煩悩と私(煩悩の分類と執着)
煩悩は「唯識三十頌」では次のように分類されています。
[煩悩]…6種
貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)・慢(まん)・疑(ぎ)・悪見(あくけん)
[随煩悩]…20種
忿(ふん)・恨(こん)・覆(ふく)・悩(のう)・嫉(しつ)・慳(けん)・誑(おう)・諂(てん)・害(がい)・憍(きょう)・無慚(むざん)・無愧(むき)・掉挙(じょうこ)・惛沈(こんぢん)・不信(ふしん)・懈怠(けたい)・放逸(ほういつ)・失念(しつねん)・散乱(さんらん)・不正知(ふしょうち)
さらに「歎異鈔」には, 次のような厳しい語句があります。
「久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく, いまだむまれざる安養浄土はこひしからずさふらふこと, まことに, よくよく煩悩の興盛にさふらふにこそ」
「自身はこれ現に罪悪生死の凡夫, 曠劫よりこのかたつねにしづみ, つねに流転して出離の縁あることなき身としれ」
「われらが身の罪悪のふかきほどをもしらず, 如来の御恩のたかきことをもしらずまよへるを, おもひしらせんがためにてさふらひけり」
「まことに, 如来の御恩ということをばさたなくして, われもひとも「よしあし」ということをのみ申しあえり」
上述の四苦八苦の煩悩が昼夜を問わず脳裏から離れなくなるとき最も苦痛を感じます。この苦痛から逃れたい解消したい気持ちが一杯になることがしばしばです。苦しめば苦しむほど,ますますその気持ちは増幅されます。人生に対して投げやりになります。
迷える者は「六道輪廻…地獄, 畜生, 餓鬼, 修羅, 人間, 天上の6つの境涯を輪廻」して「罪悪深重, 煩悩熾盛」に苦しみ, 「逃れたい, 避けたい,助かりたい」という気持ちが生じます。
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