俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

文学賞

2016-10-15 09:56:44 | Weblog
 13日(木)には興味深い表彰が相次いだ。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」を先日完結したばかりの秋本治氏が菊池寛賞を受賞して驚いていたら、夜になってシンガーソングライターのボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した。日本では文学賞を小説家に対する表彰だと思っている人が多いが、世界的には必ずしもそうではない。サルトルは辞退したがベルグソンとカミュの二人のフランス人哲学者が既にノーベル文学賞を受賞している。「異邦人」などの小説も著わしたカミュとは違ってベルグソンは哲学書しか書いていない。
 今回なぜか「ロックの神様」と紹介されることが多かったボブ・ディランだが'60年代においては「フォークの神様」や「フォークロック」と形容されることが多かったと記憶している。当時のアメリカは今よりも随分偏った国で戦争や人種差別に批判的な歌はそのことだけで「プロテストソング」と一括りにされることが多かった。なお代表曲とされる「風に吹かれて」はディラン本人のオリジナル曲よりもPPM(ピーター・ポール&マリー)によるカバー曲のほうがヒットした。
 数年遅れてなぜか京都を中心として「反戦フォークソング」が流行った。「山谷ブルース」「友よ」「手紙」などの問題作で知られる岡林信康氏と「帰って来たヨッパライ」などのヒット曲を連発してテレビのレギュラー番組まで持っていたフォーククルセダーズはどちらも1968年のたった1年間だけしか活躍しなかった。この1年は日本のフォークソングにとって極めて特別な1年だった。
 イデオロギー丸出しの反戦フォークは論外だが、岡林氏にせよボブ・ディランにせよ今の感覚からすればさほど過激な歌詞とは感じられない。当時の社会はかなり偏向していたからこれらが単なる政治的な歌と誤解されたのだろう。その一方で当時の歌謡曲は「恋・酒・女・港」といった陳腐な言葉の羅列であり、岡林氏やフォーククルセダーズの北山修氏による歌詞は非常に斬新だった。ボブ・ディランが「米国の歌の伝統に新たな詩的表現を創り出した」かどうかは私のような素人には分からないが、岡林氏らによって日本の流行歌の歌詞が大幅にレベルアップしたことは間違いあるまい。
 今回ノーベル文学賞に音楽家が選ばれたことが妙に問題にされているが日本の菊池寛賞の受賞者もかなり広範だ。今回の秋本治氏以前にも2013年にはサザンオールスターズ、2012年には医師の近藤誠氏、2006年には漫画家のいしいひさいち氏と旭山動物園、更に1956年には「くらしの手帖」編集部など、以前から文芸に限らずかなり幅広いジャンルの人が受賞している。
 文学賞の対象を小説や詩に限定する必要など無かろう。少なからず絵に依存する漫画はともかく、言葉を使った芸術である限り総てを文学賞の対象にしても構うまい。文学賞の対象を文芸だけに絞ることは狭いジャンルだけを文芸扱いすることであり、それは却って文学賞の価値を低下させることになる。詩と音楽の組み合わせは文芸に劣らず歴史のある芸術だ。かの村上春樹氏も「ノルウェイの森」というタイトルをビートルズから借用しているではないか。変なエリート意識を持って他の芸術を蔑視すべきではない。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 晩年 | トップ | 向上心(続・晩年) »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL