
映画「アバター」(ジェームズ・キャメロン監督)が、2月17日にTVで放映された。
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観てもいないのに言うのもなんだが、映画アバターのストーリー&モチーフは以下の映画とほとんど一緒のようである。
ミッション http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD11151/story.html
ダンス・ウィズ・ウルブス http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD5791/story.html
ラスト・サムライ http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=3491
ソルジャー・ブルー http://takano01.exblog.jp/1586124/
この映画に出てくる加害者・侵略者が自分自身であることにアメリカ人は気付いていないのだろうか? まさかそんなことたぁ無いだろう…ありえない… ブログ:会計スキル・USCPAさんより
これは惑星パンドラの開発物語で、地球から、ってか米国がパンドラの鉱物を狙って企業と海兵隊が組んで進出するが、現地が立ち退かないので、皆殺しにするか、ってなハナシなんですが、 米国の資源国搾取、軍の活用、元軍人の開発企業での活躍、というあたりはエコノミックヒットマンに描かれた米国の姿そのまんまです。
主人公は、現地人の格好をして、現地に赴いて、あれやこれや現地に取り入る役なんですが、交渉失敗。取引に応じないことが判明。
そうなると暗殺人ジャッカルが登場、というのがエコノミックヒットマンの言う米国の常套手段なんですが、映画では皆殺しだ、となるんですけどね。
まあ、映画では交渉のシーンは一切ないし、皆殺しにするか、ヒットマンで行くかみたいな判断は現場の大佐と企業側の責任者がぱぱっと決めてしまうんで、映画的にはどうでもいいことみたいで。
主人公が森の生活になじんでいく過程と、戦いそのものを映像で描くことに重点がおかれてる映画です。
自らをモチーフとした「侵略者」を声も高らかに非難し否定し、先住民の人間性を強調して大衆をノスタルジーに浸らせつつも、その目的はあくまでフィクションによる金儲けであって、自分達は加害者側・侵略者側の論理・社会システムを降りるつもりは毛頭ない。
こんな映画を見た後でも、アフガン・パキスタンでの侵略戦争をやめない政府に対し、「オバマはぬるい」「もっと本気で敵を根絶やしにしろ」と一部のアメリカ人は言い続けていた…。
もっとも、この映画で描かれている「侵略者」は、現実のアメリカよりはずっとカワイイかもしれないが。
↑ ついったー













http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100130-OYT1T00839.htm
「アバターは反米・反軍映画」保守派いら立ち
【ロサンゼルス=飯田達人】世界興行収入の記録を更新中の米映画「アバター」(ジェームズ・キャメロン監督)について、米国の保守層などから「反米、反軍の映画だ」といった批判が相次いでいる。
3D(立体)技術を駆使した娯楽大作が思わぬ論争を巻き起こした底流には、アフガニスタンやイラクでの長引く戦争に対する米国民の厭戦(えんせん)気分と、それに対する保守派のいら立ちがある。
◆教会からも
映画の舞台は22世紀の星パンドラ。希少鉱物を狙う人間たちは、美しい自然と共生する先住民ナヴィと戦う。元米海兵隊員ら軍服の人間は、圧倒的な軍事力で自然破壊をいとわない悪役として登場、「先制攻撃が必要だ」「衝撃と畏怖(いふ)を与える」などと、ブッシュ前政権の戦略そのままのセリフを口にする。
保守派の論客ジョン・ポドホレッツ氏は自身のサイトで「観客は米兵の敗北に声援を送るようになる。強烈な反米的内容だ」と非難。現役海兵隊員のブライアン・サラス大佐は隊員向け新聞に「軍の未熟さや凶暴さが異常に強調され、誤解を与える。ひどい仕打ちだ」と記した。
保守派らの反発には、長期化する戦争から民意が離れている現状への焦りが読み取れる。CBSテレビなどの昨年末の世論調査では、アフガニスタンでの戦況が「良くない」と感じる人は60%に達した。
自然の中に神が宿るという、キリスト教などの一神教とは相いれない信仰をナヴィが持っている点にも批判が出ている。
保守派コラムニスト、ロス・ドーサット氏はニューヨーク・タイムズ紙で、「映画は、神と世界が同一という汎神論的な考えに共鳴するキャメロン監督の長い弁明」と指摘。カトリック教会の一部からも汎神論の思想が広まることへの懸念の声が出ている。
◆監督は反論
近年のハリウッドの大ヒット作は、ヒーローが活躍する単純な作品が多かった。これに対し、アバターが戦争、宗教、環境など米国の国論を二分するようなテーマを含んでいるのは事実だ。
映画の脚本も担当したキャメロン監督は、ロサンゼルス・タイムズ紙のインタビューで、「この映画は我々が戦っている戦争を反映している。兵士は不当に戦場に送られている。この映画で目覚めてほしい」と語り、ふたつの戦争に反対するメッセージを込めたことは認めた。一方で、米軍批判との指摘には、「心外だ。私の弟は海兵隊員だが、彼らを心から尊敬している」とテレビ番組で反論した。
同紙の映画評論家、ケネス・トゥーラン氏は、「かえって映画の宣伝になり、キャメロン監督の思うつぼではないか」と皮肉っている。
(2010年1月31日13時05分 読売新聞)
でも最初の地球人側からの襲撃の場面で、抵抗する術もない原住民側が追われていくのを見ていて、不覚にも立体視メガネの下で涙がこぼれてしまいました。こちらにもリンクのあるブログ、「私の闇の奥」の藤永茂氏の著書、『アメリカインディアン悲史』や、訳書の『コロンブスが来てから』を思い出してしまったからです。
でもこれって、今現在も世界のあちこちで起こっている現実そのものでもあるんですよね。さすがにこの地球上では、もはや特別の口実が無いと、あからさまに侵略者側の軍隊を差し向けられるとは限らないようですが、代わりに地元の傀儡政権や武装勢力を動員したりもしているようです。
翻訳家 益岡賢氏のサイト 「人権侵害に対するコロンビア政府の関与」
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/col308.html
デモクラシーナウ・ジャパン 「ペルー警察、アマゾンのジャングルで先住民虐殺か」
http://democracynow.jp/submov/20090608-1
ル・モンド・ディプロマティーク日本語版 「投機フィーバーにおどらされるアフリカ農地」
http://www.diplo.jp/articles10/1001-3.html
映画と違って現実には、少数の“白人”が寝返ってくれたところで“原住民”の側が勝利することはあり得ない、そのことを考えると暗く重い気持ちになります。せめてこの映画を観た沢山の人たちのうちの、ほんの一部でも、こうしたことに思いを馳せてくれればと願います。
「反米、反軍の映画」かどうかで話題になっているそうですが、初めの方の主人公の独白の中に「ここ(惑星パンドラ)では海兵隊は企業の傭兵だ」というようなセリフがあって、ハッとさせられました。同じ海兵隊の指揮官で20世紀の初めに数々の武勲を立てたというスメドレー・バトラー将軍が、退役後に「戦争はたかり(ゆすり)!(War is a Racket)」という本を書き、「自分は33年間海兵隊に勤務したが、その実態は大企業、ウォールストリートの用心棒であった。」と苦々しく語っているという話を思い出したからです。
阿修羅掲示板 「戦争はタカリ商売だ ある海兵隊将軍が語った本音」
http://www.asyura.com/0311/war45/msg/929.html
ちなみにこのバトラー将軍は、ルーズベルト大統領に対して右翼資本家たちが企んだクーデターを告発したことでも知られているようです。
「英語日本語ニュース」さん 「ルーズヴェルトに対するクーデター未遂。」
http://eigonihongonews.blog110.fc2.com/blog-entry-166.html
> Smedley Darlington Butler (July 30, 1881 ? June 21, 1940),
スメドレイ ダーリントン バトラー:生存中最も功績のあった海兵隊員。彼のWar Is a Racket(戦争は恐喝だ!or戦争はゆすりだ!)と言うスピーチと著書はビジネスがアメリカの軍事行動によって利益を得ている事を告発していて有名でA military-industrial complex (MIC)軍事産業複合体を始めて取り扱った著書の一つとしても有名。(上記ブログより)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=226178より
映画「アバター」を見たあと、鬱状態に陥るケースが多発しており、●殺を考える人もいるらしくこのように呼ばれている。
興味深いのは、アメリカ人にこの傾向が強く、日本人にはほとんど発生していないらしいという点だ。
(中略)
■■なぜ鬱状態になるのか?
その要因として「惑星パンドラ」の描写が非常に特徴的な点が挙げられる。太古の始原共同体に実在したであろう、精霊信仰・アニミズム・多神教に基づく本源集団の世界が最新のCG、3Dを駆使して眼前に広がるのだ。
そしてその原風景を“アメリカ軍”が容赦なく破壊してゆく。
この描写には、軍部だけでなく、キリスト教関係からもクレームが発せられているようだ。
この映画を見たアメリカ人は、500万年にわたる人類史をわずか3000年のうちに破壊してしまった現実、そしてこれを正当化する観念が自分の内に未だこびり付いていることを一度に突きつけられる。自分自身が信じて疑わなかった存在基盤を一瞬にして否定されてしまうような心境になるだろう。
結果として、彼らの潜在意識を揺さぶり、意識と存在を断絶させ、鬱状態に陥らせていると考えられる。
(中略)
■■もはや事実に収束するしかない
アメリカをはじめとする私権国家の行いを総括し、悔い改めるために「アバター」が作られたとは考えにくい。
アカデミー賞に軒なみノミネートされるなどの派手な広報からすると、「反戦争屋勢力の世界的洗脳=脱アメリカ・多極化の周知徹底」と見たほうがよいだろう。興行収益は過去最高らしく、その目論見は達成されつつあるのではないか。結構なことだ。
しかし、単なる反戦・平和では、もはや人々の共認は得られない。
潜在思念へ訴える、事実追究に基づく発信が不可欠になっている(そうでなければ見向きもされない)。よって洗脳側も事実追究をさざるを得ない、という循環が生まれている。
そして、事実を突きつけられた旧思想・旧観念が、揺すぶられ崩壊しはじめているのが「アバター鬱」の実態ではないだろうか。
>キャメロン監督の大ヒット作は、ヨーロッパ人によるアメリカ原住民の虐殺を暗示している。米国の右派がこの映画を嫌うのは当然だ。
>George Monbiot
↓
http://d.hatena.ne.jp/cameracamera/20100120/p1
映画を見ている時は単なる娯楽映画として見てしまったのですが、こちらの記事を読ませていただいてから、映画のおもしろさがとても深いものとなりました。
何も考えずに見ていた時は、映画の中の「株主」という言葉に、「未来のお話なのに、おかしい」と思って笑ってしまっていたのですが、よく考えてみると「過去にもうあったお話」だったのですね。
映画としておもしろいだけでなく、大変スケールの大きな映画であったことに気がつきます。
ありがとうございます。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010030200673
ジェームズ・キャメロンが映画化を予定していたらしいが、突然の出版中止。
こんなモノを大々的に出されては困る勢力からか圧力がかかったとしか思えない不自然さ。