柊じいさんの、ぼ・や・き・

年寄りが日向で居眠りしながら、色々と、昔のこと、これからのことなどなど、ぼやきます。

小町伝説がある町で(+九想図)11/15

2016-11-15 11:05:00 | 川柳らしいもの

 (2015.9.18)
 どこかでちょっと触れたことがあるんだが、どこで書いたのか、見つからないので、改めて書き出すことにする。
 
 じいさんの住んでいる近くに、「小町神社」がある。
 場所は知っているが登って行ったことはない。
  そこは「小野」という字(あざ)だ。
 あの世界的な美女だという「小野小町」の出生地だという伝説がある。
 小野という地名は、日本各地にある。
 それぞれに小町伝説が伝わっているが、どれも正確ではないようだ。
 (秋田という話もある。そこから、どうやって都の貴族に繋がるんだい・・・・)⇒
 <小野という姓は、小野道風など有名な人もある。神官で小野と姓の集団もあったようだ。日本の各地に派遣され、ネットワークもあったのかもしれない。その娘なら、都との繋がりも出てくる。11/2>

 1000年以上むかしのことだから、今となっては確かめようもない。
  ウィキペディアによれば、当時の絵が伝わっていないから、美女であったかどうかも真偽のほどは分かっていないという始末だ。
 名前の「小町」から、朝廷の後宮に仕えていたらしいという。地位だか役柄を意味する「町」の字から、そう推定されている。
 紫式部の「式部」とか、清少納言の「少納言」だって、名前ではないよ。役職か地位のようなものだろう。

  彼女の優れた歌が残されていることと、後世の画家が思いを込めて描いた絵が美人伝説をつくったのかも知れない(百人一首にある「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」からか?)。
 
 その小町がどこで亡くなったかも定かではない。その場所も諸説ある。
 どうやら不幸な後半生を送ったようだ。
  落魄した小町を題材にした謡曲などもいくつかある。
 乞食になった老いた小町の話や、絵に描かれた(「卒塔婆の月」=Wikipediaに載っている。「小野小町」で検索)がわびしいね。

 美人だったから言い寄ってくる男は大勢いたようだが、小町はなびくことが無かった。
  肘鉄を食った男どもが悪い噂を立てたらしい。
 「小町針」などいう、よからぬ話もあるようだ。
 もっとも、当時は死ぬと、山野に捨てられる「風葬」というのが一般的だったと言うから、墓がないのはあたりまえなのだ。
 
 これはWikipediaの受け売りだが、どこかで聞いた話を加えると、小町と歌の贈答をしていた在原業平にかかわる伝説で、業平が東国を旅していると、どこからか歌を詠む声が聞こえてきたので探すと、草むらにしゃれこうべがあって、その辺りから歌を詠む声がするので、「もしや、これが小野小町か」と思ったという話がある。

  ①「草むらで恋のうた詠むされこうべ」 と、じいさんは即興でつくってみたが、どうかな。

  その場所が小町神社辺りかと思ったということをどこかで書いたのだが、それが見つからない。2015.9.17//

  ②綺麗でもいずれ骸の末を知れ  

 美人だと言っても、帝の気まで引くことは出来ない。
 言い寄る男はすべて袖にして、月からの迎えを待つことができるわけではない。
 これも同じ頃のフィクションか。2015.9.18//9.24/9.25/
 
 <もしかして、小町とかぐや姫の物語が繋がっているのか。
  かぐやはフィクションだが、現実的には、世の中思うようには動いてくれない。
  ひたすら、何かを待っているウチに、時は秒速で流れていく。
  死して、悲しい現実は、年をとっていくということだ。2016.10.17/>

 勉強を始めたばかりだから、①を添削に出した。
 先生のコメントに、剣花坊(川柳では権威あるお名前だ)が詠んだ 「骸骨のどこに小町の色がある」 を引用された。

 落魄して諸国をさまよって、ついには荒野で、しゃれこうべになったであろう小町のことをご存じだったのだ。
 詠んだ背景を、事件や時代などを知らないと、詠んだ人の心は伝わってこない。
 読む場合にも、それは求められる。
 駆け出しの老人には、山がそびえ立つようだ。(追記:2016.1.5)<奥が深いなあ>

 いろんなことを知らないといけないなんて、余計なことを考えて、ついついネットで検索して「知識」を得ようとする。
 それが良いか悪いか、作品に反映していいものかどうかも、駆け出しさんには見当もつかないから、集めたネタをがらがら台車に載せて動き回っているが・・・。

 小町さんは、結構面白いネタを残してくれている。
 1000年も昔の美人に思いを馳せても、洞窟じいさんの構想力はたかが知れている。
 
 それで、「九想図」というのに行き着いた。
 死んで野山に捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階に分けて描かれた仏教絵図だそうだ(WiKipedia).
 死んで間もないものから、次第に腐乱が進んでいく。死体にウジが湧き、鳥獣に食われる。やがて骨になり・・・・
 といった具合だ。

 <さっきの「風葬」のことか。

  なんとか皇后さんが、遺言で自分の腐っていくところを描かせたという話もある。
  どこかに、そういう場所が定められていただろうな。死体を捨てる場所か・・・・
  「姥捨て山」のwordもそこから出たのか。
  世の中は、死臭で満ちていただろうな。
  おそろしや・・・・2016.10.17/>

 修行僧の悟りの妨げとなる煩悩を払って、現世の肉体を不浄なもの・無情なものと知るための修行に使われたようだ。
 モデル(?)は、だから美人が多い。
 
  ③綺麗でもいつかは骸あばたづら、 ってわけだ。

 絵が描かれたのは鎌倉時代以降らしい。江戸時代でも描かれた。京都の寺で観る機会もあるようだし、専門で研究している女性教授もおいでになる。
 <教材として描くのだから、描く人はそれなりに修行を積んだ高僧なんだろうか2016.10.17/

 じいさんがパロったのは、

 ④袖にされ小町九想図描いている

 <歌の会で見そめた小町に、高僧が言い寄っていくのを下賤のエロじじいが想像している。10/17>
 <時代が合わないぞ!>

 現代風に、
 「腹いせにお前の九想図描いてやる」、なんてのはイケズだなあ。2016.10.10/

 それで、「袖にされ小町九想図かく法師」としてみた。
 ただのエロ坊主を連想させるのも一考だが、それなりの高僧をイメージさせるネライなんだが・・・(11/15)


 <風葬は、京都でも行われた。
 死んだからといって、道ばたに捨てられたわけでもあるまい。
 どこかに捨てる(葬る)場所が決められていただろう。
 探っていくと、「化野(あだしの)」という地名が出てくる。
 じいさんも行ったことがある。地蔵さんが所狭しとならんでいたなあ。
 不衛生な葬り方だ。悪い病気で死んだ者の死体もあった。それが疫病の原因となった。
 それを治める祈りの行事が、京都の祭りの元となったなんて話まで繋がってくる。11/2>

 そこで昔読んだ本を思い出したんだ。
 「鳥葬の国」。川喜多二郎さんの探検記だ。
 古本屋ネットで買って、読んだよ。
 
 死んだら、山に捨てて、後はコンドルに任せておくというのではなかった。
 じいさんの記憶も、アテにはならない。
 鳥葬は、結構身分のある者の弔い方なのだ。
 山の上まで運んで、僧が鋭利な刃物で遺体を刻んで、鳥が食べやすいようにするのだという。
 初版は60年も前だが、読んでみると、面白いよ。
 おれの川柳にも、その深さが込められないか、改めて思ってよ。2016.10.26

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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