只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

明日が在る無いも考えず、今を淡々と…ですね。

2017-07-08 09:16:01 | 日記
昨日の山畑は途中から大雨で雷もにぎやかでした。笑
作業も出来ず、早目に山畑を後にしました。





人間は『心』があり『身体』があるのです。

人間外の動植物は、『心』というものは無いですから、
自然と一体といっても過言ではありません。

ではどうして人間には『心』が発生してくるのでしょうか?

それは人間が正に“神仏”に近いからではないでしょうか。

その例えでもいいのですが、残念ながら成長するに従って
『心』と『身体』が離れる癖が付いてしまったのです。

『身体』は自然と一体ですが、『心』があっちこっちと
ひとりでに浮遊するのです。

ですからどうしても問題が起きてくるのです。

問題が起きないようにするには、『身体』が自然と一体
ですから『身体』から『心』が離れないように
努力するのです。

それが“只なる実践”の持続です。

実践”は『身体』から『心』が離れる一瞬を
只、観る”ことです。

そうすると『心』は『身体』と一体になったままで、
『心』は動くことは出来なくなります。

動くことが出来なくなると、一体となった“心身”は、
自由自在で“絶対安心”の境地と成るのです。

それを“ひとつ”である、偉大なる本能にお任せする
ということです。

でも、それは一体なる“心身”に還りきったことではありません。

繰り返し言う間でもないですが、 弛まぬ“只なる実践”の持続が必要ということです。
何があっても、心を騒がせない、しっかり落ち着いた
ところに心を置くことが大切です。

そして“只なる実践”の継続がもたらす、“光輝なる結果”は言葉で表すことができません。
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