抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩626 偽物横行の世界的現象と沖縄の闘い 13 私見 8

2017年05月03日 14時19分17秒 | 政治論

 沖縄がヤマトゥ国家に対して文句をつけるべきことは山ほどある。しかし、専権的と称して優先的国策を押し付ける国家が生み出した、物申せぬ被害者然と「これだけは言わせてもらう」などとは言うまい。つまり、山ほどある文句を裏付ける具体的事象は夫々が、到底一つ二つに端折ることができないくらいに深刻で重大な痕跡を残しているからだ(この深刻さを無為に軽んじているヤマトゥの沖縄差別を見よ)。その一つ一つをヤマトンチュに、今はっきりと言い聞かせてやれば彼らは大変に驚くであろう。こうした事柄に就いて恐らくは無知で無関心で、国家政府のやりたい放題にやらせてきた常民的な不作為の罪が見え隠れする。かくいう筆者も又10年以前にはヤマトゥで、沖縄に関し無知蒙昧な徒として生きていた。米軍基地でズタズタにされている島、という認識はあっても(何故沖縄だけが?とかいう疑問が生じることはなかった)それ以上は決して踏み込まない。踏み込まないから、日本国家が主に米国のためにやっていること(日米安保体制)の意味、アメリカ合衆国が好き勝手に異国の地でやっていること(地位協定ほか)の非人道的犯罪性が見えてこない。そんな中、あろうことか現千葉県知事などはかつて沖縄を安保番外地に貶めて平然としていた(我々のところに火の粉を降りかける気か、とは前政権時に知事会の席上言い放ったこの知事の差別言辞であった)。

 日米安保体制という国防体制は絶対的に有効性の欠如した、意味のない幻想的軍事的願望にすぎない。それは主に(国際社会によって国防手段を取り上げられかつ自らこれを放棄した国家の)国民鎮撫乃至慰撫のための、あるいは為政者自身の自己暗示(非軍事的国防を、米国軍事力依存によって得られる虎の威で糊塗する)に拠るとしか言いようもない摩訶不思議な国策だった(つまりは孤立し傷ついた野生の動物が他の群生の中で何とか生き延びるための)。米ソ冷戦時「核の傘」という触れ込みで幻想的に「抑止力」が信じられ(為政者が信じていたかどうかはわからない)、国民はなんとなくこれを鵜呑みに、至極妥当なものと思い込んだ(軽負担国防による富国策)。いずれにしろこの日米安保体制は70年程度の時間経緯の裡にあらゆる点で古びたものとなっていた。即戦力という意味での実効的な国防体制にない、憲法精神に違背した異国との用心棒的契約(凄味だけ効かした顔役)は明らかに税金の無駄遣い(思いやり予算等)であり、沖縄への不当で情けない過重な負担の意味のない押しつけを不埒にも持続することだ。

 しかし今安倍晋三という、一国の首相としては驚くほど薄っぺらで思想性も理念性もない、非論理的非倫理的反知性的チンピラが、どういうわけかこの国の政治を、司法を、情報を、人事を意のままに動かして、現行憲法を根本的に否定(主権を国家とし)、私家憲法的としか言えない帝国憲法の焼き直し草案(アナクロニズム)をもってこの国を180度ひん曲げようと画策している。この男の考えていることに関し彼の周辺はほぼ無批判に、誰もかれも一様に右倣えし、メデア・マスコミ・ジャーナリズムの卑劣で愚劣で醜悪な忖度、変節、妥協も手伝って、いつの間にかこの国では一見この勢力が多数派のように見せかけられるようになったが、よくよく顧みると元々国民の中に存在し得なかった軍国主義、好戦性が顕著な、明らかに絶対的少数派だったのだ。そのやり方、まさに麻生の言う「ナチス的やり方」で強引に事を推し進めた(その実例は沖縄高江で明確に示された)結果、この国はさながらあの馬鹿げて無謀な15年戦争への道を再びひた走りに走り始めているというわけだ。安倍晋三はその言動から、どう見ても単独に機能する国防軍を新たに創設しようとしているわけではない。この男の念頭から日米安保体制の縛りは決して消えてないしむしろ極度にこれを堅持推進増派(自衛隊含め)する方向を執っている。つまり日米一体で「戦争ができる国」を目指しているわけで、逆に言えばアメリカに付き従って覇権主義的に国際社会の中の主流派になろうとしている、というか、なりたがっている。アメリカの付き人、太鼓持ち、男妾、であることに徹しようというのだろう。国民向けにはあの敗戦で失った「戦争の出来る普通の国」という地位を回復しよう、というのである。しかしアメリカの威を借りている限り日本にとってその地位は決して「普通」ではない(普通の独立国の体ではない)。しかも普通に「戦争の出来る国」という地位は、国民に、全く新たな、今までにない危険性と被攻撃不安の中で生活すべく強いることだ。一旦緩急あれば徴兵さえされるかもしれない。誰が一体それを望んでいるのか。誰も望みはしない。彼らの言う守るべき国家は我々の前には存在しない。彼らの頭の中にできた腫瘍、妄想的願望、あるいは空虚な独善にすぎない。

 かかる支配者たちの妄想に基づく国防論の餌食になっている沖縄が、唯々諾々と彼らの言いなりに自分たちが普通に住してる時空間を「はいどうぞ」と差し出すわけもあるまい。何度でもいうが、お前たち(ヤマトゥ国家、国民)のしていること(沖縄に対してしていること)は明らかに人類そのものに対する大きな犯罪であり、悪の塊りとなって一民族を食い物にする野獣に等しく、歴史の断罪は苛烈なものになるであろう。(つづく)

 

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