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仕事に集中力を欠き、考えがまとまらない。そんな時に書店で、表紙の「夢を夢のままで終わらせない」に魅せられ、ロバート・ハリス著『人生の100のリスト』を手にした。著者19歳の時、これからの人生を歩む100のリスト作りに夢中になり、その後そのシナリオのとおりに世界を放浪しながら、「うつ」や父親との確執の違いから解放され、今を生きている自伝である。リストの中には「ギャンブルで飯を喰う」とか「男と恋をする」「ヌードモデルになる」等思わず眉をしかめたくなるものもあるが、夢があれば生きていける、と力強さを感じさせる一冊であった。
ところで、今全国で、ひきこもり等で支援を必要とする若者は150万人とも200万人とも推定され、総務省、文科省、厚労省、経産省等国を挙げてこれらの若者支援に取り組んでいる。那覇では昨年4月に「サポートステーションなは」が全国92番目として開所した。そこに来所する若者に「なにかおいしいもの食べない?」「映画でも観にいこうか?」と誘っても異口同音に「・・・・」「・・・・」「別に・・・」が返ってくる。彼らの様子から思わず井伏鱒二の「山椒魚」が浮かんだ。安全な岩屋にこもった魚が、月日の経過で体が大きく生長し外にでられなくなった話しであるが、以前はこれをユーモアと解したが、近頃どうも青年期特有の現象を描いたようにも思えてきた。
『100のリスト』で、62歳の私でも夢の力を教えられ、ベットの中で一つ二つと夢のリストを挙げ、明日を楽しみにしている。外に出ることをためらっている若い彼らに、夢の効用を伝えたい。夢は自由で壮大で大小なんて関係ない。夢があればなんくるないさ。
写真は那覇空港に隣接する瀬長島の干潟です。狭い干潟ですが見方によっては雄大なゴビ砂漠かな、と思ったりしています。
ところで、今全国で、ひきこもり等で支援を必要とする若者は150万人とも200万人とも推定され、総務省、文科省、厚労省、経産省等国を挙げてこれらの若者支援に取り組んでいる。那覇では昨年4月に「サポートステーションなは」が全国92番目として開所した。そこに来所する若者に「なにかおいしいもの食べない?」「映画でも観にいこうか?」と誘っても異口同音に「・・・・」「・・・・」「別に・・・」が返ってくる。彼らの様子から思わず井伏鱒二の「山椒魚」が浮かんだ。安全な岩屋にこもった魚が、月日の経過で体が大きく生長し外にでられなくなった話しであるが、以前はこれをユーモアと解したが、近頃どうも青年期特有の現象を描いたようにも思えてきた。
『100のリスト』で、62歳の私でも夢の力を教えられ、ベットの中で一つ二つと夢のリストを挙げ、明日を楽しみにしている。外に出ることをためらっている若い彼らに、夢の効用を伝えたい。夢は自由で壮大で大小なんて関係ない。夢があればなんくるないさ。
写真は那覇空港に隣接する瀬長島の干潟です。狭い干潟ですが見方によっては雄大なゴビ砂漠かな、と思ったりしています。
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昨年、古蔵中学校の合唱コンクールに那覇市民会館へ伺いました。全クラスエントリー後の審査講評の時、ゲスト審査員が、突然校長を舞台に呼び寄せ「私と校長とで今から“秋”を二部合唱します」との宣言に校長は勿論大あわてでしたが、素晴らしい合唱に生徒も観客もドキドキしながらも聴き入りました。ゲスト審査員は「私と校長は友だちで互いに信頼しています。だから突然でもこうしてハモることができました」と信頼しあうことの大切さを中学生に伝えられました。
また同じ頃、真和志高校のボランティア活動に世界遺産識名園にご一緒しました。園内の芝生に混入した雑草をピンセットで取るような細かい作業に生徒たちが熱中している、その時引率の教頭が私を「ちょっと」と呼ばれ連れていかれた場所は園内の育徳泉でした。教頭はかなり興奮した状態で「ここですよ。ここなんですよ。僕が子どもの頃清明祭で母や叔母たちと来た場所は・・・50年ぶりの発見です」と繰り返され、その表情から先生のお人柄を垣間見たようで、思わず「良かったですね」を私も連発しました。
そして、今年1月豊見城市上田小学校に「沖縄県学校支援本部事業」の事例発表会に伺いました。仰々しい名前ですが、内容は学校と地域の連携です。上田小学校では安全の見守りや、英語、書道、家庭科等々の授業に地域の多くの人たちが参加しています。授業では地域からの「助っ人」を得て、先生の教室に響きわたる大声もなく、子どもたちも楽しそうでした。ボランティアの上原さんは、学校に来ることが大好きだそうです。登録ボランティアはなんと120名ですが、まだまだ増えそうだと校長はうれしそうでした。 ところで、何と言っても陰の立て役者はネットワーカーの金城さんです。元公民館館長としてのネットを最大活用されている技はたいしたものです。脱帽です。学校は、いつも素晴らしい発見と驚きと感動と出会いの場だと私は思います。
また同じ頃、真和志高校のボランティア活動に世界遺産識名園にご一緒しました。園内の芝生に混入した雑草をピンセットで取るような細かい作業に生徒たちが熱中している、その時引率の教頭が私を「ちょっと」と呼ばれ連れていかれた場所は園内の育徳泉でした。教頭はかなり興奮した状態で「ここですよ。ここなんですよ。僕が子どもの頃清明祭で母や叔母たちと来た場所は・・・50年ぶりの発見です」と繰り返され、その表情から先生のお人柄を垣間見たようで、思わず「良かったですね」を私も連発しました。
そして、今年1月豊見城市上田小学校に「沖縄県学校支援本部事業」の事例発表会に伺いました。仰々しい名前ですが、内容は学校と地域の連携です。上田小学校では安全の見守りや、英語、書道、家庭科等々の授業に地域の多くの人たちが参加しています。授業では地域からの「助っ人」を得て、先生の教室に響きわたる大声もなく、子どもたちも楽しそうでした。ボランティアの上原さんは、学校に来ることが大好きだそうです。登録ボランティアはなんと120名ですが、まだまだ増えそうだと校長はうれしそうでした。 ところで、何と言っても陰の立て役者はネットワーカーの金城さんです。元公民館館長としてのネットを最大活用されている技はたいしたものです。脱帽です。学校は、いつも素晴らしい発見と驚きと感動と出会いの場だと私は思います。
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案外誰もが知っているようで知らない言葉に「公民館」があります。時折、公民館について話し合っているつもりなのに、話がかみ合わなくなることが多々あることからも、そのことがよくわかります。
それは公民館には二種類あることが原因です。一つは自治公民館であり、もう一つは条例公民館です。身近には自治公民館が多く、自治会・区・字等がお金を出し合って自主的に運営管理している施設であり、コミニティーの核として存在しています。もう一つの条例公民館は市町村が社会教育法第21条にのっとり、社会教育施設として設置し教育委員会が一般には管理運営に当たっています。全国に約1万7千館もあります。
ところで、条例公民館の設置は1946年、戦後まもなく当時の文部省、寺中作雄氏が焦土と化した国を再建するために、平和で文化的な民主主義国家を創るには、何国にも強制されることなく、自らが主権者である自覚を持った国民を育てることを目的に、大人の学校として全国に普及させました。その理念は参加型市民社会、いわゆる住民による「むらおこし、まちづくり」の仕掛けでした。公民館は住民の自治能力の向上、郷土産業の育成、文化教養の育成等に大きく貢献し、戦後の混乱期を希望あるもにしました。しかし65年を経た今、大きな変容を迫られているのも現状です。
5年前、那覇市繁多川公民館で、初の民間運営(公設民営)に就き、私たちは「寺中構想」を読み解き「基本に戻ろう」を合い言葉にしました。それは今、戦後以上に複雑多様化し、だれもが「生きにくい」社会、コミニティーの衰退、個々がアイデンティテッーを失いかけているからです。今こそ公民館は培ったノウハウを発揮すべきだと思います。
それは公民館には二種類あることが原因です。一つは自治公民館であり、もう一つは条例公民館です。身近には自治公民館が多く、自治会・区・字等がお金を出し合って自主的に運営管理している施設であり、コミニティーの核として存在しています。もう一つの条例公民館は市町村が社会教育法第21条にのっとり、社会教育施設として設置し教育委員会が一般には管理運営に当たっています。全国に約1万7千館もあります。
ところで、条例公民館の設置は1946年、戦後まもなく当時の文部省、寺中作雄氏が焦土と化した国を再建するために、平和で文化的な民主主義国家を創るには、何国にも強制されることなく、自らが主権者である自覚を持った国民を育てることを目的に、大人の学校として全国に普及させました。その理念は参加型市民社会、いわゆる住民による「むらおこし、まちづくり」の仕掛けでした。公民館は住民の自治能力の向上、郷土産業の育成、文化教養の育成等に大きく貢献し、戦後の混乱期を希望あるもにしました。しかし65年を経た今、大きな変容を迫られているのも現状です。
5年前、那覇市繁多川公民館で、初の民間運営(公設民営)に就き、私たちは「寺中構想」を読み解き「基本に戻ろう」を合い言葉にしました。それは今、戦後以上に複雑多様化し、だれもが「生きにくい」社会、コミニティーの衰退、個々がアイデンティテッーを失いかけているからです。今こそ公民館は培ったノウハウを発揮すべきだと思います。
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今年、琉球新報のコラム「南風」に参加することになりました。
これは第1回の原稿ですが、この後6ヶ月、全部で12回の役割です。
第1回目でもあることから、多少お祝儀的なテーマにしました。
題:世界一素敵な街なは
今年は、ベランダに花を植えようと決心しました。それは、昨年の暮「プランターで緑化を始めよう!!」のチラシを手にした時に決めました。
広告主の那覇市環境保全課に真意をお尋ねしましたら、モノレール沿いのとりあえず約千世帯の屋上、壁面、ベランダ等に緑化をお願いし観光客を緑と花でお迎えしたいとのことでした。モノレール開業6年、橋架下が立派なグリーンベルトとなって那覇の街に彩りを添えていますが、その幅が広がることになります。
那覇の街にずいぶんと緑が増えてきました。同じく数年前より市内の道路ボランティア約50団体が、街路樹のマスを花で飾っています。私の近所では「さつき通り会」や「赤嶺ゆまーる通り会」の花々が登下校の子どもたちを見守ってくれています。
また、昨年の夏は総合青少年課が提唱した「ゴーヤー運動」では55小中学校や沢山の家庭でゴーヤーが約2千本も植えられ緑のカーテンとして地球温暖化防止に貢献できました。特にモノレール牧志駅から見える壺屋小学校のゴーヤーカーテンは見事でした。私も生まれて初めての農業体験として2本のゴーヤーをプランターに植え家族で収穫を楽しみました。
ところで、今年2月には仲井真中学校区では学校の前を流れる国場川の両岸に沖縄建設弘済会の助成を受け、約40本の桜の苗木を植えます。ラムサール条約に登録されている漫湖からその上流国場川の緑あふれるウオーターフロント計画を、地域の誰もが心の中に持っています。その一つが今回の「国場川桜並木プロジェクト」です。地域では、モノレールと国場川に沿った水と緑がクロスする見事なグリーンベルトで、「世界一素敵な街なは」を夢見ています。今年も私は、その壮大な夢の実現に向けて協働の小さな一歩に参画します。
申し遅れましたが、明けましておめでとうございます 半年間、どうぞ私の他愛ない四方山話に、お付き合いください(*^_^*)
これは第1回の原稿ですが、この後6ヶ月、全部で12回の役割です。
第1回目でもあることから、多少お祝儀的なテーマにしました。
題:世界一素敵な街なは
今年は、ベランダに花を植えようと決心しました。それは、昨年の暮「プランターで緑化を始めよう!!」のチラシを手にした時に決めました。
広告主の那覇市環境保全課に真意をお尋ねしましたら、モノレール沿いのとりあえず約千世帯の屋上、壁面、ベランダ等に緑化をお願いし観光客を緑と花でお迎えしたいとのことでした。モノレール開業6年、橋架下が立派なグリーンベルトとなって那覇の街に彩りを添えていますが、その幅が広がることになります。
那覇の街にずいぶんと緑が増えてきました。同じく数年前より市内の道路ボランティア約50団体が、街路樹のマスを花で飾っています。私の近所では「さつき通り会」や「赤嶺ゆまーる通り会」の花々が登下校の子どもたちを見守ってくれています。
また、昨年の夏は総合青少年課が提唱した「ゴーヤー運動」では55小中学校や沢山の家庭でゴーヤーが約2千本も植えられ緑のカーテンとして地球温暖化防止に貢献できました。特にモノレール牧志駅から見える壺屋小学校のゴーヤーカーテンは見事でした。私も生まれて初めての農業体験として2本のゴーヤーをプランターに植え家族で収穫を楽しみました。
ところで、今年2月には仲井真中学校区では学校の前を流れる国場川の両岸に沖縄建設弘済会の助成を受け、約40本の桜の苗木を植えます。ラムサール条約に登録されている漫湖からその上流国場川の緑あふれるウオーターフロント計画を、地域の誰もが心の中に持っています。その一つが今回の「国場川桜並木プロジェクト」です。地域では、モノレールと国場川に沿った水と緑がクロスする見事なグリーンベルトで、「世界一素敵な街なは」を夢見ています。今年も私は、その壮大な夢の実現に向けて協働の小さな一歩に参画します。
申し遅れましたが、明けましておめでとうございます 半年間、どうぞ私の他愛ない四方山話に、お付き合いください(*^_^*)
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あけましておめでとうございます。昨年中はつまらないおしゃべりにお付き合いくださいましてありがとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
さて、今日は私の実質的な仕事始めでした。
那覇市繁多川公民館恒例の「もちつき会」に参加しました。写真は「もちつき会」終了後の「おつかれさん会」の風景です。「もちつき会」に参加したボランティアの青年たちですが、もちろん社会教育施設ですので意図的に青年を地域に絡ませた結果、5〜60人の青年が集まってくれました。メンバーは石田中学校成人式実行委員会や石田中学校や松城中学校その他から集まった青年たちです。
彼らを見守るOさん(年齢25,6歳 男)を発見し話しかけてみました。彼は、大学時代から地域の若者グループのリーダー的な存在です。
開口一番「いやー女性が元気でね・・・」です。その言葉の裏には「男性ももっと頑張って欲しい!」という願いが込められていました。
私も日頃そのことを感じていましたので、エイサーの大太鼓やハーリーの漕ぎ手そして今や旗頭の担い手として女性が進出しつつあります。
かって、エイサーの大太鼓を若者の力強さに心躍らせた話しをしながら「せめて旗頭は女人禁制にしたい」と意見が一致しました。
男子の領分に女子がドンドン踏み込み、なんとなく男子に覇気が失せてきました。ジェンダー論者から非難を浴びそうであるが、やはり男の領分、女の領分があると私は思います。男は男の役割があると思います。その役割を担える「男の子教育」もあってはいいのでは?
子どもは生まれて保育所の保母さんに、幼稚園では保育士さんに、そして小学校では女性教師にと、多くは女性によって育てられます。問題は離婚率が40〜50%で一人親しかも母親との家庭が多く男、父親を知らなくて生長するため、心のバランスを欠くと考えます。よって保育、教育の現場には男女の比率を考えた配慮がほしいと考えています。
もっと「男らしさ」「男の出番」を意図する必要がある、と私たちは話しが盛り上がりました。
繁多川公民館での「おつかれさん会」も女性が中心で、隅のほうに男性がポチポチと座っています。なんでかね〜です。
さて、今日は私の実質的な仕事始めでした。
那覇市繁多川公民館恒例の「もちつき会」に参加しました。写真は「もちつき会」終了後の「おつかれさん会」の風景です。「もちつき会」に参加したボランティアの青年たちですが、もちろん社会教育施設ですので意図的に青年を地域に絡ませた結果、5〜60人の青年が集まってくれました。メンバーは石田中学校成人式実行委員会や石田中学校や松城中学校その他から集まった青年たちです。
彼らを見守るOさん(年齢25,6歳 男)を発見し話しかけてみました。彼は、大学時代から地域の若者グループのリーダー的な存在です。
開口一番「いやー女性が元気でね・・・」です。その言葉の裏には「男性ももっと頑張って欲しい!」という願いが込められていました。
私も日頃そのことを感じていましたので、エイサーの大太鼓やハーリーの漕ぎ手そして今や旗頭の担い手として女性が進出しつつあります。
かって、エイサーの大太鼓を若者の力強さに心躍らせた話しをしながら「せめて旗頭は女人禁制にしたい」と意見が一致しました。
男子の領分に女子がドンドン踏み込み、なんとなく男子に覇気が失せてきました。ジェンダー論者から非難を浴びそうであるが、やはり男の領分、女の領分があると私は思います。男は男の役割があると思います。その役割を担える「男の子教育」もあってはいいのでは?
子どもは生まれて保育所の保母さんに、幼稚園では保育士さんに、そして小学校では女性教師にと、多くは女性によって育てられます。問題は離婚率が40〜50%で一人親しかも母親との家庭が多く男、父親を知らなくて生長するため、心のバランスを欠くと考えます。よって保育、教育の現場には男女の比率を考えた配慮がほしいと考えています。
もっと「男らしさ」「男の出番」を意図する必要がある、と私たちは話しが盛り上がりました。
繁多川公民館での「おつかれさん会」も女性が中心で、隅のほうに男性がポチポチと座っています。なんでかね〜です。
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今年もヒーヒーあえぎながら(本当の姿ではないのですが)ブログを書いてきました。
だらしないな〜と反省することしきりです。
さて、来年1月から琉球新報「南風」の欄に投稿することになりました。半年間の作業です。一昨日原稿を送りましたので今回はそれをここに一足先に載せます。
ご笑覧ください。
今年は、ベランダに花を植えようと決心しました。それは、昨年の暮「プランターで緑化を始めよう!!」のチラシを手にした時に決めました。
広告主の那覇市環境保全課に真意をお尋ねしましたら、モノレール沿いのとりあえず約千世帯の屋上、壁面、ベランダ等に緑化をお願いし観光客を緑と花でお迎えしたいとのことでした。モノレール開業6年、橋架下が立派なグリーンベルトとなって那覇の街に彩りを添えていますが、その幅が広がることになります。
那覇の街にずいぶんと緑が増えてきました。同じく数年前より市内の道路ボランティア約50団体が、街路樹のマスを花で飾っています。私の近所では「さつき通り会」や「赤嶺ゆまーる通り会」の花々が登下校の子どもたちを見守ってくれています。
また、昨年の夏は総合青少年課が提唱した「ゴーヤー運動」では55小中学校や沢山の家庭でゴーヤーが約2千本も植えられ緑のカーテンとして地球温暖化防止に貢献できました。特にモノレール牧志駅から見える壺屋小学校のゴーヤーカーテンは見事でした。私も生まれて初めての農業体験として2本のゴーヤーをプランターに植え家族で収穫を楽しみました。
ところで、今年2月には仲井真中学校区では学校の前を流れる国場川の両岸に沖縄建設弘済会の助成を受け、約40本の桜の苗木を植えます。ラムサール条約に登録されている漫湖からその上流国場川の緑あふれるウオーターフロント計画を、地域の誰もが心の中に持っています。その一つが今回の「国場川桜並木プロジェクト」です。地域では、モノレールと国場川に沿った水と緑がクロスする見事なグリーンベルトで、「世界一素敵な街なは」を夢見ています。今年も私は、その壮大な夢の実現に向けて協働の小さな一歩に参画します。
申し遅れましたが、明けましておめでとうございます 半年間、どうぞ私の他愛ない四方山話に、お付き合いください(*^_^*)
今日はイブメリークリスマス!
だらしないな〜と反省することしきりです。
さて、来年1月から琉球新報「南風」の欄に投稿することになりました。半年間の作業です。一昨日原稿を送りましたので今回はそれをここに一足先に載せます。
ご笑覧ください。
今年は、ベランダに花を植えようと決心しました。それは、昨年の暮「プランターで緑化を始めよう!!」のチラシを手にした時に決めました。
広告主の那覇市環境保全課に真意をお尋ねしましたら、モノレール沿いのとりあえず約千世帯の屋上、壁面、ベランダ等に緑化をお願いし観光客を緑と花でお迎えしたいとのことでした。モノレール開業6年、橋架下が立派なグリーンベルトとなって那覇の街に彩りを添えていますが、その幅が広がることになります。
那覇の街にずいぶんと緑が増えてきました。同じく数年前より市内の道路ボランティア約50団体が、街路樹のマスを花で飾っています。私の近所では「さつき通り会」や「赤嶺ゆまーる通り会」の花々が登下校の子どもたちを見守ってくれています。
また、昨年の夏は総合青少年課が提唱した「ゴーヤー運動」では55小中学校や沢山の家庭でゴーヤーが約2千本も植えられ緑のカーテンとして地球温暖化防止に貢献できました。特にモノレール牧志駅から見える壺屋小学校のゴーヤーカーテンは見事でした。私も生まれて初めての農業体験として2本のゴーヤーをプランターに植え家族で収穫を楽しみました。
ところで、今年2月には仲井真中学校区では学校の前を流れる国場川の両岸に沖縄建設弘済会の助成を受け、約40本の桜の苗木を植えます。ラムサール条約に登録されている漫湖からその上流国場川の緑あふれるウオーターフロント計画を、地域の誰もが心の中に持っています。その一つが今回の「国場川桜並木プロジェクト」です。地域では、モノレールと国場川に沿った水と緑がクロスする見事なグリーンベルトで、「世界一素敵な街なは」を夢見ています。今年も私は、その壮大な夢の実現に向けて協働の小さな一歩に参画します。
申し遅れましたが、明けましておめでとうございます 半年間、どうぞ私の他愛ない四方山話に、お付き合いください(*^_^*)
今日はイブメリークリスマス!
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12月9日
那覇市内のある高校の環境教育クリーン作戦に参加しました。
この学校は特に今年度、学校を地域に開きたいという学校の思い入れがあって、様々な機会を見つけ地域に関わることを指導しておられます。
2年生総出で学校の近くにある世界遺産「識名園」の清掃を含む、近隣の清掃です。この様子を見た近隣の人たちはどう思ったことでしょうか?
これまで、小学校中学校は「地域と連携」を合い言葉に、地域に学ぶことを沢山仕掛けてきました。ところが、高校はなかなか地域とつながることが難しいようでした。学校は、通学区が広く地域がないのです、とおっしゃってこられました。
その難しさを超えて、今年度は「地域に出よう!」を合い言葉に高校生があらゆる場面に参加するようになりました。
一方地域の人たちはどうでしょうか?
きっと地域と関わろうとする青年達をみて、沢山の若者の存在を確認でき将来に希望を持つことになるでしょう。将来地域を担ってくれる若者の存在が安心につながると思います。
もうすでに、地域から支えられる学校から、地域を支える学校に変容すべきであると思います。そのような気概を学校に欲しい。
ちなみに この高校は翌日パレット久茂地で開催された、障害者のための「肝どんどんコンサート」にプロの奏者に混ざって出演したり、裏方の仕事も引き受けてくれました。この日のコンサートの入りは400席、ほぼ満席だったそうです。
観客の前にたった生徒たちはきっと明日への自信に繋げることができたとおもいます。
那覇市内のある高校の環境教育クリーン作戦に参加しました。
この学校は特に今年度、学校を地域に開きたいという学校の思い入れがあって、様々な機会を見つけ地域に関わることを指導しておられます。
2年生総出で学校の近くにある世界遺産「識名園」の清掃を含む、近隣の清掃です。この様子を見た近隣の人たちはどう思ったことでしょうか?
これまで、小学校中学校は「地域と連携」を合い言葉に、地域に学ぶことを沢山仕掛けてきました。ところが、高校はなかなか地域とつながることが難しいようでした。学校は、通学区が広く地域がないのです、とおっしゃってこられました。
その難しさを超えて、今年度は「地域に出よう!」を合い言葉に高校生があらゆる場面に参加するようになりました。
一方地域の人たちはどうでしょうか?
きっと地域と関わろうとする青年達をみて、沢山の若者の存在を確認でき将来に希望を持つことになるでしょう。将来地域を担ってくれる若者の存在が安心につながると思います。
もうすでに、地域から支えられる学校から、地域を支える学校に変容すべきであると思います。そのような気概を学校に欲しい。
ちなみに この高校は翌日パレット久茂地で開催された、障害者のための「肝どんどんコンサート」にプロの奏者に混ざって出演したり、裏方の仕事も引き受けてくれました。この日のコンサートの入りは400席、ほぼ満席だったそうです。
観客の前にたった生徒たちはきっと明日への自信に繋げることができたとおもいます。
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11月16日(月)
那覇市古蔵中学校の校内合唱コンクールと学習発表会におじゃましました。発表会場は那覇市民会館でした。
生徒達は、これまでの学校の体育館と違って緊張した状況が伺えて、なかなかいい雰囲気のなか、インフルエンザでこの日の朝、学級閉鎖が決まった学級を除いて17クラスが、多少声を出す恥ずかしさを伺わせながら、晴れの舞台を緊張のなか終えました。いつもの事ながら、舞台に上がり整列するまでの間、学級の紹介がありますが、実はこの紹介が学級のカラーと担任との関係が見えてとても面白いので、私はいつも注目をして聞きます。
ところが、今回はその学級紹介よりも更に更に、野暮ったい言い方ですがサプライズがありました。しかもビックです。
それは、全学級発表を終えて、外部から招聘された審査員からの講評がありました。予算措置のない行事で外部審査員だけでもサプライズですが、更に更にです。
まず校長から外部審査員T氏に対し、私が最も信頼でき、尊敬でき、なんでも相談できる友人です、と紹介がありました。
紹介されたT氏は舞台の中央に出て、みんながよく頑張ったこと、優劣が付けかたがった事などを簡単に話、舞台袖の校長を呼びました。
では今から校長と一緒に「紅葉を歌います」と案内しました。突然の申し出に校長は多少うろうろしましたが、楽譜を見ながら「僕はこのパートを歌いますから、校長はメロディーをお願いしますよ!」とに会場は多少ざわめきました。すぐにポケットからハーモニカでキーを確認し「紅葉」の2部合唱が始まりました。
ステキでした。固唾をのんでお二人の二重唱を聴きました。会場からも拍手が・・・・。
そして、外部審査員のT氏は「私と校長は同僚であり、同業であり、長い友だちです。信頼しあいながらこれまで過ごしてきました。信頼しているから突然でもお互いを支えてハーモニーすることができました。皆さんも担任を信頼して支えてください。素晴らしいクラスができると思いますよ」 拍手です。
今回のこの合唱コンクールで生徒諸君は何を感じたでしょうか?勿論意図的な教育の目的はある程度達成できたでしょう。しかし、生徒に伝えられた、この校長とT氏の姿はどう映ったでしょうか?信頼すること!将来の友をもつこと!等々
きっと忘れられない一こまとして心に残ったことでしょう!
まさしく意図しない、思わぬ効果です。沢山のこのような驚きと感動が子どもたちの財産になるのだと思います。
那覇市古蔵中学校の校内合唱コンクールと学習発表会におじゃましました。発表会場は那覇市民会館でした。
生徒達は、これまでの学校の体育館と違って緊張した状況が伺えて、なかなかいい雰囲気のなか、インフルエンザでこの日の朝、学級閉鎖が決まった学級を除いて17クラスが、多少声を出す恥ずかしさを伺わせながら、晴れの舞台を緊張のなか終えました。いつもの事ながら、舞台に上がり整列するまでの間、学級の紹介がありますが、実はこの紹介が学級のカラーと担任との関係が見えてとても面白いので、私はいつも注目をして聞きます。
ところが、今回はその学級紹介よりも更に更に、野暮ったい言い方ですがサプライズがありました。しかもビックです。
それは、全学級発表を終えて、外部から招聘された審査員からの講評がありました。予算措置のない行事で外部審査員だけでもサプライズですが、更に更にです。
まず校長から外部審査員T氏に対し、私が最も信頼でき、尊敬でき、なんでも相談できる友人です、と紹介がありました。
紹介されたT氏は舞台の中央に出て、みんながよく頑張ったこと、優劣が付けかたがった事などを簡単に話、舞台袖の校長を呼びました。
では今から校長と一緒に「紅葉を歌います」と案内しました。突然の申し出に校長は多少うろうろしましたが、楽譜を見ながら「僕はこのパートを歌いますから、校長はメロディーをお願いしますよ!」とに会場は多少ざわめきました。すぐにポケットからハーモニカでキーを確認し「紅葉」の2部合唱が始まりました。
ステキでした。固唾をのんでお二人の二重唱を聴きました。会場からも拍手が・・・・。
そして、外部審査員のT氏は「私と校長は同僚であり、同業であり、長い友だちです。信頼しあいながらこれまで過ごしてきました。信頼しているから突然でもお互いを支えてハーモニーすることができました。皆さんも担任を信頼して支えてください。素晴らしいクラスができると思いますよ」 拍手です。
今回のこの合唱コンクールで生徒諸君は何を感じたでしょうか?勿論意図的な教育の目的はある程度達成できたでしょう。しかし、生徒に伝えられた、この校長とT氏の姿はどう映ったでしょうか?信頼すること!将来の友をもつこと!等々
きっと忘れられない一こまとして心に残ったことでしょう!
まさしく意図しない、思わぬ効果です。沢山のこのような驚きと感動が子どもたちの財産になるのだと思います。
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