只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

今朝は小雨模様です、野菜にはいいですね。

2016-10-16 10:40:12 | 日記

【「なぜ?」が出た途端、思考が働き始めます。
また幽霊の如く出てきて心を掴むのが「思考癖」です。】


意識しなくても心穏やかに過ごされている方は、
このブログを読む必要はありません。
そのように淡々と人生をお過ごしくださいね。

事実にまったく無い、心配、不安、苦悩、恐れ等を
持っていらっしゃる方は、本当に辛いですから
出来るだけ軽くなるようこの道標を読み“只なる実践”で
開放に向かってください。

おわかりになっているとは存じますが、
心配、不安、苦悩、恐れ等は「思考癖」であって自我です。
そして思考であって幻想です。

残念ながらそのものを示す実体がありませんので
“体得”する以外ないのです。

本来である“真の自分”もしかりですね。
頭脳での理解は残念ながら永遠に幻想です。

“体得”とは、例えにしますがヘレン・ケラーという方が
いらっしゃいました。この方は2歳の頃に聴力、視力、言葉を失い
三重苦となりました。

この三重苦で「水」とは何かをわからせるためには
「水」を触らせる、身体で感じさせるしかなかったのですね。

ですから不安も心配も「思考癖」であり、
瞬間に感じるものが真実ということです。

今この瞬間”が真実で、“無いものは無い”のですね。



只の道…淡々と歩く

心の研究もされている禅師、井上御老師のホームページから
一節ずつを、私(思考)が観てみましょう。
あくまで私(思考)から観たものです。
このことは信じないで、常に“実践”で明らかにしていってくださいね。


  『趙州禅師に入門した厳陽は、「入門したばかりで、
   どのように修行したらいいでしょうか」と問うたら、
 「お粥を食べたか」と。「はい、いただきました」と素直に答えたら、
   「鉢を洗え」と。この瞬間、厳陽は「今」すべきことを
    「只」したらいいのだ。と早くも気が付いたのです。
 ここが禅修行のたまらなく端的なところであり、そのものずばりの世界です
。』

いかがでしょう。
実践で腑に落とされたでしょうか?
事実の世界は“縁と無常”で、そのものずばりの世界です。

そして「今」すべきことを「只」したらいいのだと言われています。
そのとおりで事実の世界は“今しかない”のですし、
“只しかない”のです。

“今、只”以外は思考が創り出した幻想世界なのですね。
空から浮かんで来る念にまったく相手せず
今、只”に居る“只なる実践”です。
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