名邑十寸雄の手帖 Note of Namura Tokio

詩人・小説家、名邑十寸雄の推理小噺・怪談ジョーク・演繹推理論・映画評・文学論。「抱腹絶倒」と熱狂的な大反響。

♪ 名邑十寸雄の手帖 @ 【分類マーク】 ∞

2016年10月18日 | 日記
 下記の分類マークを御参照下さい。


♪ : ジョーク、小噺
◆ : 怪談・奇談・存在論的恐怖小噺
Э  :映画論(映像作家別)
☆ : 短編文学、ショート・ショート、脚本などのメモ、及び小噺、俳句他。
* : ライトノベル
M : ミステリー


@ : エッセイ
∞ : 藝術論
† : 放下思想論
¶ : 既書籍関連概説


 メモを保存用に書きとめたのが「名邑十寸雄の手帖」です。外出時などにほんの短時間ブログ上で書くのは便利なのですが、文学とは全く異なる点御容赦下さい。アイデアを新作に使う順に消してゆきます。

 「Э 映画論」が一番のお勧めで、人生のヒントや勇気付けられる覚醒がある筈です。画面末尾の【記事一覧】でさかのぼると、全ての記事が簡単にご覧頂けます。
 疲れた時や寛ぐ時は「♪ スクリューボール・ジョーク」「◆ 怪談・奇談」を気軽にお愉しみ頂き、悩みで思い詰めた時は「† 思想」、文学を目指す方には「∞ 藝術論」が参考となるかも知れません。現実的な想念が特徴ですので、観念論理の陥穽には落ち入りません。

 非論理という表現を言葉の遊びと誤解なさる方々が多い様ですが、それでは一体論理とは何でしょうか。物理方程式、観念道徳、因習、氾濫するコマーシャリズム、伝統の背意、常識に潜む形式主義、表現藝術の嘘、キャッチ・コピー風の文学、事実に反する過多の情報。長い狂気の時代を経て、そろそろ正しい視線で物事の本質を観る時代が来ます。ほんの一寸脳髄の観点を変えるだけで、人間の真実や生命体系の真相に触れる。非論理思考は、その鍵と云えるかも知れません。

 放下思想は単純です。想念を放下すれば良いのです。捨てると世の真相に気付く。何もかも捨てると、無尽蔵の真理が観える。「本来無一物。無一物中無尽蔵」という言葉の非論理的摂理を直観する方の心には、正しい世界観が拡がります。いずれ捨てるのですから、限界など考えずに切磋琢磨するのが人生です。無益な競争や、虚しい名声の為に苦労するより余程愉しいものです。

                   *

 戯曲「手限人」には、大震災後の日本に活気を取り戻す願いが込められていますが、小説版の初校も荒けずりながら出来あがりました。作品に登場する文政の大災害やノアの洪水だけでなく、自然の猛威は生命史四億年の間に果てしなく続いています。五万年もの間地球全体に大雨が降り続けた時期もありますが、人類の時間的概念では計り知れません。水災害の記憶は生命体系の遺伝子に伝わっています。

 困難な時ほど、真の力が生まれる。それは外から与えられるのではなく、内から生じて来るものです。拙著で「裡(うち)から生ずる因力(いんりょく)」と表現した確かなパワーがある。樹木や生物全般に漲(みなぎ)る奇跡の力とも云えますが、人類に委(ゆだ)ねられた選択肢も多々あります。

 一年を四季と捉えた愉しい因習が多々あります。百年の歴史を、悲劇に対する憤りと共に語り続ける方々がいる。紀元二千年の歴史に、意味を与え様とする集団概念も多い。どれも、生き延びる必要から生じた叡智に違いありません。

 過去・現在・未来を観る視点だけ、少し変えてみませんか。人類の誕生は約一千万年前と云われる。その後、遥かな時空を超えて伝わった叡智の核が存在します。科学や考古学の物理的考証は、ほんの一面に過ぎません。迷信や似非哲学と混同され続けている精神世界の根本義は一体何か。発見が難しいにも関わらず、答えは意外と単純な処にあります。本ものの思想は、複雑にはなり得ません。より大きな観点の正しい見地に立てば門が観える。生命体系の創世は、今始まったばかりなのです。

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きいて!きいて!
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