旅限無(りょげむ)

歴史・外交・政治・書評・日記・映画

教科書問題の根っこ 其の壱

2005-06-04 09:49:30 | 外交・情勢(アジア)
■最初にお断りしておきますが、「旅限無」は扶桑社版の社会科教科書に全面的に賛成しているわけではありません。革命史観で書かれた教科書であろうと、古事記から書き起こす民族主義的な教科書を使おうと、小中学校の薄っぺらな教科書だけで「歴史」を教え尽くそうとする教育には反対します。学校に必ず設置されている図書館や地域に置かれている公共図書館、ゲーム・ソフトより安い金額で買える一般書籍で、必要な知識を更新する方法と習慣を与える教育を求めます。

■4月に中学校教科書の検定が終了しました。前回に盛り上がった「新しい歴史教科書を作る会」が編纂した扶桑社版教科書を採用させない運動は、今回はあまり見られないようです。日本国内が静かになると、何故かチャイナで起こった「反日暴動」の中に、ワザとらしく教科書問題を捻じ込もうとする動きが見られました。しかし、教科書自体を攻撃しようとしても、前回の熱心な反対運動が実って採用した学校がほとんど無かった事や、検定を通った教科書の中に具体的に吊るし上げる項目が見つからない事が明らかになって、「教科書問題」は「正しい歴史認識」へと言い換えられて、不特定多数の政治家が過去に行なった発言と、小泉総理の靖国参拝に攻撃は集中しているようです。

■しかし、「正しい歴史認識」に対立するのは日本の歴史教育の間違いで、その内容を規定しているのが教科書ですから、何がどうなっているのか、あちらの言い分とこちらの言い分が擦れ違い、こちらの中にもいくつかの意見が乱立している状態を整理するには、やはり教科書問題が発生した事情を知っておかないと、議論が見えて来ないのです。今回の教科書改訂は、前回ほどの政治的な運動が起こる事もなく、中学生の子を持つ親だけは、「ゆとり教育」用の薄っぺらな教科書が消えた事を喜んでいるようです。これも重大な問題なのですが、今回の御話とは区別して別の機会に論じましょう。

■日中韓の外交問題と、国内の「A級戦犯」問題や「靖国問題」とが混ぜ合わされている状態では、何が何やら分からなくなってしまいますので、ここでは「教科書」問題だけを取り上げます。なかなかまとまった資料が無いので、月刊『正論』平成14年11月号に掲載された検証対談を利用します。この記事は、元文部省初等中等局長の鈴木勲さんに、産経新聞論説委員の石川瑞穂さんがインタヴューしたものです。


昭和30年代から40年代には、教科書会社が過当競争をしていて、公正確保が最大の課題でした。自社の教科書を使ってもらうために教員らに物品を贈るという激しい競争が教科書会社の間にありました。教科書が無償になり、採択協議会制度をつくってから不正がなくなり、やれやれと思っていた。……市町村教育委員会が全国に3000ぐらいあるわけでしょう。その3000の教育委員会が公立中学校で扶桑社教科書を一冊も採択しなかったというのは……非常に残念ですね。


■日本社会の裏側が透けてみるような、実に不愉快な「贈収賄」話から始まるインタヴューは刺激的です。欧米のように、国家が教科書検定に介入しない方が良いという主張も有りますが、「先生方への贈り物」という悪習を指摘されると、欧米の市民社会と日本の村社会の違いを考えてしまいます。日本では、「お中元」と「お歳暮」を代表とする贈り物文化の根は深くて、職権にかかわる事を理由にしてどんなに法律を厳しくしても、「あいつは義理を欠いた!」の一言でコミュニティーから抹殺されるような習慣(伝統)が生きている限り、完全な自由競争にしてしまえば、学校教育の有力者を頂点とするピラミッドに湯水のような「賄賂」が注ぎ込まれるのは避けられないでしょう。今でも、卒業時に酒だの商品券だのを「お世話になった先生」に贈る習慣を堅持している地方は多いようですから、巨大な利権となる教科書採用をめぐる競争となれば、どんなことになるやら……。この問題は昭和30年代ではなく、今も残っている問題ですなあ。

教科書問題の根っこ 其の弐に続く

---------------------------
■関連記事
靖国雑感
旅限無中国考察特集
---------------------------

最新の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
TBありがとうございました! (鮎川龍人)
2005-06-04 13:13:06
おっしゃる通り、教科書問題は難しいのです。

本当は社会科などは小学校で終わりにして、その分、読書する時間を作りたいくらいです。

あるいは自由研究の時間とか?



特に歴史などは、人から教わるものではなく、多くの本を読んで、自分で考えるほうが、ずっと勉強になります。



まぁ、現状では絶対にできないでしょうけれど。



御帰還されたようですね。

お疲れ様でございます。

韓国では (Christopher)
2005-06-04 16:16:32
TBどうも有り難うございました。



日本との問題を意識し出す年頃は大学生あたりからのようです。高校生はそこまでの問題意識をまだ持っておらず話を聞いていたも日本フィールを楽しむ方がよさそうな感じが見えます。



歴史問題や教科書問題は根深く、そして根強い問題です。韓国の指導層の考え方がまず変らないことには長期間にわたりループする問題であることは、現在の韓国国民の教育や国民性から見ても恐らく間違いないと思われます。
鮎川さんへ (旅限無の留守番係)
2005-06-04 17:40:47
早速コメント頂きまして有難うございます。旅限無はまだ山篭り中でございます。頂いたコメントは旅限無に伝えておきます。

これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
Christopherさんへ (旅限無の留守番係)
2005-06-04 17:46:46
ご丁寧にコメント頂きまして有難うございます。現地から投稿されている貴ブログを興味深く拝読し、TBさせて頂きました。これからも宜しくお願いいたします。
TBありがとうございます! (fanson2004)
2005-06-04 21:25:20
教科書問題の根っこ・・・・とても勉強になりました!

注釈も面白く、読みやすくてどきどきしながら読んでおります。

目からざらざらと音を立ててウロコの落ちる思いです。

fanson2004さんへ (旅限無の留守番係)
2005-06-05 21:32:00
過分なコメント賜りまことに有難うございます。面白くて分りやすい記事を心がけて参りますので、今後とも宜しくお願いします。
TBありがとうございました (桜日)
2005-06-10 21:25:01
一般書籍で、必要な知識を更新する方法と習慣を与える教育 これには大賛成です。

自分で調べる事で本当の真実とは何か

見えてくるのだと思います。





桜日さんへ (旅限無の留守番係)
2005-06-12 22:21:37
返信遅くなり真に申し訳ございませんでした。ご丁寧にコメント頂き有難うございます。頂いたコメントはブログ主人・旅限無に伝えておきます。これからも遊びにいらしてください。

コメントを投稿