Imaginarry Affairr

Tears sheded like a cherry

穀雨-4.1「針」(by水無月)

2010年05月01日 16時17分37秒 | Novel「桜さく、このうららかな堤」
 例えば。
 朝、陽気にさえずるシジュウカラの声に目を覚ます。
 カーテンの隙間から洩れる光に、今日もいい天気なのだと悟る。

 そうなるともうダメだ。
 ぼくは布団の中で『どうしても起きてやるものか』と意地を張る。
 そんな朝がここしばらく続いている。
 
 だけど学校は――そういう都合に関わりなく――毎日同じように始まる。
 冷淡に。機械的に。

 そのお陰でかえって、気が保てているんだと思う。
 まるで時計の針のようだ。
 凛としていて、勤勉で、個性のない針。
 
 そうやって何とか一日を終えた。
 今日はぼくが夕食を作る日だ。
 土曜日。授業のあと、部活に出てから帰路についた。
 
 玄関のドアを開けると、学校指定のローファーが二足並んでいた。
 一つは皐月のもので間違いない。

 もう一つもきっと友達か何かだろう。
 このところ、皐月は学校のいろんな人のことを話す。
 ぼくは、そのいちいちの名前を覚えている訳ではないけれど。
 
 できるだけ気に留めずに靴を脱ぎ、キッチンの冷蔵庫を開ける。
 残り少ない牛乳をパック飲みしながら、目についたジャガイモをどう料理するか考えていたら、二階から皐月が降りてきた。

 「あ、帰ってたんだ」
 「今帰ったんだよ」
 皐月は制服のままだ。

 「ジュース、何でもいいからグラスに二つついでくれない?」
 そう言うと、勝手気儘な姉は部屋の隅でスナック菓子を漁り始める。

 その背中に向かってぼくは訊く。
 「お客さん?」
 「そう。あんたも知ってる子よ」
 「え?何で知ってるの。附属の人?」

 曲がりなりにも小学校から九年間いた学校には、多少の顔見知りくらいいる。

 違う違う。ガサガサという音に声が混じる。
 「いるでしょ、あんたのクラスに。吹奏楽部の子」

 皐月は背中を向けたまま、さも当たり前のように言う。
 右手と左手で、ポテトチップスにするかカールにするか悩んでいる。

 「いるだろうけど、知らないよ」
 本当のことを言う。
 
 初めて皐月が驚いた顔をする。
 ポテトチップスは山に戻して、カールを左手に持っている。

 「知り合いじゃないの?」
 「別に驚くことでもないでしょ」
 驚かれたことが意外だ。
 ぼくの性格くらい解っているだろうに。
 
 「だって、今もちょっと水無月の話してたし」
 「勝手に人の話しないでよ」
 「するわよ。話くらい」
 「………」
 「………」

 沈黙が流れた。
 皐月が『え、ほんとに知らないの』という顔をする。
 知らないものは知らない。
 
 そもそも、クラスに名前が解る人もそんなに多くはいない。
 誰が何の部活をしているかなんて、完全に興味の外だ。
 
 だいたい皐月の客なんだ。
 ぼくがその人のことを知らなくても問題はないと思う。正確には、思った。

 けど、うちの姉はそんなに甘くはない。
 
 「じゃあ、挨拶しとかなきゃね」

 何が「じゃあ」なのかも解らないし、皐月は明らかにこの状況を楽しんでいる。
 ぼくが困るような状況を。
 うちの姉は、時々性格が悪い。
 
 「毎日顔を合わせてる人が家に来てるんだから、挨拶の一つもしなきゃ失礼でしょ」

 確かにそれは、道理にはかなっているけど。

 「それに、お菓子とジュースとは一度に持って上がれないわ」
 勝ち誇った皐月が見せるカールおじさんの、間の抜けた表情が憎い。

 お盆に乗せたグラスに、ジンジャーエールを注ぐ。
 ふつふつと気泡が揺れて昇ってくる。

 両手でお盆を持つぼくは、スナック菓子一袋しか持たない姉の身軽さを恨む。
 皐月について階段を上がる。

 ドアの前で、少し緊張した。
 
 

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ジャンル:
小説
キーワード
ジンジャーエール カールおじさん ローファー
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