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才能と努力--島田紳助の芸論 

2007年08月05日 | 身辺雑記
わたしは今、教師を本業にしているが、演芸好きもあってプロの笑芸人から学ぶことが多い。それはパフォーマンスのみならず、芸の本質にかかわるその人の生きざまやプロ意識、人生観におよぶ。一流の芸人ほど確かな芸論を持っており、それは教育=人間形成論としても深く考えさせられるものがある。

DVDでこの5月に発売された『紳竜の研究』を見た。80年代のMANZAIブームを全力疾走で駆け抜けていった漫才師「紳助竜介」のアーカイブスと島田紳助の芸論が収録されている。紳助がNSC(吉本総合芸能学院)で、明日を夢みるお笑い芸人を相手に行なった特別講義が完全収録されており、これがとても勉強になった。リーゼントとつなぎ姿で一世を風靡したツッパリ漫才の舞台裏を知ることができる。

紳助は頭がいい。バラエティ番組での司会ぶりを視てだれもが気づくことだ。それは才能によるものなのか、努力によるものなのか。むろん両者であろう。では、才能と努力の関係をこの希代の才人はどう見ているのであろう? 

紳助は、「才能も努力もゼロから5までのレベルがある。ともに5なら、5×5で25の最高点だ」としたうえで、「努力の方法」を受講生に向かってこう説く。

「ボクサーは一日3時間以上の練習はしない。オーバーワークになるから。漫才も一緒や。たくさん練習してもダメ。ネタは必要以上の練習はしない。笑いは音感なんや。音がブレない、基本的なリズム感を体に入るまで続けることが大切や」

紳助は、売れるための漫才を追及するために「笑いの教科書」を作った。自分が面白いと思う漫才師の芸をすべてテープに録音し、テクストを解体し分析、その違いを比較した。たとえば1分間のなかにボケとツッコミのやりとりの「間」がどれだけの数か。「名人」と呼ばれるベテラン漫才師の「間」は多い。これは熟練の技がなせるからで、自分たちのような若手にはマネできない。「下手でもおもろかったらええ」。そこで、かれは一人が圧倒的に喋ることで、「間」の足りなさをカバーしようとした。紳助竜介だけではない、B&Bにツービート、MANZAIブームのトップランナーたちは、みなこのパターンで受けていた。

デビュー前の3ヶ月間、紳助は竜介に自説の漫才理論をたたきこもうとした。竜介に伝えた、「できなくてもええ、オレを理解してくれ」と。竜介は才能に恵まれていなかった。それでも、必死に紳助に食らいついてきた。努力は「5」できる男だった。21歳でプロデビュー、23歳で売れ始めた。紳助の計算どおりであった。

時代がどういう笑いを求めているのか、そして、自分たちの笑いのカタチは何なのかを徹底して研究した。紳助竜介の求めた笑いは、ツッパリで落ちこぼれの不良の日常を描く等身大の笑いであった。そのモデルになったのは意外にもB&Bであった。島田洋七から「パクリや」と指摘されたが、紳助は「ネタはパクってません、システムをパクりました」と弁明する。紳助は稽古の量が実力アップにつながると錯覚している若手に苦言を呈する。「筋トレをいくらやってもホームランは打てへん」と。紳助竜介の課題はネタではなく「音」だった。音を合わせるために何度も何度も「てにをは」を変えた。だから、若手に「むやみに練習するな、頭を使え」と強調するのだ。

紳助は、この講義で何事かを学ぼうとする若手をたしなめる。「メモを取ったらアカン」。脳で覚えたことは役に立たない。本で覚えた知識は自己満足に過ぎない、こころで記憶しなければならない、と。

「学校で教えられた数学の公式は覚えていない。でも、こころで記憶したことは一生覚えている。女にフラれた、告白したときの会話は覚えているやろ。テレビ番組の司会をしていて、自分はネタを用意しない。トークがはじまると、誰かの発言に誘発されて記憶の引き出しがバンバンと開きだすんや。それをチョイスして喋る。(…)タレントは感情の起伏が激しくないといけない。感情でしゃべるから人のこころが動くんや。だから、絶えずこころで記憶する自分でなければならない」

紳介はいう、「喋っている言葉のなかに『絵』がある」と。つまり、紙芝居を見て喋っているのと一緒である。だが、脳で覚えたことを喋っても映像を共有できない。学知の限界がそこにあるのだ。タレントは、人が知っていることを知る必要はない。では、こころで記憶するための感情の起伏を大きくするにはどうしたらよいのだろう。

それは、「遊び」である。「遊ぶってのはね、風俗行くのともちゃうねん。カラオケ行って唄うのもちゃうねん。いろいろなものに興味をもってウロウロせなあかんね」。

芸人のたしなみとされた「飲む、打つ、買う」ともちがう。「学校の勉強はまったく役に立たへん、いろんなとこいっていろんな人みて変なヤツにならなあかんね」。つまりは、人間的視野を広くしろと紳介は主張するのだ。

わたしは芸人・島田紳助の真髄に触れたこの講義に魅了された。発言の一つひとつに説得力があった。人間観察力の高さ、自分と取り巻く状況を的確に見抜く判断力。相当な知性の持ち主だ。お笑い芸人と教育者はともに感情労働であるという点で共通する。人のこころを動かしてナンボの仕事である。彼は芸人以外にどの仕事についても間違いなく成功したであろう。到底、わたしは紳助には近づけないが、クールなヘッドとホットなハートを心がけて自分づくりの精進をつづけていきたい。しみじみとそう思う。

最後のメッセージ、「夢をすべて手にした奴は夢を語れなくなる。夢を語ったら君らの勝ちだ」というセリフ。カッコよすぎるくらいにカッコいい。
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