只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

雨模様ですが今日も山畑に行きます。笑

2017-04-06 10:03:21 | 日記
家の近くの桜の木ですが、今朝観てみるとまだ花がつぼみです。
来週は美しい桜が見ごろになるでしょうね。



物事は忘れたころにやってくるという言葉があります。

たまには物事を忘れるときもあるのです。
そのことが悪いことでも善いことでもありません。

ですから“只、忘れた”ということです。

もちろん記憶が無くなると問題が出てきますが、
それが“只”であればなんら問題ありません。

例えば、あの人の名前を忘れた
この前の大きな事件はなんだっけ…
1年前の旅行はどこに行ったんだっけ…
あれ、何を探していたんだ?

私(自我)は、この様にわからなくなる場合があります。笑

仕方ありませんので、その思いが出てくるまで待つのです。
それは、その思いを忘れるということです。

それが『物事は忘れたころにやってくる』に成るのですね。
もちろん、来ないときもあります。(笑)



只の道…淡々と歩く

心の研究もされている禅師、井上御老師のホームページから
一節ずつを、私(思考)が観てみましょう。
あくまで私(思考)から観たものです。
私(思考)の戯言は信じないで、常に“実践”で明らかにしていってくださいね。


親を絶対視し、世界一尊敬し信頼してこそ言葉が魂となるのです。
 そこに、親の健全な大きな夢や理想は、
 そのまま子供の夢の一つになっていくのです。夢には必ず願望があり、
 そうなるには努力が要る。そこで自らに誓い、そして決意する。
 もし達成すれば、自分も最高だが、お父さんやお母さんがどんなにか喜び、
 この私と言う子供を誇りに思ってくれるだろうな。
 などなど、知らぬ間にそのような夢を抱くものです
。』


いかがでしょう。
実践で腑に落とされたでしょうか?
子供の純粋な“無心”の流れを仰っています。

この“無心”が定着して流れていけば、
素晴らしい人生を送られるのではないでしょうか。

とにかく問題になるのが、頭の中で勝手に妄想する
「思考癖」ですから消し去るしかないのです。

実体も何も無い、幻想の「思考癖」は自分に成りきっていますので、
これを消し去るには容易なことではありません。

しかし消し去る“只なる実践”を知ったからには、
徹底“やる!”以外しかないのです。

何をやるかですがおわかりのとおり、
空から浮かんだ念に取り付かないことです。
今、今、今と事実のまま流れていくことです。

これをやっていくうちに、除々に「思い込み」が
そして幻想が落ちていくのです。

その暁には“絶対安心”の境地を得られます。


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