らいふわーくさぽーと・・・日常のしずく

  ちっちゃな作業所事務員Yの、日々の出来事、考え事

年度の間には

2012年03月31日 | 心のしずく

今日で3月が終わり、明日から4月新年度
子供の生活サイクルのせいか
私はお正月よりも新しい始まりに感じます。

新旧の年度の間には悲喜こもごも…いろいろな想いがあります。


今日はひどい暴風雨・・・雨降って地、固まれ!

4月スタートは、気持よ〜くお天気となって

明るい気持ちで迎えたいものです! 
 

  

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長いトンネルの出口に

2012年03月31日 | 心のしずく

いつになっても、何歳になっても
内容を変え、対象を変え、立場を変え、スケールを変え・・・
悩みは尽きない、無くならない。

気にしなければ…知らん顔できれば、通り過ぎることができる出来事も
頭から離れ(せ)なかったり
できるだけ平穏に切り抜けようと思うと
そのことが自分の中でどんどん大きくなって
扱い方をコントロールできなくなってしまう・・・

自分から良かれと思ってしたことが、いつの間にか
自分の足かせ手かせ、重荷になってしまい
心や身体の自由を失ってしまう時もある。

人を傷つけてしまったのかな…と思うことは
自分が傷つくよりも、心に大きな影となっていつまでも覆って消えず
時間が経って影が小さくなっても、しこりとなって残りやすい。

それでも、
だんだんと前向きな気持ちが影を薄く、しこりを解してくれて
これで良かったんだと思えるようになる日を待っている。

衝突のない人生も、後悔のない人生も
私は知らないから
明るく暖かさを感じられる日を
三寒四温のように、いつも気長〜に待っているんだよ。


なーーんて、調子良いこと書いても本当は
いつも小さなことでオロオロし
どうでもいいことでしょんぼり、悶々している私ですわ・・・

 

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振り返るなかれ

2012年03月27日 | おろおろ母・へろへろ嫁

人生のところどころに置かれる様々な区切り

幾つもの終わりは、幾つかの始まりでもあります。

 

その日の東京の空は、一面雲に覆われていて
木々を飛び回るヒヨドリの鳴き声が大きく響いていました。

巣立ちの日
新しい人生を歩きはじめる若者たちに幸い多くあれと
開き始めた蕾を見上げながら祈ります。



馴染みの居酒屋のカウンター
そこにはいない主人公の節目に、ひっそりと乾杯であります。
 
  
   いつも美味しいお通し〜


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暗闇の訪れる前に

2012年03月16日 | 身近な風景

夕暮れの訪れる時間が随分遅くなってきました。

2011年5月以来の接近となったそうな金星と木星・・・
再接近日は過ぎて徐々に離れてゆくようですが
夜が近づく西の空に、昨日もひときわ輝いておりました。

 

美しい紺藍色のグラデーション・・・午後6時35分
真っ暗ではないからこそ、きれいに見える二つの光です。

束の間のランデブーはもうしばらく楽しめます〜

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1年に

2012年03月12日 | 心のしずく

東日本大震災から1年
津波…地震による倒壊…地盤沈下…放射能汚染による被害…
あの時、あの頃、日本はこれからどうなってしまうのだろうと
自分の頭で考えられること、いろいろ考えていた。
直接的な被災者ではなくても
みんなそれぞれに、様々に影響したことがあっただろう。

素晴しく科学技術の進んだ現代であっても
こんなに大きな出来事を予測することができなかった。
想像すら難しい技術の進歩で、ものすごく世の中便利になったけれど
進歩や便利は、命を守ってくれるものではないと、改めて思った。

被災地の皆さんの姿に、自分を重ね合わせて
ひとにとっての不幸とは何か、頑張るとはどういうことか
後悔はどんな時に生まれるのか、自分はこれからどう生きようか・・・
答えなどわからないまま、ぐるぐるいろいろ考えた。
しあわせとは、普段見えにくいものなのだと思った。

この世に誕生したときには、既に背負っている荷物があって
生てゆく過程で自分から背負った荷物が増えて
疲れて座りこまないように、増え過ぎたら何か減らしたりと
上手に荷物を加減したいのだけど、なかなか難しい・・・
責任感という名の紐がほどけなくて、荷物を下ろすことができない。
背負い過ぎて疲れたとき
ちょっと一緒に下から支えてくれる誰かや、腰かけて休む場所がなければつらい・・・
一生のうちにはどこかで、そんなつらい経験をする時が誰にもあると思う。

昨夜ニュースで、新宿駅東口の黙とうの様子が流れて驚いた。
それは時が止まったように、大勢の人々の映った画面の中には動きがなく
みな目を閉じ・・・手を合わせ・・・涙していた。
いつも雑踏のなかにあって、誰もが思い思いに動く風景しかしらないその場所の
その映像は衝撃的だった。
一枚の絵のような画面からあふれ出てきたのは
被災地とは違った形で伝わってきた
起こってしまった震災の大きさ、もたらしている影響、傷ついている人々。

それぞれの想いが心にめぐり、願いが交差した、震災1年を迎えた日・・・


負担と思って下ろしたいと思って背負っていた荷物が
本当は“大切なもの”だったと気付く時がある。
失ってしまってから、気付いて後悔することがないように
目をそらさないように、耳をふさがないように、逃げないように
自分にある一日一日を大切にしたい。


  
きっと着心地は満点〜ミノ虫の自分で仕立てたオートクチュール(冬用) 

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