抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩451 傀儡国家 6

2013年08月31日 21時16分12秒 | 政治論

 国際関係における、現代最大の、奇怪な軍事的片務関係の安全保障条約が日米のそれである。奇怪な、ということは、現代外交常識にそぐわない奇妙なもの、という意味になる。その事実上の歴史的経緯は今どうでもよい。日本の政治家はじめ各界のお歴々、学者、有識者たちは挙って安保体制の堅持と、より強固な同盟関係、と言い募り、金科玉条の如くこれを拝み奉っている。あるいは、それが最善最高の国家安全保障を保つ唯一の手段であるかのように論っている。この意見の多くは、極論するなら日米外交関係の担保としてこそ条約を堅持すべきと断じていることになる。つまり簡単に言えば、必ずしも、極めて有効な軍事的安全性を担保することはないが(軍事的戦略的な最上の手段ではないが)、アメリカ合衆国という大樹の陰にいれば大概は安全性を保障しうるという観点から、米国に己の一身を預託したという意味である。この本質は戦後日本の運命決定に加担した吉田ドクトリンの無作為な承継に過ぎない。何故この、時代環境の変動にも不動の地位を占める同盟は永続的に更新されてきたか。しかも輿論に見る圧倒的な支持がこれに無反省な後押しをしている現状があるのだ(ただ一箇所の地方自治体を除いて)。彼らは何故日米安保を支持しているか。恐らく理由はあるまい。理由、つまり日米安保が必要なものだという理由である。何故なら彼らは、多くの場合軍事専門家でもないし、たとえこれを学術的に修学していたとしても、実際上の軍事的展望を自家薬籠中のものにすることは容易なことではない。従って、現実的には彼らはなにも知らずにこれを支持している。日米安全保障条約の条文すら読んだことはあるまい。一方、ただ一箇所の地方自治体にあっては、こうした他府県の事情と大差ない輿論実態にありながら90%の反対意見を示しているのだが、これはいったいどういうことか。そこに全国展開の74%の米軍基地があり、しかもその基地公害を如実に体験しており、あらゆる議会制民主主義の手段を駆使して抗議反対しているオスプレイの強行配備を目の前に見、かつは、この県の戦後の米兵犯罪、米軍機事故とその直接的被害、を目の当たりにし、更にはおよそ戦争に絡んだ一切の国家的行為が必ず襲い掛かってきた避けがたい悲劇に関する人々の体験を見聞し、今や自然遺産にも登録されようという亜熱帯樹林を環境アセスもなく切り拓き、破壊しオスプレイパッドにしようとする米国政府の蛮行と闘っている人々がいる。ここが即ち、日米安保の、住民をその騒音爆音で不快にし耐え難い環境にしている現場である。だから、ここの現場の生の声こそこの国の正銘の輿論にほかならない。アメリカの傀儡国家になにがわかる。(つづく)

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