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憲法ゼミニュースNO9

2017-07-16 21:10:03 | 憲法ノート

6月12日、松本市勤労会館2F第4会議室で第9回憲法ゼミが行われ、18人が出席しました。

 

■第10章 改正、第11章最高法規 第100条~102条 

・レポーター、参加者の問題提起

第10章 改憲草案では、憲法改正の発議要件を衆参各議員数の「三分の二以上」から「過半数」の賛成に緩和している。国民の承認については「その過半数の賛成」から「有効投票の過半数の賛成」にすることで国民承認の要件を緩和している。憲法改正の公布について改正権限者が国民であることがないがしろにされている。

第11章 第97条が自民党草案では削除している。第98条(自民党草案101条)は立憲主義と矛盾する。憲法尊重義務から天皇を外している。

 

(質問)「その過半数」と「有効投票の過半数」は意味が違うのか?

(成澤)学説では白紙も含めて総投票数だが、国民投票法を見ると、有効投票の過半数となっている。

(質問)実際に憲法改正の投票をするときには項目別にやるのか、全体を投票の対象にするのか?

(成澤)国民投票法上は、全部ではなく関連するものをまとめてということになっている。

・成沢孝人先生のコメント

 憲法学について大学でちゃんと勉強していない。憲法学は政治的役割も引き受けながらやってきた。憲法に関わる学会では、日本公法学会があるが政治的ではない。全国憲法研究会は、最初から護憲を打ち出している。憲法学者は憲法擁護です。学閥はない。憲法学は法律学の中でも異端なので、法学部の中でどれだけ憲法学が力をもっているかというと難しい。共謀罪では刑法学者がそれなりに反対している。盗聴法の時には刑法学は権力側と批判する側の二つに分かれた。刑法は派閥がある。

 憲法学の中では、自衛隊合憲論があるように、政治的にコミットしたくないという若い人が増えている。国立大学への国旗国歌反対の声明を出したが協力してくれない大学があるが全体としては護憲。

 世の中はリベラルになってきたが、自民党改憲草案のような時代遅れのものが出てくるのは政治改革の結果。舛添がつくったものより、さらに右の人たちのためにつくったリップサービス。だから、安倍は今回は9条3項できた。

 96条は安倍が最初にぶちあげて失敗した。96条を変えさせなかった日本社会の抵抗力がある。なぜ三分の二と書かれているのかというと、政権与党だけで発議してはいけないという意味。なぜかというと、憲法は国民全体のもの。野党も含めて国民全体が納得できるものでなければならない。三分の二のハードルは大事。戦後政治の歯止めとなってきた。日本国憲法を支持する人たちがこれまで一回も政権をとれずにここまできたのは三分の二の要求があったから。三分の二のもとで憲法改正に抵抗していくことでしか日本の立憲主義はありえなかった。

 今度の憲法改正は共謀罪ができた後です。おそらく共謀罪は憲法改正のためにつくった。2018年国民投票のために共謀罪をつくっておくと委縮する。これが一番の目的。どっかで一回適用されたらみんな黙ってしまう。だからといって改憲スケジュールは止まらない。どんなに歴史的汚点を残そうとも改憲発議をやって、勝てると思っている。

 97条があって、98条がある。憲法の目的は自由のため。自由な国民が自由を獲得するのがまともな社会のありよう。いまだかつて実現できていない。共謀罪反対に共感が広がらないのも、自由にただ乗りしているだけ。共謀罪は自分に関係ないと思っている。憲法は我々にとっても必要だが、彼らにとっても必要。民主主義はいい社会をつくるために必要。社会は権力に抵抗する人がいて、そのうえで決定する。政治改革の結果、誰もチェックできなくなった。だから政治改革が間違っていた。憲法改悪まできた。

 9条3項も、今までと変わりませんよと、ウソをついて改正する。9条3項改正されたら国民全体が関係ないというわけにはいかない。この憲法の中身がいいということを説明していくしかない。

97条削除は彼らのイデオロギー。表現の自由は制約していいと言っている。右翼の人たちの憲法理念は権力者に有利だ。向こうは9条3項を変えると決めてきた。そこに絞ってこれからやっていく。

共謀罪や安保法制で実質は憲法をドンドン変えてしまっている。表現の自由についても最高裁判決はいい判決が出ていない。だから政治的に発言することから国民が逃げている。実際、運動する人たちが弾圧されているから、それを見てやらなくなる。

こっから先、共謀罪で誰かが逮捕されたら皆で支援する体制を整えないといけない。彼らは人権を考えていない。日本国民全体は人権が大事だと思っているので、この改憲草案が改正にかかることはないと思うが、どんどん狭まっている。恐ろしいのは教育。最近、学生が何も考えなくなっていると感じる。前は、先生の言っていることは分かるけど自分はできないという感じだった。最近は、こういう話は聞きたくないという感じ。政治的な話を聞くのもいやという感じ。日の丸君が代行政が始まって18年たつ。

 102条も彼らとすれば一貫している。改憲草案では表現の自由も公益及び公の秩序のもとで制約していいことになっている。法律が違憲になることはもうないということ。自由が制約されても違憲にならない。表現の自由を制約する法律ができても違憲になることはない。表現の自由は民主主義にとって本当に大事。少数者の意見を言える機会があるということは非常に大事。それは国民全体にとって利益があること。おかしいことをおかしいと言える人が、どれだけ大事かということを多くの人が考えなければならない。国民が憲法を尊重しろと書いてあるが国家の言うことを聞けということ。天皇が抜けていることも、天皇は元首だから憲法にしたがう必要はないと考えたのだろうが、元首だって憲法に従う義務はある。日本社会の忖度の中心にあるのが天皇だから甘くしたのか。立憲君主制でも王様が憲法を守ることは基本。それすらわかっていない。

(文責:中川博司)

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