曲がり角で みつけたもの

思秋期になり曲がり角に差し掛かってきました。その中で感じた事、見つけたものを記事にしていきます。

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清見寺 五百羅漢  新たに発見の羅漢さん

2013年03月17日 | 史跡

現在の心の寄り心、清見寺の五百羅漢。

前回は隣の瑞雲院の方を見て時間切れだったので、ちょっと消化不良で、行きたいな見に行きたいなと思いながら雑用に埋もれ…。でも先日洗濯機騒動で、結局1日棒に振ったが、連絡のついた昼過ぎ、「ごにょごにょに買い物に行ってきま~~す。」とごにょごにょはわざと聞こえないようにして、清見寺に行っちゃったん♪

先日ちらっと見かけた新たな羅漢さんのあるところを中心に行ったよ。(お堂の後ろと言う盲点に合った)

お堂の後ろに一列に並んだ羅漢さん

天を仰いで

お堂の後ろで人知れず

植え込みの陰で

草刈り後あらわれた羅漢さん。

まだ埋もれている羅漢さん。

この羅漢さん、何にまたがっているんでしょうか?

サザンカの落花が効いています。

花も野の花も一杯でした。→続く~~~(^^)v

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瑞雲院(ずいうんいん)にて by 8na 8na-club

2013年03月08日 | 史跡

8の付く日は 8na 8na-club の日です

清見寺奥の瑞雲院には、いたるところにお花がありました。

手入れも行き届き、心のこもった花があちこちに。

昔からの湧水。この水は東海道まで流れ旅人の喉を潤し、飢饉の時にも人々を救ったと伝えられる湧水です。

地蔵菩薩像

六地蔵

お参りしている方もいたので、思うように写せなかったのですが、これ以外にも花が一杯でした。心が和む、心が洗われる。そんな、瑞雲院のお庭でした。

※8na8na-clubは8の付く日にお花をとり上げる活動をしています。詳しくはawaさんのブログまで

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瑞雲院(ずいうんいん)

2013年03月08日 | 史跡

五百羅漢のある、清見寺

そこに臥龍梅があり、花が咲くのを見てみたいと思っていました。

2月28日、月初めが忙しい仕事をしているので、この日を逃したら、見に行けないと思って、思い切って訪ねてみましたが、花は固い蕾がぽつぽつあるだけでした。

臥龍梅を眺めていたら、通りかかったご婦人が、「隣のお寺のしだれ梅が咲いていると思うので、一緒に見に行きませんか?」と声を掛けてくれました。

隣にお寺?

清見寺の五百羅漢とお堂との間を抜けると、墓地があり、その奥に瑞雲院(ずいうんいん)がありました。

満開とはいきませんが、紅白1本ずつしだれ梅が咲いていました。

白い方はまだ背も低く見学者がいたので、写真は写せませんでした。

紅白の紅といいながら、もも色ですが、優しい花色がいい感じの花です。

満開になったらすばらしいでしょうね。ここ2日の暖かさで、たぶん満開か満開過ぎたかもしれないです。

白い方は少し緑かかった白で、木が若い事もあり、ちょっと固い感じがしましたが、枝ぶりはよかったので、こちらも是非写してみたい花です。

瑞雲院(ずいうんいん)のお堂の中には、

絵天井というのでしょうか?これと同じものが京都の有名なお寺にあるそうですが、

お堂の足元にあった看板。上からしか撮れなかったので、ちょっと読みにくいですが。

ここは観音霊場の札所のようです。清見寺の右手下の門のところに霊場とあるのですが、ここの事だったんですね。

まだまだ瑞雲院(ずいうんいん)の写真があります~~。続く~~(続きは8na8naです~~)

 

 

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明治時代の建物

2013年02月19日 | 史跡

駿府城跡の近くには、明治時代に建てられた建物がいくつかあります。

呉服町近くの明治の建物を訪ねてみました。

静岡銀行本店です。残念ながら上の方が切れてしまいましたが、丁度陽のあたり方がちょっと面白い状態になっていました。銀行前の自転車に注目です。

静岡市内は平坦なので、自転車での移動が普通です。

旧市役所のドームを裏側から見たところです。

駐輪場の上が公園になっていてそこからの撮影ですが、あまり、ここに上がってくる事はないかと思います。

サザンカの植え込みが盆栽仕立てでしたよ。

後で気がつきましたが、窓も凝っていますね。今はこの建物、市民ギャラリーとなっています。

今回は今まで、気がつかなかった静岡をプチ発見出来て、良かったです。(*^^)v

実はまだ、色々見つけたんですよ~~。ちょっと不思議なものもね(^_-)-☆  続く~~~

 

 

 

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駿府城跡の石垣

2013年02月18日 | 史跡

駿府公園の坤(ひつじさる)櫓裏(旧児童会館跡地)に石垣のモデルがありました。

裏側は

丁度この真裏になるところの石垣は部分的な修復で、モザイクのように時代がおりこまれています。

北御門の石垣

今 駿府公園は駿府城公園と名前を変えて、整備が進んでいます。

 

 

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埋もれて…五百羅漢

2012年12月21日 | 史跡

江戸時代中期に作られたと言われる清見寺の五百羅漢。

埋もれてしまっている羅漢さんも沢山。

そのお顔を拝見してきました。

 

 

こちらは、埋もれてというよりも倒れてですが、後ろにがっくりしてます。

でも、もともと後ろにのけぞるような姿だったんでしょうね。苦渋に満ちた表情と後ろにがっくしが、苦しみを思い切り表現しているような、羅漢さんです。

ツワブキの中に埋もれてますが、表情は穏やか。

本当に一体として同じお顔はありませんね。

5百羅漢の中には必ず自分と似ている羅漢さんがいると言われますが、私に似ている羅漢さんも、家族や、ああ、この人に似ているっていうのは一つもありませんでした。

10人十色どころか、千差万別。同じ顔の人はいないと言うことかもしれません。

埋もれながら何を見てきたんでしょうか。

 

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五百羅漢さん その後

2012年12月21日 | 史跡

少し考えるところがあって、清見寺の五百羅漢(リンク先にはこの記事を先頭に今までの五百羅漢の記事がすべてご覧いただけます。ずっと下の方までスクロールしてご覧くださいねm(__)m)を見に行きました。

なんか、眺めたくなったんだよね。

ブッタの亡くなった後、その教えを後世に残すため仏典の編集に携わったと言われる500人の弟子たちの、苦行中の様子をあらわしていると言われている五百羅漢。

なにせ、全く悟りなんてとてもとてもの私。

先日、奥の方へは行ってなかったので、修行中のお姿を拝見してきました。

なんかさ、埋もれているその姿こそ、真実のつうか、ありのままつうか、この世そのままを表しているような気がしてね。

と言う訳で、前回は、なんとなく奥の方へ(ちゃんと段はあるけど)踏み入れる勇気がなくて、そのまま通りすぎていた、奥の方の五百羅漢さんも見てきました。

みんな静かに修行中。

 

 

なかなか味のあるお顔

まるで宇宙人のようなお顔

中には観音様のようなお顔もいくつか。

  1. いよいよ、埋もれているお顔を拝見しに行きました次回は埋もれて…何百年のお姿を
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清見寺 踏切とその向こうに

2012年11月25日 | 史跡

清見寺の古い木戸を通り抜け、坂を下りると、踏切があります。

この、凸凹が清見寺の敷地内を電車が通っている象徴のようにも見えます。

踏切から総門と総門から山門へ向かう道が見えます。

線路の向こうの真ん中に見えるのが総門

その前の坂をぐるり回って山門へ向かう道です。

踏切を渡ると左手に、

河村孫太郎の墳があります。

元和3年と書かれているようですが、元和3年は西暦で言うと1617年に当たる年だそうです。その2年前の元和元年に大坂夏の陣がありました。

河村孫太郎というひとがどういう人物なのか調べてみましたが、よくわかりません。けれどもここ一角にかなり大きな墳ですので、何かこの地にかかわりのあった人物なんでしょうね。

この墳を横に見て進むと、観音霊場の門があり、観音様もありました。

電車は結構本数通ります。

そして、この霊場の門の手前に清見関の跡があります。

清見寺の歴史は清見関から始まっています。(リンク先をご覧くださいね)これでやっと清見寺のお話はおしまい。

長~~くお付き合い、ありがとうございましたm(__)m

あや~~、明日は、もう6のつく日=むし倶楽部の活動日です~~。ぶれぶれの写真しかないけど…(;一_一)よいかな???

 

 

 

 

 

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清見寺 鐘楼と潮音閣

2012年11月23日 | 史跡

清見寺総門のところから見える鐘楼です。

清見寺は敷地の中を東海道本線が通っているので、(→近くの興津駅の歴史を参照してくださいね)手前に見えているのは鉄道の架線などです。

その隣には同じ場所から見た「潮音閣」とよばれる宿泊施設だったところ。朝鮮使節や琉球施使節が、東海道を通る際の旅の宿泊所にもなっていたそうです。

鐘楼の歴史は、これまた古く、鐘の鋳造は正和3年西暦1314年と記されています。

 

掘り物もまた見事です。

 

鐘楼の前と言うのか裏と言うのか線路側に回って見ると、鐘が見えました。

そこから、潮音閣の建物と外へ通じる古い木戸が。

木戸も思いっきり古めかしいです。

 

潮音閣の屋根

やあねえなんて!

嫌いじゃありません。こんな感じ。

つうか、好きです。

うろこ雲と良い感じ。

潮音閣の入口になるのでしょうか?今は日本庭園の拝観入口になってます。

日本庭園も素晴らしいようですが、残念ながら、今回は見送り。時間をとって、じっくり眺めさせていただきたい。と思います。

それでは木戸をくぐって、下りて行きましょうか。

次回は踏切編です。

え?いつまでいるんじゃって?う~~んと、たぶん次回で終わるっしょ?だぶんね(^_^)v

 

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清見寺 大方丈と臥龍梅

2012年11月23日 | 史跡

清見寺の境内を山門から右に折れると現れるのが大方丈とよばれる建て物です。

徳川家康が今川義元の人質だったころ、この大方丈の書斎で手習い等していたそうです。

そして、ここに植えられている梅の古木。臥龍梅(がりゅうばい)

臥龍梅とよばれるこの梅の樹齢はおそらく400年ほど。家康が清見寺をだずねたのを記念して清見寺近くの清見潟から移植されたと言われています。今も新春に花を咲かせるそうです。枝ぶりもいいので、春に見に来たいです。

この前に休憩所があって、そこに、現代のアートがありました。

瓦などをうまく埋め込んで、モダンな敷石になっていました。

手前の方に紋の入った瓦もありますから、建物を修復する時に出た、廃材を利用しているのかもしれないですね。記述がないか探してみましたが、わかりませんでした。

 

次回は鐘楼と潮音閣です。しつこく続く~~ヽ(^o^)丿

 

 

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清見寺 五百羅漢 ツワブキの中で

2012年11月21日 | 史跡

丁度、ツワブキの花が満開でした。

良い感じに羅漢さんを飾ってくれます。

 

 

後姿も粋です

 

 

羅漢さんの晴れ姿です。

 

良い日にめぐり合えました。

仕事に行く途中(というか、これを見る為に早く出た)訪ねた清見寺。

羅漢さんはこれにて終了。

清見寺の記事はまだまだ続きま~す。しつこいけどm(__)m

 

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清見寺 五百羅漢  個性派編

2012年11月21日 | 史跡

あ~~、なんだかなあ~~

その話は、聞きたくないな~~

もう、みんな、ちょっと静かにしてくれない?

ファイト~~

 

みんなも早く悟りをひらきなさいよ。

と、ツワブキの中で、いいお顔です。

 

 

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清見寺 五百羅漢 段の上で

2012年11月20日 | 史跡

清見寺の五百羅漢は、石段を登って、更に右に大きく折れたところにも

更にもう一度大きく左に折れると、そこには沢山の羅漢さんがあらわれました。

通路の脇だけでなく、斜面に沢山の羅漢さんがいらっしゃるのがわかりますか?

一番上から下を見下ろしたところです。

羅漢さん、300以上見えてます。大きく見えている建物が仏殿。その奥の方に見えているのは興津の海。

今は東海道本線、新幹線に、国1バイパス、東名高速に、港の重機がたくさん見えて、あまり綺麗とは思えませんが、その昔は清見潟といわれる、景勝地でした。

 五百羅漢さんは、仏の没後、その教えを伝える為、仏の生前に聞いた釈迦の教えを集める作業に集まった 500人の弟子の姿と言われているそうです。

500人の弟子が第1回の仏教典結集(けつじゅう)に集まり、作業をしました。いづれも、それぞれの能力を生かし、正法を後世に伝える為、深山にこもってひたすらに修行にいそしむその姿は、肉は落ち、粗末な衣類、悟りを開くまでの苦行の姿が五百羅漢の姿と言われているそうです。

ここ、清見寺の五百羅漢の作者は

何人かで造られたのか、あるいはお一人が造られたのか?よくわかりませんが、五百人の姿を模した、それは確かなようです。

次回は個性的な、羅漢さんの特集です。

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清見寺 五百羅漢 

2012年11月18日 | 史跡

島崎藤村の小説(桜の実の熟する時)の一説にも出てくる清見寺の五百羅漢。

本堂を左に回ると、羅漢さんがあらわれる。

 

 

通路を隔てて右側(仏殿側)奥には、後生車がある。

小学校の時、そして、子どもが小学校に通っているころ遠足や家族とやってきた事がある。

その時には、回すのも軽くできたけれど、今はひずみが大きくなって、うまく回らない。

 

 

 

看板も埋もれてきてしまっている。

後ろの塀も今にも崩れてしまいそうになっている。

 

 

後生車のすぐうしろの羅漢さん

にらみをきかせています。

でも、上の方には穏やかなお顔の羅漢さんも。

真ん中に階段があり、確かここをあがると、海が見えたような…。

小学生の当時にもすごく高く高く上がって行ったように思ったけれど、本当にこの上に登れるのかな…。

近くに喧騒があるのに、ここは、しんとして、肌寒さは、単に気温が低いからだけでなく、人気はないのに、沢山の眼で睨まれているような…、不安な気持ちで、なんとなく、はじは歩きにくく、階段の真ん中を進んで行く。

階段が行き止まりのように見えたけれど、そこにも

よく見ると、草に覆われてしまった中にも沢山の羅漢さんがいた。

 

そして、ここから右に大きく曲がり、更に左に大きく曲がり、そこにも沢山の羅漢さんが。

続く~~。

 

 

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清見寺 仏殿

2012年11月17日 | 史跡

いよいよ、仏殿

個々の歴史については→清見寺のHPの中の清見寺の歴史をご覧ください。

清見関から始まった清見寺の歴史はこの仏殿の歴史でもあるようです。

五重の塔もあり

左手奥

わかります?

お待たせしました~~。

羅漢さんが見えてきましたよ。

もう、かなりの数が見えるでしょ?

次回はいよいよ、羅漢さん特集行きますよお~~~

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