只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

今朝も爽やかな日和ですね。

2017-05-20 08:15:45 | 日記

思考する心を“空っぽ”にするとは、いかなるものも
認識しないということです。

何も考えない、何も思わない、脳活動を完全お休みさせて
おくことです。

同じく只にしておく、何も使わない、何も用いない、
身体の機能のままにまかせるのです。

そして見て見ない、聞いて聞かない、只目のまま、
只耳のままにしておくと、想念の入る隙間が
無くなるのです。

まさに真剣勝負で、隙を与えたら一発でやられるのですね。

ですから1日24時間、必要以外、空から浮かんだ念を
しっかりと見張っておくことです。

これを絶えず努力しておけば、自ずと頭の中が“空っぽ”になっていくのです。

それは心とはもともと実体が無く、本来、脳思考も
実体が無いからです。

それにもかかわらず、幽霊のごとく現れ、自分に成りきり
自由自在に振舞っているのです。(笑)

しかしこれに相手にもせず今、今、今とやっていれば
自然に消えていくのです。

これがなかなか簡単にいかないから、苦悩を引き摺り
人生を送っているのですね。

続きは次回にて……



只の道…淡々と歩く

心の研究もされている禅師、井上御老師のホームページから
一節ずつを、私(思考)が観てみましょう。
あくまで私(思考)から観たものです。
私(思考)の戯言は信じないで、常に“実践”で明らかにしていってくださいね。

君、目的を忘るゝことなかりしか。酔生夢死して何の人生ぞ。
 目的はお金か?贅沢がゴールなの? それで良いのか?
 我が子や後輩には健全な目的を抱かせるよう、暖かくそして厳しく
 指導すべきであり、自ら率先垂範する人となるよう努力することです。
 家庭の大切さはこの精神を育んでいくことにあるのです
。』

いかがでしょう。
実践で腑に落とされたでしょうか?
目的をなおざりにして、さらに酔生夢死して
人生を送って何になると仰っています。

多くの財産、お金、名誉を持とうが、それは“真の豊かさ”とは
程遠いことなのです。

真の豊かさ”とは、永遠の“絶対安心”の境地です。

ですから永遠の存在を、人生という短いスパ―ンで
観ることなく、“今この瞬間・無思考”の真実で
今、今、今を生きることですね。

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