四日市入港と鳥羽見物その1~日本の旅

2017年07月13日 | Yoshiの果てしない旅 第12章 船旅

日本の旅

・昭和44年(1969年)7月4日(金)小雨(四日市入港と鳥羽見物)

 朝起きて、日本本土が見えるか、デッキに出てみた。小雨が降っていて、視界が悪かった。南太平洋の海は紺碧の色をしていたのに、日本近海の海は、余りにも濁っていた。日本経済の発展の裏で、環境や自然が破壊され、海や河川が汚染されていたのだ。

 何も見えなかったのが、暫くすると何処かの島か本土が遠くぼんやりと見える様になって来た。何日も何日も見えるのは、大海原だけであったのに、行き交う船が見られる様になって来た。『日本だ!日本に近づきつつあるのだ!嬉しい!やっと帰れるのだ!』という気持と、『私は、もう旅人ではなくなるのだ』と言う一抹の寂しさが入り混じった、おかしな気分になって来た。

 朝食が済んでから間もなくして日本船が横付けされ、税関・入国審査の役人や銀行員が乗り込んで来た。入国手続きをした後、僅かばかりのオーストラリア・ドルを日本円に交換した。私はデッキに出て、船が入港するのを眺めていた。小雨の中、ロイヤル・インターオーシャン・ラインズ・チルワ号は、12時前に四日市港の岸壁に接岸した。しかし、港湾はヘドロの海で、とても臭く汚かった。大都会シドニー港の海のきれいさ、港の光景の美しさを比べたら、四日市港は嘆かわしく、こんな汚い港を外国人に見せたくない感じがした。『四日市ぜんそく』の公害が発生しても何ら不思議でない、と感じた

 タスマニアのフレッドおじさんは、迎えに来ていた知り合いの日本の若者を発見したのか、名前を叫んでいた。彼もフレッドに気が付いたのか、何か叫んでいた。お互いに再会の喜びを、手を振り合って確かめていた。フレッドの横顔は、嬉しそうであった。

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