昨日のラリー観戦の前後と今日、飛騨・東美濃の古城を探索してきました。

まず、ラリー観戦前に高山市の松倉城を探索。
探索時刻は午前4時45分からという壊れっぷりです。
高山市周辺に勢力を張った三木氏が、夏の間居城としていた城です。
石垣が見事で、飛騨の里の裏を登っていくと行くことができます。

ラリー観戦後、宿のチェックインまで時間があったので、飛騨市古川町の増島城を探索。
とはいえ、小学校の敷地内なので、道路から写真を数枚撮っただけです。
三木氏の後に飛騨を支配した金森氏が築城した城です。
石垣と水濠が残っており、現在は石垣の上に神社が建っています。

高山市内に一泊し、二日目はまず、飛騨市神岡町の神岡城へ。
天守が立てられていますが、模擬です。
江馬氏が高原諏訪城の支城として築いた城です。
現在は石垣と堀が残っています。

続いて下呂市萩原町の桜洞城を探索。
前述の三木氏の冬の居城です。三木氏は松倉城と桜洞城を行ったり来たりしていたわけです。
高山本線や公園整備などでほとんどの遺構は破壊されてしまいましたが、わずかに濠や土塁が残っています。

飛騨を後にして美濃に入り、恵那市岩村町の岩村城を探索。
日本三代山城のひとつで、石垣の見事な城です。
見所は写真の六段石垣。
遠山氏の居城でしたが、武田氏に攻め取られ、武田氏が滅び本能寺の変も起こると金森氏のものとなり、最終的に大給松平氏が城主を勤めました。

最後に中津川市苗木町の苗木城を探索。
写真の大矢倉のように自然の巨石を取り込んだ石垣が見事な城です。
特に本丸周辺は元々あった岩山の隙間に石垣を積んでスペースを確保しており、まるで塔のようになっています。
こちらも遠山氏の城ですが、武田氏に奪われることはなかったようです。
苗木城が気に入りました。
本丸周辺の塔のような姿を写真に納めるには、葉っぱのない時期がいいようです。

まず、ラリー観戦前に高山市の松倉城を探索。
探索時刻は午前4時45分からという壊れっぷりです。
高山市周辺に勢力を張った三木氏が、夏の間居城としていた城です。
石垣が見事で、飛騨の里の裏を登っていくと行くことができます。

ラリー観戦後、宿のチェックインまで時間があったので、飛騨市古川町の増島城を探索。
とはいえ、小学校の敷地内なので、道路から写真を数枚撮っただけです。
三木氏の後に飛騨を支配した金森氏が築城した城です。
石垣と水濠が残っており、現在は石垣の上に神社が建っています。

高山市内に一泊し、二日目はまず、飛騨市神岡町の神岡城へ。
天守が立てられていますが、模擬です。
江馬氏が高原諏訪城の支城として築いた城です。
現在は石垣と堀が残っています。

続いて下呂市萩原町の桜洞城を探索。
前述の三木氏の冬の居城です。三木氏は松倉城と桜洞城を行ったり来たりしていたわけです。
高山本線や公園整備などでほとんどの遺構は破壊されてしまいましたが、わずかに濠や土塁が残っています。

飛騨を後にして美濃に入り、恵那市岩村町の岩村城を探索。
日本三代山城のひとつで、石垣の見事な城です。
見所は写真の六段石垣。
遠山氏の居城でしたが、武田氏に攻め取られ、武田氏が滅び本能寺の変も起こると金森氏のものとなり、最終的に大給松平氏が城主を勤めました。

最後に中津川市苗木町の苗木城を探索。
写真の大矢倉のように自然の巨石を取り込んだ石垣が見事な城です。
特に本丸周辺は元々あった岩山の隙間に石垣を積んでスペースを確保しており、まるで塔のようになっています。
こちらも遠山氏の城ですが、武田氏に奪われることはなかったようです。
苗木城が気に入りました。
本丸周辺の塔のような姿を写真に納めるには、葉っぱのない時期がいいようです。









