只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

自然と戯れることほど気楽な事はありません。

2017-04-19 09:09:09 | 日記

「面倒くさい!」という私(自我)が出て来るのは、
過去にその体験があったからです。

事実には何もありませんが、潜在意識の「思い込み」に
あるのですね。

ですから現在に過去の体験に似たような事が起これば
すぐに「思い込み」が顕在意識に現れるのです。

この様に超コンピユータの頭脳は何でも創り出すのです。

すべては前世を含む過去の体験が、超コンピユータの
頭脳に蓄積されているのですね。

ですからどうすることもできないのです。

しかし“今この瞬間”は超コンピユータと云えども
入り込む隙間はありません。

「面倒くさい!」が起こる前が、“今この瞬間・無思考
ですから意識を動かさないということです。

この“只なる実践”を持続することで、事実の“”に
目覚めてくるのです。 



只の道…淡々と歩く

心の研究もされている禅師、井上御老師のホームページから
一節ずつを、私(思考)が観てみましょう。
あくまで私(思考)から観たものです。
私(思考)の戯言は信じないで、常に“実践”で明らかにしていってくださいね。


もとより上根の人は信じられるだけではなく、
 尊敬に値し学ぶべき多くの徳力を兼ね備えています。
 しかし危険をはらんでいる下根の者は、魂の健全化無しに
 知性を肥大化させると危険なのです。
 自律出来ない上に、却って知性を手段に遣って野望を果たすからです。
 この事はみんなが熟知しなければ、つい知性を絶対視してしまうのです
。』


いかがでしょう。
実践で腑に落とされたでしょうか?
上根の人は頭の中で勝手に妄想する「思考癖」が
ほぼ“無い”と言えますね。

また下根の者は、妄想する「思考癖」から操られて、
自律出来ない上に知性を肥大化させながら、
野望を果たすから危険と仰っています。

この世の中を観ても、人間の面を被って畜生にも
劣る、殺人を起こす卑劣な者も存在するのです。

この様に、残念ながら人間に成るのが早かったものと
いえるのではないでしょうか。

ですから身体にまとわり付いてる、妄想する「思考癖」を
落とすのが生きてきた目的です。
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