バイト代値上げ交渉と宿泊所について~ボンベイの旅

2017年05月14日 | Yoshiの果てしない旅 第10章 インドの旅

・昭和44年2月16日(日)晴れ(バイト代値上げ交渉と宿泊所について)

 ここのシーサイド・ホテルは、『インドへの門』に12~13分で行かれ、市の南端に位置していた。他の場所と比較したら割と“清潔で静かな所”(路上生活者や乞食を余り見掛けない)であった。暑い所為か夜、外にベッドを出して寝ている多くの人々を見掛けた。ホテルの名前は格好良いが、“大部屋”(ドミトリー)でベッドも部屋も汚く、何となく臭い匂いがした。

 そんな部屋にベッドが1階に15台あった。私のベッドは2階へ上る階段脇にあり、2階にも部屋があった。1階は勿論、2階の話し声も直に聞こえて来た。インド人は寝るのが遅いし、ペチャペチャといつまでも話をしていた。大体、12時(0時)近くにならないと寝ないのだ。そして朝は、遅くとも7時頃に起きていた。

 いずれにしてもこの部屋は、蒸し暑く、それに環境が悪いので、ここ何日か寝不足気味で眠いし、暑さで身体もだるかった。そんな訳で今日、私は座っているだけのバイトでも眠く、身体もだるく、仕事が辛かった。

 エキストラのバイトが終って帰ろうとしたら、送迎用のバスが故障して動かなくなってしまった。撮影所のスタッフによると、「タクシーが来るまで時間がかかる」と言う事であった。それでアメリカ人を中心に、「タクシーが来るその間に、バイト代が少ないから皆で交渉しよう」と言う事で、私も皆の後に付いて行った。ある建物の会議室で撮影所側代表と我々20名程で話し合った。そして、『明日からタクシー代無しで、1人60ルピー』と言う事で交渉は、意外に早く纏まった。

 映画会社は儲かっているのか、短い交渉時間で倍近く賃上げをしてくれた。下層労働者の20日分の収入が1日で貰えるなんて、私には考えられなかった。我々はタクシーで分散して帰って来た。当然、今日のタクシー代金は払わなかった。勿論、運転手は請求しなかった。映画会社が払ったのだ。

 夕食は、又あの中国レストランで炒飯を食べた。

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