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浅間山米軍演習地化反対運動 ―信州にいらないものは、沖縄にもいらない―

2016-11-20 21:46:29 | 憲法・平和・沖縄

1953年、戦後8年、朝鮮戦争が戦われていた時、長野県と群馬県に米軍の演習地をつくる動きがあった。朝鮮戦争においてアメリカ軍を主力とする国連軍は、当初の予定の37度線確保に成功すると、さらに朝鮮の奥深くまで侵入し、中国との国境の鴨緑江に迫った。1950年10月末のことである。これに対して中国人民軍が立ち上がり、国連軍を大破し、翌1951年1月ソウルが陥落する事態となった。この国連軍大敗の原因の一つが不慣れな冬季山岳戦にあった。アメリカ軍にとって朝鮮半島における冬季山岳戦に備えた演習が必要となった。その候補が浅間山と妙義山であった。

 ことの発端は4月2日米軍のマレー参謀、リンク中佐、外務省、農林省、調達庁が軽井沢町へ訪れ「日米行政協定合同委員会覚書」を手渡した。その主な内容は演習地の名称は「山岳冬期戦学校」場所は浅間山西麓、目的は訓練場、期間は無期限、訓練の内容は襲撃登はん陣地構築などの山岳戦術が主、訓練生の数は下士官幹部400名、毎年3月から11月の間、月曜日から土曜日まで、30ミリ口径の空砲使用というものであった。

 翌日、『信濃毎日新聞』で報道されるとともに、リンク中佐から軽井沢町長、町議会、特別都市審議会、近隣町村代表など40名に説明された。軽井沢町議会は、説明のあった午後、議会を再開し特別対策委員を選出、富士山麓山中湖の基地の視察を行い、17日町議会で満場一致絶対反対を決議した。決議の提案理由は以下の七項目である。

①活動期にある火山浅間山を演習場とすることは、極めて危険無謀、不適当である。

②軽井沢在住町民2万を始めとして、浅間山周辺10ヶ村の経済と生活の根底を破壊する。

③親米的な知識人及び文化人を失い、反って日米協力の重大な阻害となる。

④軽井沢町の理想と歴史とその性格を全く変ずる。

⑤地震国日本の火山活動研究に重大な障害となる。

⑥上信越高原国立公園中最も秀麗特異な景観浅間を失うことにより国立公園は事実上抹殺される。

⑦日本政府が法律253号によって表明した軽井沢国際親善文化観光都市建設は事実上終息する。

その後、町は県への陳情、町民大会を開催し、全県的な反対運動を起こすため県評などと連携、5月27日には県民代表者会議が開催された。県連合婦人会・県連合青年団・教育7団体・労農団体・県観光連盟・県仏教界・キリスト教関係各団体・県教育委員会・県農業委員会・県公民館連絡協議会・県市長会・県町村長会・県町村議会議長会・県農協婦人部協議会・県農協青年協議会・県部落解放委員会・北佐久群関係の団体など計72団体が呼びかけて開催されたのである。

このほか東京大学地震研究所も5月4日「浅間山演習地化に反対する意見書」を発表した。8日日本地震学会の全国総会でも演習地化反対の決議がされた。信州大学、東京大学が反対の声明・陳情を行っている。長野県市役所職員組合協議会も反対の要請を行った。

6月7日に軽井沢中学校で開催された県民大会は、雨天の中ではあったが5000人が詰めかけた。

そして、ついに7月16日日米合同委員会で浅間山使用を取り消すことを了解されたのである。

参考文献:『朝鮮線戦争と長野県民』2003年新津新生著

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