旅日記

半世紀前の旅日記です。

砂塵を巻き上げ砂漠の旅と満天の星空~シルクロードの旅その2(パキスタンのバスの旅)

2017-12-08 09:36:23 | 私の旅日記~第9章 イラン・パキスタンの旅

・昭和44年1月24日(金)晴れ(砂塵を巻き上げ砂漠の旅と満天の星空)

▲満天の星空の下、海原の様な砂漠の中を行く-「星の砂漠を♪♪遥々と♪♪オンボロのバスで♪♪行きました♪♪――ナンとチャイとの♪♪食事だけで♪♪腹を空かして♪♪行きました」(童謡“月の砂漠”の替え歌)。

 昨夜、家の中とは言え直に地面で寝たので、ぐっすり寝られたとは言えなかった。そしてここ3日間、余り寝ていないので旅の疲れも溜まって来た感じであった。朝食は例の不味いナンとチャイであった。我々が食事をしている前で、子供や大人達が動物のウンコを手で拾って集めているのを見た。何に使うのであろうか。肥料にするには村の周辺は見渡す限りの砂漠で、畑など見当たらなかった。それでは乾かして燃料にするのか。この時点、はっきり分らなかった。ノク・クンディの国境の町(村なのか、それとも部落なのか?)の人家は、30軒程であった。彼等の暮らし振りを何て表現してよいのか。とにかく家の中を覗いて見て、家具類は勿論、家庭・生活用品類等、何にも見当たらなかった。

 クエッタ行きのバスは夕方、発車であった。午前中、バラック造りの出入国管理事務所で入国手続きを済ませた。我々は昨日の昼頃、既に入国していたが、特に問題無く正式にパキスタンに入国した。今日は春の様にぽかぽか陽気であった。昼食に贅沢して目玉焼き2枚、ナン2枚、それとチャイ(国境もそうであったが、)を食した。食事代は2.5ルピー、国境の辺鄙な所だから高いと感じた。ここもチャイは砂糖湯で紅茶の味は全くなかった、彼等が出せる食べ物はこんな物しか無かった。

 夕方5時頃、我々6人、現地人5人、そして運転手と助手を乗せ、“昨日と同じバス”(ノク・クンディ~クエッタ間、運賃15ルピー)は出発した。砂漠は、相変わらず続いた。バスが走った後ろは、もうもうと砂塵が舞い上げっていた。昨日もそうであったが、バスの中は勿論、我々も砂埃で真っ白になった。そして砂漠の旅は、既にうんざりし、嫌になって来た。そんな感じであるから皆、無口で我慢するだけで、早く砂漠地帯を脱出するのを願っていた。

バスは真っ暗な、ある砂漠の中で停まった。警察官2名がバスの中に入って来た。『何事か』と思った。彼らは我々の旅券の提示を求め、そしてバスの中も調べた。私は何の目的であったのか分らなかったし、皆も聞きもしなかった。つまらない事に関わらない方が良い、そんな感じであった。要するに、こちらの警察官はヨーロッパと比べてスマートさが無いどころか、横暴さが感じられた。

 警察官が立ち去った後、運転手が、「(中は埃っぽいので)バスの屋根に乗っても良い」と言ったので、私とロンはバスの屋根に上った。バスは再び発車した。風は冷たいどころか、心地が良く、屋根に寝転んだ。夜空は、満天の星空であった。星座群がこんなにもくっきりと、そして手で掴めそうな、そんな近くで煌いていた。こんなにも素晴らしい星空を見た事がなかったので、とても感激であった。

午後の10時過ぎ頃、ノク・クンディとクエッタの中間地点の民家が3~4軒ある所で今日のバスの旅は終った。遅い夕食は例のナンとチャイであった。横になる様なスペースもないバス車内で、我々は夜を明かさなければならなかった。

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