抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩626 偽物横行の世界的現象と沖縄の闘い 13 私見 11

2017年05月26日 08時17分58秒 | 政治論

 日本国憲法下の日本国は今、安倍晋三と言う稀に見る大ウツケの暴挙によって、水を得た河童のごとき、雨後の筍的右翼勢力が幅を利かせ、前民主党の大コケ以降必要な数を集められない、自公維系以外の現野党のゼロ化した求心力という事情の中、国民の消極的支持を育む「他に適当な人も党もないから」という事由に依拠した現政権独壇場を現出している。

 当然ながら安倍晋三政権の独壇場が本気でこの国の窮状を救うがために演出されているなら、我々も殊更これを責め立ててみる必要は全くないが、歴史的経験知を既に共有している日本国の国民(敗戦を経験させられた国民)として、そこに繰り広げられている一党一強的独裁的一方的の強行採決的立法行為を眼の前にし、安倍晋三が明確に目論んでいる日米同盟絶対護持思潮を前提する対米追随の戦前的旧大日本帝国復活?という狂気の企てに、おぞましくも後戻りならぬ現実性を実感しているわけではある。

 勿論、安倍晋三の、この従米主義を前提した軍国主義という明らかな矛盾性は、(自衛隊からの移行、編成替えされる)国防軍とは言え多くは米国の戦争にしか赴かないだろう実態に気づけば、凡そ国民の為にはならない亡国の企てだと断じることは誰にでもできる。一旦国際紛争解決の手段としての戦争を放棄したこの国が、一体何が悲しくて今更異国の軍隊のために、国際社会の非難批判を受けながら、あるいは国民生活の中に絶え間なく浸潤するテロ脅威に人々をさらしてまで、われわれの兄や父を戦場に送らねばならないのか。

 国民は盲目にこれに従うべきでないことは言うまでもないが、政治的環境は監視社会構築(共謀罪)に向かって動き出し、警察権力の広範化、批判勢力への弾圧体制、デモ抗議集会牽制排除、理不尽で不当な逮捕拘束(拷問?)など、現代版治安維持法がまかり通る恐怖社会はもう目の前にあり、現に5か月以上微罪で不当な逮捕拘束軟禁状態を味合わされた沖縄高江辺野古闘争では、「非暴力で不服従」な市民さえ容赦なく暴力的に弾圧する安倍晋三配下の前時代的な、封建遺制な支配者姿勢に、近代化を失敗した(この国を敗残の民に導いた)明治日本立国の母胎である帝国官僚体制を髣髴させるものがあった。そこにはきりと姿を現した「官尊民卑」(国民を卑しめ官のみ尊ぶ)の恥ずべき正体を国民は憎悪と共に敵視し、抹殺すべく闘う必要がある。

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