只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

苦しみ楽しみは無いのが真実ですね。

2017-06-20 09:26:37 | 日記
会社の前です、空を眺めると昼から雨でしょうね。
今日は山畑に行ってインゲンを収穫してきます。

先日の日曜日に6年ぶりに飲み屋に行きました。
ビックリのママさんが『よくぞ、病気からお元気になられて…』と喜ばれました。
帰りにトマトを貰いましたので、話題に上がったインゲンを
今晩持って行き差し上げます。






只の道…淡々と歩く

心の研究もされている禅師、井上御老師のホームページから
一節ずつを、私(思考)が観てみましょう。
あくまで私(思考)から観たものです。
私(思考)の戯言は信じないで、常に“実践”で明らかにしていってくださいね。

己を怠慢にすることなかりしか。説くに及ばずだが、
 とにかく怠慢心は一切の成功を灰にする元である。勇猛の衆生成仏一念にあり。
 懈怠の衆生涅槃三祇に亘る、と書いてあるのを見て、
「俺も同じ男だ。彼にできて俺にできぬ筈はない」と
 勇猛心を起こして命がけの坐禅をし、
 三日三晩でぶちぬいた男がいる。井原の平四郎である
。』

いかがでしょう。
実践で腑に落とされたでしょうか?
目覚める”ために“やり抜くぞ!!!”と、決意を
持続して三日三晩でぶちぬいた方がいらっしゃるのです。

誰でも頭脳に打ち勝つ強力さを秘めているのが人間です。

しかし、それは「特別」な人よと比較するのが「思考自我」
で、出来ないものと確定させているのです。

この僅かな隙を見極めて“只なる実践”を持続していく
のです。

1年~2年~3年~~と持続していくうちに、頭の中で
勝手に妄想する「思考癖」が取れてきて、実に爽やかな
晴々とした“真心”となってきます。

残念ながら苦悩の在る人は、この“実践”をやらない
かぎり闇に入ったままです。

つまり「思考自我」から操られたままということに
なるのです。

ぜひとも井原の平四郎さんが“目覚める”ために
“やり抜くぞ!!!”と、された決意を持続するのです。

やれてもやれなくても、そんなのお構い無く
只、只、やっていくのです。

目覚める先には“真の自分”が、今か今かと
待っているのです。

ぜひともそこに還り着いてくださいね。
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