抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩446 傀儡国家

2013年08月26日 19時53分42秒 | 政治論

 この国の最大の汚点、恥ずべき欠点、本質的な錯誤は、オリバー・ストーン氏の言うように、ある意味最もありふれた、理念的政治思想に忠実な政治家を生かさない、不思議な政治的土壌を臆面もなく持続していることだ。発言としてあった小沢一郎の政治的表明(一政治家としての見解)において、あるいは鳩山由紀夫の政権奪取時における基本姿勢(自身の個人的公約)において、この国の民衆は間違いなく「望むべき有り様」を政治に期待していた瞬間に立ち会った(それは2009年の下半期に集中する)はずだが、主に米国謀略活動に則ってこの国の司法機関(我々は、判事も検察も法を曲げる行為に躊躇いなく手を染めていた実例に直ちに気づくであろう)を巻き込みながら、様々なデマゴーグとともに彼らの動きに犯罪的濡れ衣を着せ闇から闇へ葬った(と見える)。福島県知事時代東電の隠蔽体質に憤激し、プルサーマル計画に強固に反対した佐藤栄佐久氏を、あり得ない罪名でその座から追放したのは紛れもない米国CIAの陰謀である。満州国皇帝溥儀のように実質権限が皆無な立場なら直ちにその傀儡性が暴かれようが、日米関係のような巧みに仕組まれた、極めて隠密性の高い管理諜報システムに覆われている外交関係にあっては、灰色のグラデーションが決して黒や白にならない状態で推移し、いつのまにか、「望まざる有り様」に転落した国にいる自身に驚くわけだ。この国は戦後同盟国ドイツとは質において異なった道を歩んだ。この国の戦争は取り立てて国際的に犯罪性の高い戦争行為(ナチスに比較すれば)とは決して言えないし、侵略の一事だけ取り出せば19世紀末から20世紀初頭にかけての欧米のそれと大差ない。ただ一点敗戦の憂き目が決定的なのである。しかも敗戦の責任は国内問題にほかならず、戦勝国による極東裁判結果だけがこれに回答した形で、国内問題という括りでは一切なされた形跡はない。しかし又戦争が相手国なしに起こりえない以上、国内問題としての対諸外国問題が当然追究される必要がある。これも勿論論議を尽くした形跡はない。総じて「東京裁判史観」と嘯く彼らと同様に歴史家は、正当にして総合的検証がされなかった敗戦問題への肉薄を、この国が自身の手で行うべきことと承知している。敗戦とは何か、敗北感をどう捕らえるか。戦後68年という時間は、敗戦を誰が遺産として引継ぎこれをいかに扱うのかを問うところまで、問題が完熟すべきであろう長さではないのか(事実はここまで煮詰まってない)。「戦後」を終わりにするのは戦後世代であり、事実として、体験として、戦争を知らない世代である。しかし史書をちょっと紐解くだけで、かの満州事変も上海事変も驚くべき関東軍の陰謀だったことは一目瞭然ではないか。(つづく)

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