抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩623 かつて独立国であった琉球国の主体性を回復すること 22 自由 4

2016年12月10日 09時01分48秒 | 政治論

 「自由」は当然自己中心が基本だが、生存生活が比較的安定すると、自己は自己以外の外部に目を向けるという本質的な「成長」を遂げる。これが他者、乃至社会への関心、興味、関係構築という段階だが、未だ国家乃至世界という外部へは向かわない。人類とか地球、宇宙、人生といったことに人は最終的な外部を見出し同時にもう一度自己の内部に立ち返り、哲学的な思考が展開する。

 自己にとって国家や世界は一体どのように外部化するのか。ヤマトゥと呼ばれる「本土」「内地」にいたころ、それは少しも切実なものとしてやってこなかった。しかし、沖縄に移住してから今日までに、それは益々切実になってきている。

 移住したばかりのころ、個人的課題は定住の準備としての居宅確保だったが、同時に暇を見ては図書館に通い書籍、文献、記録、資料を通して「沖縄を知ること」に時を費やした。精神の虚無感はこの沖縄認知がかき消すことになる。

 沖縄島はじめ離島各所はリゾート地ではない。そんな甘いものではない。今国は先島八重山に自衛隊を駐屯させようとしているし、沖縄島は米軍基地で散々に食い荒らされている。基地周辺の絶え間ない騒音爆音に悩まされている人々、墜落の危険性に満ちた米軍訓練の経路に住する県民、沖縄戦のPTSDに苦しめられ続ける体験者、後代に基地のない(戦争のない)故郷を残したいと念願する方々、沖縄のうるわしい自然環境を守りたいと思う人、日米両国家によってズタズタにされた琉球的アイデンティティを、独立した琉球国本来のものとして回復したいと切に願う人々、地方自治が侵害されている現状に抗議する人、日米合作の頭越しの政治、軍事展開に憤るひとたち、140万県民が確実に、こうした琉球島嶼の実態に民意として怒っている、それは何度も公職選挙で繰り返し示されてきた。安倍晋三政権はこれを完全に無視している。

 県民は何も殊更にこうした声を上げて民意を誇ろうと思っていたわけではない。沖縄の場合、国家、世界は向こうからやってきて勝手にやりたい放題をし続けているのであり(軍事植民地)、やむに已まれず仕方なく小さな抗議の意思表示を非暴力でしているだけだ。日米政府ほかその国民はこの意思表示をさえ蚊ほどに気にもしてない。自分たちの土地にこれらが来れば死に物狂いで反対闘争をしていたのは誰か。結果的に流れ着いたのが沖縄だったとは余りに虫が良すぎる話じゃないか。

 「自由」が自己に始まって他者、社会への参加、関係構築、という成長段階を経、人類地球宇宙への哲学的アプローチで内面化するという過程の中で、国家や世界は概ね埒外にあったはずなのにその「自由」な自己発展展開の中に割って入ってきたのが米軍であり、日米政府だった。ここに沖縄琉球の本来的な「自由」は損なわれ、人権侵害という、国際的国家犯罪が公然と行われている実態が明らかとなる。(つづく)

 

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