抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩443 軍国主義

2013年08月23日 19時14分15秒 | 政治論

  あり得る事、起こり得る事、あった事、を語り描き表出することはリアリズム手法であり、史実や体験であれば事実に即したノンフィクションと言える。中沢啓二氏の「はだしのゲン」は氏自身の被爆体験に基づくフィクションだが、見聞きしたことは事実であり、内容における衝撃的な場面のうち人の論う残酷なシーンと言われるものがノンフィクションであることは説明を要しない。大方の史家も異論なかろう。松江市教委による小中学校図書室での閉架措置は、一人の市民からの、これに関するある傾向に通じる「陳情」に加担する私見が主体であり、一種の公権力濫用に属する質の失態にすぎない。この前教育長(の独断と言われる)に政治的な主張があるわけでなくあくまで一市民の陳情に易々と応諾した不手際以上の意味はない。さてそこでこの一市民の陳情の内容だが勿論今更取り上げるまでもなく、現在この国に蔓延り始めた、又は顕在化し始めているナショナリズム、史実隠蔽捏造工作、といった傾向の集団を髣髴させるものがある。従って我々の耳目を惹くのは少数意見(だと思われる...校長の9割は閉架措置に反対している)をさも多数意見のように採用し公権力行使に踏み切る監督官庁の見識不足なのだが、しかもいかに贔屓目に見ても単なる主観に過ぎない意見の敷衍という内容で下した措置だった。鳥取の場合は問題になった時点で既に閉架措置を撤回している。こうした「行き過ぎ」の公的処決は、当然ここ数年に顕著となった、政治家たちの国家主義的言動傾向が影響していることは間違いない。むしろ全体主義傾向といってもいい。これは「流れ」で筋ができ、結節点での左右分岐で顕著な「傾向」となり、為政者が公言することで「雰囲気」になる。全体主義はもう一歩だ。彼らの憲法改悪、集団的自衛権行使容認、日米合作軍拡行為、沖縄における戦争準備発進行為といった一連の「軍国復活」の狼煙は早急に消し去らねばならない。(つづく)

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