ重くならないような支度。スティク2本も必要とのこと。そんなに険しい山?ふっと頭をよぎる。
雨具は山用のしっかりした物。靴も山用、着るものも乾きのよいものとの注意書きあり。

確認後、モノレールで空港へ。

山歩きのグループだと、出で立ちで分かるメンバーあり。友人二人もすでに到着。

福岡から、熊本へ、阿蘇着13時30分。

柔軟体操後、阿蘇山のカルデラ湖を左に見ながら砂千里へと徒歩を進める。
板の歩道を5分ほど進むと、左手に砂が広がる。砂千里と呼ばれている場所らしい。

山のプロのリードで砂地へと一歩。総勢、21人沖縄側の添乗員と本土より同行のプロが前と後ろをはさむ様に進む。

足に自信のない人は一番前のリーダーのすぐ後ろに着きなさい。その方が楽です。とのこと。ところが歩きはじめから、わたしと友人の節子とりつ子は最後尾。
足には全く自信がないというりつこは「ゆっくりのペースでないと不安」と最後尾を希望。

砂千里を抜けるのに役4分、目の前に石ゴロゴロの中岳へと通じる斜面あり。

「これを登るの?もうわたしダメかもしれない・・」と、りつ子が泣きそうな声をだす。
しまった、まだ早すぎる、これからだというのに・・・わたしは精一杯の優しい声で励ます。

「重たいカッパはわたしが預かろうか・・」とわたし。とにかく荷物の負担をなくさなくては。

先頭さんガ歩き始める。黙々と一人一人と後ろについて歩きだす。いよいよだ。
添乗員も「無理せず」「ゆっくりでいいですよ」とりつ子に声をかける。

とにかく、一歩一歩とゆっくりと歩こうと決める。後ろから二人目に節子。その前をりつ子、その前をわたしが歩く。

岩場の間をぬって道無き道を歩く。小石に足元をさらわれる場面が多い。
ゆっくりゆっくり一列にあとを追う。
汗が流れる。太陽の姿は見えない。が、天気が悪いわけではない。雲が空高く覆う。

15分ぐらい歩くと少し休憩。水の補給程度。振り返ると砂千里が遠くになった。

かなりの傾斜をヨッコラショヨッコラショと登る。

「えっあんなところへ・・・わたし・・・もうダメ」と山を見上げて悲鳴に近いりつ子の声。
後尾3人はいつの間にか共感関係成立。だんだんと苦しさと楽しさが共有できた感じ。りつ子の悲鳴がわたし達のココロを刺激。

「もうすぐよー・ゆっくりでいいからほら」など優しい声が出る。人の為に役立っていることを実感しながらの山登り。
標高が高くなるに連れて視界が広がる。大分の山並みが遠くに広がり、絶景。新緑が特に美しい。

「もうだめ」を何度もいいつつ頑張るりつこの姿は、いつの間にか周りの共感すらえている。正直に自分の弱さを口に出すことはとても大変なこと。それを正直に伝えられると悪い気はしない。それどころか誰もが何らかの役に立ちたいと考えるものなのだと、つくづく感じた。

先頭を行く人も気づかってくれる。休憩時間には誰もが声を掛けて励ましてくれた。

りつ子から学んだことのひとつ。

正直に本音でヘルプを言えることはマイナスではなくプラスの作用を生むということ。やむにやまれぬココロの叫びに、わたしも何気なくヘルプの手を差し伸べることができて結構満足度が高かったと振り返っている

標高差たった600メートル足らずの山を登り、尾根を歩くのだ。一列に並んだ人々の姿は山々と一体になり美しかった。憧れの風景だった。中岳の山頂(1,506m)付近の眺めも格別だった。

山だから木々があると想像していたが大きな岩があちらこちらに転がり山肌はどこまでも茶色。

中岳山頂からカルデラ湖の白い煙を眼下に眺める。その周りにいる観光客が小さく見えた。白い煙はかなりの風に飛ばされていた。

「あしたは雨だ」と誰かがつぶやく。とにかく今日だけでも天気に恵まれたことを感謝しよう。とまた別の人が反応する。

下りからは、りつ子の足は軽やかだった。あきさみよーなーと褒められるほどの回復ぶり。山下りの女王とのあだ名までいただいてしまったりつ子。

4時50分の最終のロープウェイに無事間に合う。火口東からいよいよロープウェイ~
大変な想いをして登った山を振り返り、みんなで喜びを分かち合った。酔仙卿の「ミヤマキリシマ」の花も美しかった。
単なる観光のツアーでは味わえない程の満足感を満喫。

久住高原の温泉で疲れをとりバタンキューの一日が終了した。








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夕暮れ雨 冥福を

2006-05-23 17:56:27 | 日記
 職員の義母さんが亡くなられた。

孫を迎えに来ていた30年前のことをふっと思い出す。

とても上品なおばあさんだった。いつも腰を低くして「お世話になっています」とニコニコ笑顔でまごの手を引いて帰っていった。

職員が残業をしたり、風邪で休んだり、または出張で不在のときに孫を迎えに来てくれた。

何年か前から老人ホームにお世話になったとは聞いていた。

それでもまだまだお元気だとも聞いていた。

急に昨日亡くなったとの知らせ。

冥福を祈りながら夕暮れの雨空を眺めている。

雨の中色とりどりの傘をさした子どもたちが喜んで帰っていく。傘やカッパや雨靴は子どもたちにとっては非日常の面白さがある。

どの子も水たまりに足を突っ込んでジャブジャブと音を立てる。
「もう必ず・・・水たまりねー」と迎える大人は必ず大声を出す。

自分にもそんな時代があったことを、もう大人は忘れている。

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柿のみみっけー

2006-05-23 13:21:27 | 日記
 園の隅に植えられている柿の木に沢山の実がついた。
数えてみたら、20数個もあった。

木の丈ががそう高くないものだから子どもの目線にも触れるらしく
こどもも興味を示す。

昨日よりも4つ少なくなっていた。
もぎ取られていたのだ。砂に混じって何個か転がっているのを発見。

昨日のママゴトの材料にされてしまったのかもしれない。
親指よりも大きく育っていたのに・・・。

子どもたちにとってはお花も「ごちそうで~す。どうぞ」と皿に盛られる。
葉っぱもカレーライスにみたてられてる。

がじまるの黄色くなった葉は、砂のケーキのデコレーション代わり。真ん中に細い形のよい雑草の根っこを立てて、ローソク代わり。

誰かがハッピーバースデーを歌いだすと必ず数人が集まる。

100人近い園児、毎日誰かの誕生日と重なる。

小さな姫柿はさしずめ、誕生祝いのお菓子にでもなったのだろうか。

わが園庭の柿の実が黄色くなるまで待てる子はいない。すぐに手が届いてしまうから感触を確かめずにはいられないのだろう。これも仕方がない。子どもはなんでも確かめたいのだから。

しかし、今年は、いつもより多く実った。子どもに見つからずに残る実をちょっと想像して嬉しくなった。きたいしようかなー。


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またまた振り返り

2006-05-22 13:38:00 | 日記
静かな庭、梅雨とは思えない程のこの一週間。
風も太陽も爽やかだ。

さて、先日名前のつけ方のことを書いた。

案の定というか、くるべきして意見が届いた。

自分の書いたものへの責任の重さを痛感する。

太郎さんに言われるまでもなくまったく、、、返す言葉も無い。

「自分の子どもにふざけて名前をつける親はいません」というご指摘。
ほうとうです。ここで改めて「軽はずみな発言に対して謝罪します」と書かせていただきたい。

親への攻撃とも取れる発言だったことを反省。お許しいただきたい。今後気をつけたいとこころより・・・。

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シンポジュームを振り返る。

2006-05-22 10:34:05 | 日記
 20日・沖縄大学・
 1時から5時までの長丁場だった。
 大失敗の発言になってしまった。消化不良でかなりの落ち込みを体験。
 
求められていることを話せなかった。話したいことを話せなかった。まとめきれなかった。

的外れの発言に終始してしまった。分かっているふりをすればするほど、おくの浅さが剥離していくことを実感。アー情けない。本当にいやになった土曜日だった。

問い1、
 虐待という言葉に踊らされて、みんなが神経質になりすぎていると思いませんか。
 国が、意図して「虐待」ということばを使い、人々のココロを身動きできない状態にしていると思いませんか。
 親が自分の子どもの躾けすらもおびえながらやる現実をどう思いますか。

あなたならどう答えますか。

問い2、
 自立とはなんだと思いますか。自立はさせなければならないのでしょうか?
自立自立をいいすぎて、人間関係を希薄にしてきたのではないでしょうか?
あなたの考える自立とは教えてください。ニートに対する国の政策にも不満があります。

問3、沖縄ではユイマールという言葉があると聞きましたが、皆さんの発表からはその言葉がどこにもでませんでしたが、実際にはないんですか?

司会の方や会場からの質問や自分語りなどもあり、かなり重い切実な声も聞かれた。大変な想いをしながら生きておられる人々の集いなんだと改めて思った。

あなたは何も感じないで生きているのですか?と問われているような辛さがありいたたまれない気分になったのはたしかだ。

2日が経過して,いまおもうに、、、あれは辛さではなく、反発している感情だったのではと気づく。

大変な仕事をしたり、つらい目に遭った人の話を聞きながら、責められていると思ったのは、わたしの未熟さなのでは・・・。

もっと深く話を聞くだけの度量が不足だったのでは、、、。

だから悔しくて落ち込んだのでは。他者に「みどりさんてたいした人ではないねー」と思われてはいないだろうか、このことが気になっての落ち込みなんだ。

落ち込みの原因は少し見えてきた。が・・・。
 
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洗濯物を干しながら

2006-05-19 22:45:59 | 日記
 めったにこんな時間に洗濯物を干したりしない。
と、いうよりも洗濯だい好きな夫を持つわたしは
几帳面な夫に洗濯を任せてある。だから珍しくと言いなおした方がいいのかも知れない。

今夜は、風が木々を揺らしてざわざわざわと心から気持ちよい。

生憎今夜はホタルは一匹も姿を見ていない。

明日のシンポジュームで話すことがまだまだ明確に姿を表さない。少しいらついている。まとめ役の加藤先生の誘導に沿って、そのとき話したいことを話せばいいのだろうか。

そんなこんなを考え、また消してまた考えて・・・こんなときの夜風は気持ちいい。深呼吸する。

あっそうそうわざわざこんな遅い時間に記したい事があったのだ。明日になったら忘れているといけないので記しておきたい。

この頃の子どもたちの名前は、とても覚えにくい。漢字だけでは声にできない。読み方が私たちの想像を超える事が有るからだ。

新しい子の名前を呼ぼうとして口をモゴモゴさせることがよくある。新しい子に限らず、名前が覚えにくい。


「エーとえーと・・る、、る~なんだっけ、名前」
「ねーねーこのこの名前なんだっけ・・・」こんな場面がよくある。

「はっさみよータロウ、ジロウや花子や正子~きよこならすぐに覚えるのにネー」といつもいうの。

子どもの名前をつけるのに若い方は頑張りすぎて、張り切りすぎて、面白がってか、、まっ、本当のところはよく分からないが、覚えもらうというよりも、変わった名前をつけたがる傾向にある。

でも名前って、奇抜よりもなによりも「人に覚えてもらわないと」気軽に呼べない。

道ですれ違っても、物覚えも、頭も悪くなっているわたしには「えっとー」と考えている間に通りすぎてしまう。名前を呼んであげたい。
コミャニケーションを取りたい、、と頭でも心でも思っているのに、とっさに人の名前を思い出せない。

とても悔しい・・・。そして相手にも失礼の数々・・・。

だからお願いである。名前のつけ方をもっとシンプルにしてください。

こんなこと夜中にわざわざ書く事か?とおもいでしょか、

年寄りにも、だれにでも覚えてもらえる名前をつけることを推進しま~す。

ここですこし言い訳、まだまだ機械になれていなくて、誤字脱字をあとで気づいても修正できないのがいまの現状です。読んでくださる方にごめんなさい。

お休みなさい。もう11時前だ快眠を願い。
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