只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

寒さも和らいでいる気がします。

2017-02-22 08:42:32 | 日記
高岡文旦です。とても美味しいです。
1個100円で置いています。





私は最近ついてないな~
あの人は間違っている!
もっと努力しなければ…
幸せになる愛が欲しい・・笑

この様に言っているのは、おわかりのとおり
「思考自我」ですね。

そんな事など“無い”のですが、「思考自我」は
あらゆるものを創作するのです。

これによって“真の自分”が覆い隠されてしまったのです。
“真の自分”は知るということはありませんし、
“空”であり“無”であり“只、観ている”存在です。

なぜ、そう言えるのかと「思考自我」は問うでしょうが、
そう感じられるようになってくるのです。

勉学で詰め込んでそのようになってくるのではなく、
すべてを忘れ去ることによって、
そう感じられるようになってくるのです。

もちろん今まで培った様々な知識は、必要なときは
瞬間に出てきます。

そしてここが肝心なところですが、必要無いときは
出て来ないということです。

むやみやたらに出て来て、頭の中を占有するのが
「思考癖」だからです。

苦悩にまで持ち込んでいく、この「思考癖」を
落とし去るのが“只なる実践”の継続です。



只の道…淡々と歩く

心の研究もされている禅師、井上御老師のホームページから
一節ずつを、私(思考)が観てみましょう。
あくまで私(思考)から観たものです。
私(思考)の戯言は信じないで、常に“実践”で明らかにしていってくださいね。


心静かに、とにかく「今」、「その事のみ」になること。
 この努力を思い出しでも良いから真剣に遂行すれば、
 時時その人です。是れが過去の癖を打破する道です。
 坐禅は最も端的ですから坐禅に勝る道は無いのです。
 けれども坐禅の「今」も生活の「今」も「今」には変わり有りませんので、
 志が第一、菩提心が根本と言うことです
。』

いかがでしょう。
実践で腑に落とされたでしょうか?
過去の癖が「思考癖」ですね。

繰り返し述べていますが“今”に無い過去や未来は
「思考癖」です。

つまり頭の中で自分勝手に創作するものです。
楽しいことを創り除々に苦しみのなるのです。

また、夜中に洗濯物の着物が干してあるのを見て、
風が吹けば幽霊に創り上げてビックリするのも
「思考癖」です。(爆笑)

真の自分”はそれを観ているとも思わず、
只、眺めている存在です。

それが“今この瞬間・無思考”ということです。
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