波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

絵本「100万回生きたねこ」

2012年05月29日 | 読書

 絵本「100万回生きたねこ」(作絵 佐野洋子:講談社)。「死Photo_10 ぬ気まんまん」を読み、真面目にこの大ベストセラー絵本を読み返した。初版が昭和52年。「ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした」という終わり方に絶句した。「死ぬ気…」に満ちる姿勢がここにあったからだ。絵本で表現された人生観を裏切らない大往生だったんだ。

 だれよりも自分がすきで、どんな飼い主もきらいだったからその飼い主が亡くなっても泣かなかった100万回生きたねこ。白いねこといっしょになり、子どもを育て、白いねこがなくなった時に100万回泣いたねこ。いつまでも白いねこと暮らしたいと思っていたねこ…生きる喜びとは自分以外のひとを好きになること、いっしょに生きること、自分を愛してくれたすべての人たちのことをわかること…それが未練無く死ねることを絵本で表現している凄さ。「死ねてよかった」と心底思う読後感、不思議な深い絵本。

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日曜にM中の運動会。気温7度、昨年は5度。思い出すと、M中の運動会はたいてい寒いか雨だった。生徒は一生懸命だった。驚くのは動画サイトで、リレーもソーランもその日のうちに全世界に発信されていること…便利だが怖い。

今日の朝刊、朝日も道新も1面トップは、原発事故検証の国会事故調査委報告。「プロメテウスの罠」で感じた気味悪さを思い出しつつ…菅氏談「原子力ムラ解体が原子力行政の抜本改革の第一歩」「最も安全な原発は、脱原発」にも、責任なすりあいのもどかしさ、何を今更の感じ…。

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エッセイ集「死ぬ気まんまん」

2012年05月27日 | 読書

Photo_2  「死ぬ気まんまん」(佐野洋子:光文社)、題名も凄まじいが、突き抜けた人生観とその生活態度に驚く。生と死、仕事と生きがい、お金や欲望、友人、家族、…文章でしかわからないが、立男の周りにはこういう人物はいない。なぜいないのだろう?と思った。この本第一の感想だ。きっと身近にこんな人はいたはずだが、立男に見る姿勢と、見る目が無かったのだろう。

    対談等を含め4部構成。題名にもなったエッセー部分は、「私が愛する人は皆、死人である。私は知りたい。死んでも憎みたい人がこれから先出てくるのだろうか。あの嫌な奴も死ねば許せるのだろうか。」で始まり、「死んでも許せない人など誰もいない。そして世界はだんだん寂しくなる」で終わる。

 立男は50代中頃、死生観に直面せざるを得なくなった。何か結論が必要だったわけでは無い。 それまで考える必要がなかったのが、そういかなくなったからだ。その頃、この作者の本と出会った。妬まない生き方の素敵さを知った。今回はより強烈に、それを感じた。 今回、お前は一体何がしたいのだ、そのための覚悟はどのくらいあるのだ…と強く尋ねられたような…。
    立男は昔から72歳ごろが人生の散り際だと思っていた。男が早死にの家系だからこれでも長い方だ。今はそれより少し長く80歳ぐらいは欲しいと思う。20年あれば「死ぬ気淡々」の境地に向かって何か一つぐらいは出来るかもしれない。作者は72歳で生涯を閉じた。遺作が本書。 

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生命保険を整理中。そんな潮時だ。要するにお金の問題。だが、後何年生きるのか?病気や介護はどうするか?何にお金がかかりそうか?の予想でシビア。色々ありましたが、お爺さんとお婆さんは仲良く暮らしました…という今後の予想を、立男とママヨさんは笑いながら…まあ何とかなるわいなと(笑)年下の配偶者をもらう予定も2人には無いし…。無いはずだし…。

先週、T中の研究授業を見せてもらった。教室の後ろのドアを開けて入って子どもたちが後ろを振り向かないで集中している。プロの先生たちの仕事だと思った。

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【その61】  顔色

2012年05月24日 | 【保管】一寸凡師コラム
Photo  最近「顔色悪いですよ?」とよく言われる。気持ちの弱い凡師は「あれ、俺ちょっとどっか悪いのかな? 少し休んだ方がいいのかな? 大丈夫かな?」と、簡単にメンタル面が崩れていく。凡師は自分のことを「炎のストライカー」と形容するが、ペナルティキックを蹴る前に「顔色悪いよ?」と言われたら、ボールを芯でとらPhoto_3 えることは難しいだろう。

    さて、顔色といえば我が愛車。持ち主に似て顔色が悪い。夜道の運転がしづらいということで、ヘッドライトをハロゲンからHIDに変更。もちろんDIYで。明るさに大満足したのもつかの間。今度はスモールランプ(ポジションランプ)の色が気になってきた。ヘッドライトに比べると、スモールランプがぼんやりと黄色いのだ。そこで、荒馬さんには内緒でスモール用の真っ白なLEDを入手。これで顔色もすっきり。男前になった。

    人も車も「顔色」は大事。ただ、今回変更したスモールランプ。運転している自分からは全く見えない。完全な自己満足の世界なのだ。あとは、荒馬さんの顔色を読み違えないようにするのみである。
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授業   №12

2012年05月22日 | 新聞掲載

Photo   おやつのあたらない小学生時代だった。向かいの家にスモモが鈴なりに実った。背中に響く窓越しの「ドロボー」の怒鳴り声も、逃げ道途中の肥だめも、甘い誘惑の前に障害ではなかった。
 許容範囲のつまみ食い、おいしく刺激的なゲームだと錯覚した。仲間同士、1日1人3個のルールなんかも作って楽しんだ。
 しかしこの恵みは、白々と光る切り株を残して突然終わった。信心深く優しいとうわさされたその家のおじさんが、のこぎりで切ったのだ。何とも言えない失望と怖さを感じた。

 朝刊配達の時はナシを見つけた。スモモとは別の家の高く金網を巡らした厳重な畑で、屋根の高さに実っていた。忍者に魅せられていた私は素早く金網を登り、難なく屋根に飛び移って1個もいだ。
 一仕事終えた気分で朝焼けの町を見下ろしていた時だ。軒下から仁王立ちの丹前姿のおじさんに、「上にいるのは誰だ」と怒鳴られた。スモモの恐怖感が突然襲った。やっとの思いで、「新聞配達です」と返事した。すると、「何だそうか、気をつけて下りなさい」と言い残しておじさんは消えた。私は震えが止まらなかったはずだ。

 この二つの話は一見対極だが、大人が子どもにしてくれた一対の授業だ。
 やっと暖かくなった今年の5月、ふるさと旭川でふと目にした、白い小粒の花が咲き誇る樹は、間違いなくスモモだった。                           (5/22 北海道新聞)


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染色家の芹沢銈介展を旭川美術館で。生活の美をこんな色と形と風合いで昇華させられるることに驚嘆。偶然、ここで中学時代の美術の先生に。4月に「朝の食卓」で書いた恩師。不思議なご縁だ。先生が若い頃からこの作者の文字を学んだことを知った。

ママヨさんが、今回の「授業」に苦言。もう立男は、子ども時代の悪さを書いても良い境遇になったと思ったのだが…。

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【その60】 花咲か凡師とチーズ 

2012年05月17日 | 【保管】一寸凡師コラム

Photo
 ようやく凡師の住む地域でも桜がチラホラと。何度見ても、桜は素晴らしい。普段は酒を飲まない凡師だが、桜を見ると外で宴会をしたくなる。きっと凡師のDNAには組み込まれているのだ。「桜を見たら、ウキウPhoto キするべし!」と。

   ライダー凡師が初めて購入したビッグバイクは1200cc。大きなトランクが装備されており、長距離旅行も楽にこなす「ツアラー」だった。このバイク初の旅行は、荒馬さんと2人乗りで行った「静内・桜見物」。満開にはほど遠い桜だったが、並木道を見ていると、満開時の光景が目に浮かぶようだった。このバイクにはシートヒーターも装備され、バイク屋のオヤジ曰く「後ろに乗っている人が眠る」ほどの一品。「まさかねぇ?」と言っていた荒馬さんだったが、「ほとんど風も当たらず、お尻と背中はポカポカで、座り心地の良いシート」についウトウトする場面も。とってもいい思い出。

  今週末、荒馬さんと桜を見ながら思い出話にも花を咲かせたい。息子の大好きなチョコレートとチーズも用意。チーズはもちろん「咲き咲き(さきさき)チーズ」で。

           ………… 60記念コラム…………

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