只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

何も無い時、“心動かず”でいくのです。

2017-07-17 10:13:41 | 日記

もし、善いとか悪いの思い込みがあったら年がら年中、
善いこと悪いことの繰り返しです。

そして永遠にそこから抜け出すことはできませんね。

善悪の観念が無くなれば、そこからお気楽の人生が
始まります。

では、善悪の観念は分別する心で「思い込み」です。
そして分別は分別です。みかんとりんごを選り分ける
のですからなんら悩むことはありません。

しかしこの「分別する心」は、例えばみかんは好き、
りんごは硬いから嫌いと思い込むのです。

「思い込み」は観念ですから、完全に信じ込んで
その様に行動するようになるのです。

しかし「思い込み」は幻想ですから、信じ込んだ様に
ならず苦悩に落ち込んでいくのですね。

また二ユース等の報道にありますように、痛ましい事件が
あるのは様々な「思い込み」から引き起こされるのです。

「思い込み」の根元は潜在意識にありますが、常に空に
浮かんで来るのですね。

浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返しながら、
浮かんだものに縁があれば取り付いて行動に繋がるようになっているのです。

しかし縁があっても、それに取り付かなければ行動に
繋がっていきません。

つまり、そこから幻想になるのが立ち消えるということで、
幻想に成るものに付いて行かないことです。

この間のスピードが約0,01秒という速さですが、
“只なる実践”を持続していると、次第にそれが見えて
くるようになります。

そして見えてくるようになると、それが浮かんで
来なくなります。

それが何時になるか、三ヶ月先か、1年先か、
3年先か、10年先か、30年先かはその人の
真剣なる“実践”でしかわかりません。

ですからそんなこと思わず只、今、今、今と
何事も“実践”するしかないということです。
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