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備忘録

鑑定目的の絵画コピーにNo.  やはりFair Use規定が必要か

2010-07-05 10:53:26 | その他法律問題
東京地裁民事29部での判決報道に、ははあ、やはりこういう事態になったか、と思った。

著作物の複製は原則著作権の侵害となり、ごく限定的に列挙された著作権制限規定に該当しなければ、適法たりえない。
今回の場合、鑑定が正しくなされたことを示すためのコピーだったわけだが、制限規定のどこにもこうした利用を許すものがなかったというわけだ。
こういう硬直的な結論が出てしまうため、今の限定列挙方式に風穴をあけ、米国にあるFair Useの規定に倣って、著作権制限の一般条項を置こうという動きがあったが、どうも頓挫しているようだ。米国のFair Use規定は、多くの判例の集積をまとめたような条項であるが、日本は成文法国、判例の集積をするための根拠規定がないのだから、判例集積もしようがない。勢い、今回のように、原理原則どおりのおかしな結論にそのつど対応していくようなことになってしまう。
一般条項があれば、一般条項への該当性を判断する判例の集積が期待できるが、今の状況では、それも難しい。
新聞報道によると、文化庁はこうした利用を可能とする法改正を進めようとしているようだが、現事件には適用されないだろうから、救済されない。

比較的柔軟な適用がなされてきた著作権制限条項としては32条の引用があり、今回のケースも、正当な目的のために必要な範囲での利用だから引用だという説もないわけではないようだが(日経新聞によると、相澤英孝先生)、いくら鑑定書に添付されているからといって、「引用」の言葉の意味からは、相当離れるといわざるをえないのではないだろうか。

また、本件でも問題にされている「書」が証明カタログに利用された事件(「雪月花事件」)では、著作物の創作的表現の再現がなされなかったとして侵害が否定されたが、本件は鑑定が正しくなされたことを証明する手段として添付するわけだから、小さくても筆致や色調その他細部にいたるまで精密に再現されている「必要」があったであろうから、同じ論理では救済できなかったようだ。
本件のような場合は、目的の正当性と著作権者への影響の少なさ、利用の程度の僅少さから、Incidental Useのような考え方で、適法利用とするべき場合なのではないだろうか。

権利濫用による救済はもとより難しい。判決は、たった12万円しか請求していないので権利濫用でないといっているが、訴えられたほうから見れば、12万円の損害のために、裁判まで起こしてこういう利用を阻止するのか、といいたいところだろう。まあ、仮に権利侵害なのであれば、どんな小さな侵害であっても訴える権利はあるわけで、権利濫用というのは無論、無理筋なのだが・・・

なお、ざっとしか読めていないので誤解があっては困るため、下記に判決をほぼ全文掲載した(裁判所の判断部分は原文のまま)。(ちなみに、判決文自体は著作権の目的とならない(著作権法13条3号)とされているので、掲載自体は侵害ではない。)

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損害賠償請求事件
東京地方裁判所平成20年(ワ)第31609号
平成22年5月19日民事第29部判決
口頭弁論終結日 平成22年2月26日

       主   文

1 被告は,原告に対し,6万円及びこれに対する平成20年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,それぞれを各自の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。


事案の概要(判決文から抜粋)

「第2 事案の概要
1 本件は,画家である亡Cの相続人である原告及び亡A(ただし,本件訴訟係属中に死亡し,原告が訴訟手続を受継した。)が,美術品の鑑定等を業とする被告に対し,被告が,鑑定証書作製の際に亡Cの絵画を縮小カラーコピーしたと主張して,著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求(民法709条,著作権法114条2項又は3項)として,12万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成20年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等(争いのない事実以外は,証拠を項目の末尾に記載する。)
(1)当事者等
ア 原告ら(甲1,5~7,11,12)
(ア)亡Cは,著名な女流画家であり,別紙絵画目録記載の各作品の著作者である。亡Cが,画家の亡Dと婚姻し,3人の子をもうけたことは,美術業界において比較的よく知られた事実である。
(イ)亡A(平成21年12月27日死亡)は,亡Cの長男である。原告は,亡Aの長男であり,亡Cの養子である。
(ウ)亡Cは,平成4年4月15日,横浜地方法務局所属公証人E作成の平成4年第1386号遺言公正証書により,亡A及び原告に対し,一部の不動産を除き,絵画,貴金属,預貯金,現金,有価証券その他一切の財産を相続させることとし,相続分は各2分の1とする旨の遺言をした。
(エ)亡Cは,平成11年4月18日に死亡した。
(オ)なお,原告は,亡Cの作品について,鑑定業務を行っており,亡Aも,生前,同様の鑑定業務を行っていた。
イ 被告
 被告は,美術展の開催及び美術品の鑑定等を業とする株式会社であり,美術品を鑑定し,被告が真作と認める作品について,被告の鑑定委員会名義の「鑑定証書」を発行している。
(2)被告による鑑定証書の作製
ア 被告は,平成17年4月25日ころ,亡Cが創作した別紙絵画目録1記載の絵画(以下「本件絵画1」という。)を鑑定し,被告の鑑定委員会名義の鑑定証書を作製したが,その際,当該鑑定証書と本件絵画1を縮小カラーコピーしたものとを表裏に合わせた上で,パウチラミネート加工したもの(以下「本件鑑定証書1」という。)を作製した。
イ 被告は,平成20年6月25日ころ,亡Cが創作した別紙絵画目録2記載の絵画(以下「本件絵画2」という。)を鑑定し,被告の鑑定委員会名義の鑑定証書を作製したが,その際,当該鑑定証書と本件絵画2を縮小カラーコピーしたものとを表裏に合わせた上で,パウチラミネート加工したもの(以下「本件鑑定証書2」という。)を作製した。
(3)本件訴訟の提起等
ア 原告及び亡Aは,当裁判所に対し,平成20年11月5日,本件訴訟を提起した。
イ 亡Aは,本件訴訟係属中の平成21年12月27日に死亡した。同人の相続人は,長男の原告のみであり,原告は,同人の権利義務を相続し,訴訟手続を受継した。

3 争点
(1)複製権侵害の成否
(2)故意過失の有無
(3)損害の額
(4)権利の濫用,フェアユース

・・・

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)複製権侵害の成否について
(1)争いのない事実等に加え,証拠(甲3(ただし,枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によると,次の各事実を認めることができる。
ア 亡Cは,著名な女流画家であり,同人の著作物である本件絵画1及び2は,題名が「花」であり,画材は,本件絵画2が油彩,キャンバスである。また,その大きさは,本件絵画1が33.2cm×24.4cm,本件絵画2が41.0cm×31.9cmである。
イ 本件鑑定証書1(鑑定証書番号005-0495,甲3の1)は,当該鑑定証書と本件絵画1の縮小カラーコピーとを,また,本件鑑定証書2(鑑定証書番号008-0923,甲3の2)は,当該鑑定証書と本件絵画2の縮小カラーコピーとを,いずれも表裏に合わせた上でパウチラミネート加工して作製されたものである。
ウ 本件鑑定証書1及び2は,いずれも全体の大きさが約190mm×約134mmであり,表面に貼付された鑑定証書は,大きさが183mm×120mm,裏面に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,大きさが,それぞれ本件絵画1が162mm×119mm,本件絵画2が152mm×120mmである。
エ 本件鑑定証書1の裏面に貼付された本件絵画1の縮小カラーコピーには,緑色と白色の背景,画面下部中央の黒色,灰色及び暗赤色様の幹又は花瓶様のもの,画面全体に主に桃色による花が描かれている。本件鑑定証書2の裏面に貼付された本件絵画2の縮小カラーコピーには,白色の背景,画面下部中央の濃紫色様の花瓶様のもの,画面全体に主に黄色,橙色又は赤色による花が描かれている。いずれの縮小カラーコピーにおいても,本件絵画1及び2が,油彩を画材として,画題である「花」が,単純化され,勢いのある筆致で絵の具を塗り重ねて描かれていることを,感得することができる。
(2)美術の著作物は,一般に,形状,色彩,線,明暗により表現された著作物であり,このうち,絵画は,画材,描く対象,構図,色彩,絵筆の筆致等により思想,感情を表現し,美的要素を備えるものとして,作者の個性的な表現が発揮されているのであれば,著作権の保護の対象となり得るものと解される。
 そして,複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうが,美術の著作物である絵画について,複製がされたか否かの判断は,一般人の通常の注意力を基準とした上で,美術の著作権の保護の趣旨に照らして,絵画の創作的な表現部分が再現されているか,すなわち,画材,描く対象,構図,色彩,絵筆の筆致等,当該絵画の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得できるか否かにより判断するのが相当である。
 本件において,前記認定事実によると,本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,本件絵画1を約23%(約4分の1)の,本件絵画2を約16%(約6分の1)の各大きさに縮小したものであり,本件絵画1及び2そのものは提出されていないものの,これらの縮小カラーコピーにおいては,いずれも,画題である「花」が,油彩を画材として,上記構図,色彩及び筆致等により描かれており,その大胆な構図や,単純化された花の表現,鮮やかな色彩の対比や絵の具の塗り重ねによる重厚な印象等,本件絵画1及び2の作風が表れているところである。
 そうすると,本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,通常の注意力を有する者がこれを観た場合,画材,描かれた対象,構図,色彩,絵筆の筆致等により表現される本件絵画1及び2の特徴的部分を感得するのに十分というべきである。
 したがって,本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,本件絵画1及び2の美術の著作物としての本質的な特徴的部分が再現されているというべきであり,当該縮小カラーコピーを作製した被告の行為は,本件絵画1及び2の複製に該当すると認めるのが相当である。
(3)被告は,本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,著作権法が本来その保護の対象とする芸術性や美の創作性や感動を複製したものではなく,流通の安全性を図り不正品を防ぐための単なる記号の意味合いにすぎないと主張するが,上記認定のとおり,通常の注意力を有する者がこれを見た場合,本件絵画1及び2の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することができるといえるから,被告の行為は複製に該当するというべきであり,被告の上記主張を採用することはできない。
2 争点(2)故意過失の有無について
 争いのない事実等(1)ア(ア)及びイのとおり,亡Cは,著名な女流画家であり,同人が,同じく画家の亡Dと婚姻し,3人の子をもうけたことは美術業界において比較的よく知られた事実であること,被告は,美術品の鑑定等を業とする株式会社であって,美術業界に属する一員であることからすると,被告は,本件絵画1及び2の著作権が亡Cの親族に相続されていることを知り得べきであったにもかかわらず,本件絵画1及び2を複製し,著作権侵害行為に及んだのであるから,被告には,少なくとも過失が認められるというべきである。
3 争点(3)損害の額について
(1)被告は,上記1のとおり,本件鑑定証書1及び2を作製した際,本件絵画1及び2の縮小カラーコピーを作製し,原告の有する本件絵画1及び2についての複製権を侵害しているから,これにより原告に生じた損害を賠償すべきである。
(2)損害額の算定
ア 争いのない事実等に加え,証拠(乙7)及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。
(ア)争いのない事実等(1)ア(オ),イのとおり,亡A及び原告並びに被告は,いずれも亡Cの作品について鑑定業務を行っている。
(イ)被告は,鑑定業務において,依頼された作品の鑑定を行い,真作と認める作品についてのみ鑑定証書を作製している。費用は,一部画家の作品を除き,作品1点につき6万円(鑑定料3万円,鑑定証書作製費3万円)であり,受付作品が鑑定証書を作製するに至らないと判断された場合は,鑑定料のみとなる。
(ウ)争いのない事実等(2)のとおり,本件絵画1及び2については,被告の鑑定委員会名義による本件鑑定証書1及び2がそれぞれ作製され,それぞれ本件絵画1及び2の縮小カラーコピーが裏面に貼付されている。
イ 以上の認定事実によると,被告は,鑑定及び鑑定証書の作製により,作品1点につき6万円を受領しているが,本件絵画1及び2について原告の有する複製権を侵害する行為は,本件絵画1及び2の縮小カラーコピーを作製し,これを貼付した本件鑑定証書1及び2を作製したことであって,本件絵画1及び2の鑑定を行うこと自体は,何ら原告の複製権を侵害するものではない。
 したがって,被告が作品1点につき受領した6万円の全額が被告の利益であるとする原告の主張は,採用することができない。
 そして,被告は,著作権侵害行為である本件絵画1及び2の縮小カラーコピーが貼付された本件鑑定証書1及び2の作製について,作品1点につき鑑定証書作製費3万円の対価を得ており,鑑定証書作製に要する経費の額については,被告による特段の主張立証はなされていないから,被告が,鑑定証書の作製により得た利益の額は,作品1点当たり3万円と算定される。そして,本件においては,2通の鑑定証書が作製されているから,複製権侵害行為である本件鑑定証書1及び2の作製により被告が得た利益の総額は,3万円×鑑定証書数2通=6万円と算定するのが相当である。
 以上によれば,著作権法114条2項に基づく原告の損害額は,6万円と認められる。
(3)なお,原告は,著作権法114条3項に基づく使用料相当額の損害として,1作品当たり5万円(鑑定料3万円,カタログ・レゾネ掲載料2万円)×作品数2枚=10万円の損害を被ったと主張する。そして,証拠(甲11,12)によると,亡A及び原告が,亡Cの絵画の鑑定業務においては,上記金額を請求していること,鑑定した絵画のカラーコピーを付した鑑定証を交付していることが認められるところである。
 しかしながら,亡A及び原告による鑑定業務における鑑定料等の定め(甲11)によると,亡A及び原告の鑑定業務において,A家から既に鑑定証が発行されており,既存の鑑定証との引換えで新たな鑑定証を作製する場合のカタログ・レゾネ掲載料を含む費用は,1作品当たり3万円であることが認められる。そして,前記?イのとおり,絵画の真贋の鑑定を行うこと自体は,当該絵画についての著作権の行使とは認められず,また,当該費用には,鑑定証作製に要する経費等のほか,鑑定証の作製及びカタログ・レゾネへの掲載に伴い,作品を複製する等して使用することに対する対価をも含むものと解することができるから,鑑定証の作製のために作品を複製する場合の著作権使用料相当額については,上記の金額3万円を限度とするものであり,同金額を超えることはないものと解される。
 そうすると,本件において,本件絵画1及び2の著作権使用料相当額は,6万円(3万円×2作品)を超えることはないから,著作権法114条3項に基づく使用料相当額については,前記(2)において同条2項に基づき算定した金額6万円を超える損害額を認めることはできないというべきである。
 よって,原告の主張を採用することはできない。
4 争点(4)権利の濫用,フェア・ユースについて
(1)被告は,原告の本件請求は,権利濫用又はフェア・ユースの法理により,許されないと主張する。
 しかしながら,原告は,原告が有する本件絵画1及び2の著作権に基づいて,被告による著作権侵害に対する損害賠償を求めているものであり,特段,被告を害する意図等は認められないこと,本件の請求額も2作品合計で12万円と少額であることからすると,原告の請求が,権利濫用に該当すると認めることはできない。
 また,フェア・ユースの法理については,我が国の現行著作権法には,同法理を定めた規定はなく,米国における同法理を我が国において直接適用すべき必然性も認められないから,同法理を適用することはできないというべきである。
 したがって,被告の上記主張を採用することはできない。
(2)なお,被告は,平成21年法律第53号による著作権改正による同法47条の2(美術の著作物等の譲渡等の申出に伴う複製等)が,鑑定証書についても適用ないし準用されると主張する。
 しかしながら,上記条項は,「美術の著作物…の所有者その他のこれらの譲渡又は貸与の権原を有する者が」,当該著作物を「譲渡し,又は貸与しようとする場合には」,「当該権原を有する者又はその委託を受けた者は」,「その申出の用に供するため,これらの著作物について,複製又は公衆送信…を行うことができる。」旨を定めるものであるところ、当該著作物を鑑定し,真作であること証明する目的で作製される鑑定証書は,美術の著作物の所有者その他の譲渡等の権原を有する者又はその委託を受けた者によって作製されたものではなく,また,当該著作物の譲渡等の申出の用に供するために作製されるものと認めることはできないから,前記改正による条文が,その施行前に行われた行為に対して適用ないし準用できるか否かについて検討するまでもなく,上記条項を適用等することはできないというべきである。
 したがって,被告の上記主張を採用することはできない。 
第4 結論
 以上により,原告の請求は,6万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清水節 裁判官 菊池絵理 裁判官 坂本三郎

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