抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩626 偽物横行の世界的現象と沖縄の闘い 9 情念の奔流2

2017年02月09日 09時19分06秒 | 政治論

 かつて芥川龍之介は、自身の牙城である「理性」の無力さを嘆き、「野蛮な情熱」(宮本顕治)による決定的な戦闘モードにおいて、時代超克の尖兵たるプロレタリアート精神の擡頭(中野重治)を歓迎しながらも、遂には昭和初期の、「ぼんやりした不安」を醸す時代風潮に呑み込まれるようにして「敗北」していった。昭和2年のことで、当代随一の知性の代表格だった彼が、如何にしてその「敗北」を消化し自裁の一決に極めたか今となって知る由もない。問題は次の一点だ。芥川の敗北が象徴するものは、つまり近代日本の敗北そのものと言っていいのではないか、ということであり、当時の頭脳集団である、明治帝国官僚という超エリートたちが率先、時代と国家を知的に先導していった挙句、終わってみれば焦土と化した無残な近代日本の焼け野原だけが残されているという在り様だ。

 この明治期の帝国官僚が、さながらゾンビや亡霊のように今も日本の中枢に鎮座ましましているという事実を見出さざるを得ない。そこに通底している「官尊民卑」は安倍晋三政権のど真ん中に傲然と居座っている。この安倍晋三自身がそうだとは言うまい。この史上最悪で劣悪な、「頭の悪い」政治家は、いかにも何者かの勢力によって、神輿として担がれていることを我々は知っている。この男に日本を変える、否、明らかにアナクロニックに価値転換し、現代日本を無理強いに戦前に戻すだけの確固たる国家主義は全然見いだせない。要は政官学業一体となった勢力、日本会議系の右翼保守主義者たちの「夢」が託されている。而してこの「夢」はかの敗戦にこそ終焉したはずの日本の近代化を逆手に取って、敗戦に至る歴史的風景を事実上無に帰し(史実を改竄破壊破棄し)、却って大時代な明治的偉大に仮託して歴史をやり直そうという試みだ。

 しかしこの試みは失敗に終わるだろう。よく言われる、議会制民主主義を支える所謂多数決原理が抑々実質的支持率を反映してないような結果を生むことを、我々は既に十分に見抜いている。投票率や実効投票数に即して割り振られるべき国会の議席数が、小選挙区制によって圧倒的な差をつけて自動的に大組織的党派に流れるのだ。それが、実質的な意味の民意を反映しない勢力と化しこの国を恣意的に牛耳っていくという有様が、今この自公系安倍晋三以下の保守反動政治家の手によってもたらされている。対抗するには曖昧な精神主義では埒が明かないと誰しも思っている。理性、知性、良識、真実追求といった試みの一切が、言い知れぬ不快でいぎたない情念の奔流によって押し流され後退させられている。まさにポストトゥルースだ。

 ガンジーは確かに言い切っている。「 歴史を見れば、真実と愛は常に勝利を収めた 。」

 重要なのは行為そのものであって、結果ではない。行為が実を結ぶかどうかは、自分の力でどうなるものではなく、生きているうちにわかるとも限らない。だが、正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ何の結果もないのだ。

(つづく)

 

 

『政治』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 2月8日(水)のつぶやき | トップ | 詩596 琉球新報記事 ゲート... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。