無事に大陸横断に成功~オーストラリア横断ヒッチの旅

2017年06月15日 | Yoshiの果てしない旅 第11章 オーストラリアの旅

・昭和44年4月3日(木)曇り(無事に大陸横断に成功)

 今朝、狭い車の中で寝た所為か、腰が痛かった。今日中にシドニーへ着けるのか否か、それが問題であった。と言うのも、車の中で寝るのは、いささか嫌になった来たからのだ。

 この辺りまで来ると1時間に1台、或は、30分に1台の割でしか走っていない、と言う事はなかった。お蔭さまで順次6台の車に時間を費やさず乗せてもらった。中でも記憶に残ったのは、Girilambone(ジリランボーン)~Nyngan(ナインガン)間を乗った車であった。このドライバーの名は、ペイトンさん(Mr. Steve Payton)と言って朝鮮戦争に従軍し、日本にも行った事のある人だった。叉、彼は日本語をほんの少し話せた。そんな彼からお昼も御馳走になってしまった。貧乏人根性だから奢ってくれる人は、大歓迎で大好きであった。だから記憶にも残った。

 そしてDubbo(ダッボ)には、午後2時頃、着いてしまった。乗せてくれたドライバーは、ガソリン・スタンドで私を降ろし、その彼は「ステーションにいればシドニーへ行く車が来るから」と言って去っていった。オーストラリアでは、列車が停車する所だけが駅ではないのだ。ガソリン・スタンドの事を、「ステーション」、或は、「サービス・ステーション」、若しくは、「ペトロ・ステーションとも言っていた。

 ガソリン・スタンドで待っていられないので、歩き出した時の事であった。私のリックに日の丸で覆っていた旗を見たのか、車を私の脇に停車させ、「日本人の方でしょう。シドニーへ行くのですか」と言って、向こうから話し掛けられた。

「ハイ、そうです。シドニーへ行くのですが、お願いします」と言ってその車に乗せて貰った。車は、豪華感漂う高級車で、乗り心地も今までで最高であった。そんな車を運転する“奥様”(名前はMrs.D.Cok)は顔立ち、育ちの良い上品な方でした。私や自分の子供にも丁寧な、そして心を通わせる言葉で話した。その1例の言葉として、普通は自分の子供や目下・同僚には『Pardon』であるが、奥様は、『I beg your pardon』と言って、丁寧な言い方をした。そんな奥様であるから、上は高校生と下は中学生の2人のお嬢様もかわいらしく、育ちの良さを感じた。ご主人は、別の車に男のお子様3人を乗せて、7人家族で一緒にドライブ旅行しているとの事で、何とも羨ましい話であった。奥様は、私に対してとても気を使って下がり、又リンゴや途中の店に寄ってフィッシュ・アンド・チップス等を御馳走してくれた。乗り心地の良い豪華な車での楽しいドライブは、ダッボからシドニーまで長い距離(420km程)を感じなかった。

 途中、この車がOrange(オレンジ)と言う町を過ぎて、“山岳地帯”(大分水嶺山脈にブルー・マウンテンズ国立公園がある。奇岩スリー・シスターズ、シーニック・スカイウェイやジェノラン鍾乳洞等が有名)に入ったら、下り方面へ行く車で道路は渋滞になって来た。あれ程空いていた道路が如何して急に混雑して来たのか、不思議で仕方がなかった。だからその理由を奥様に聞いた。奥様は、「明日から4日間、“イースターで休み”(3月~4月、春分後最初の満月後の日曜日がイースター。その前の金曜日がグッド・フライデー、月曜日がイースター・マンデーで、この4日間はイースター休日)に入るので、シドニー市民は国立公園で過ごすの」と説明してくれた。

「こんなに車が郊外に来てしまっては、シドニーの都会から車がなくなってしまうね」と私が言ったら、奥様は、「地方の人が車でシドニーに遊びに来るので、そうでもないのです」と言った。

 それにしても、何とした事であろうか。休日の為4日間休みと言う事で、私は何にも用が足せないのであった。何の為に急ぎ旅をして来たのか。2度と経験出来ないので、誘われた時にカンガルー狩りに行けば良かった。或は、スコットさん宅で、もう少しゆとりを持って出立すべきであった等々、後悔した。 

 いずれにしましても、「奥さん」と気軽に言えない程、品位・品格ある御婦人にシドニーの郊外まで乗せて頂いた。郊外から電車に乗ってシドニーの中心に遣って来た。乗った電車は、きれいではなく、車内も薄暗かった。信じられないが、電車のドアを開けっ放しで走っていた。車外へ転げ落ちる危険があるのに、構わないのか。日本では見受けられないが、女性の駅員もいた。ともかく、私は無事にシドニーに着いた。そして、シドニーで一番古い、そして賑やかな通りGeorge Street(ジョージ・ストリート)の東隣のPitt-St(ピット・ストリート)にある、YMCA(宿泊料金一泊2ドル25セント)に夕方、辿り着いた。

 今日のヒッチ距離は、482マイル(771km)で、今まで一番長いヒッチ距離となった。ダーウィン~シドニー間2,554マイル(4,086km)を8日間で横断したのでした。10日以上はかかると思ったが、予定より2日以上早かった。それにしても、ヒッチで野宿しながら、何にもない広大な砂漠・土漠地帯の大陸を横断し、無事にシドニーに到着した事が何より良かった。この様に私のヒッチ・ハイクを助けてくれたのは、オーストラリア人気質のお陰かもしれません。私を乗せてくれたドライバーの皆さん、本当に有難うございました。

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