柊じいさんの、ぼ・や・き・

年寄りが日向で居眠りしながら、色々と、昔のこと、これからのことなどなど、ぼやきます。

「神」をつくった人+天国2017/09/04

2017-09-04 11:33:15 | 折にふれて思ったこと

 このところ、例の古本屋ネットで手に入れた本を読んでいる。
 どこかで、ヒトの時代はあと五〇〇年でエンドになってしまうんではないか、などとぼやいたことがある。
 そんなことはエライ歴史学者や政治学の先生が、そうとう昔から書いていることも知った。

 「歴史の終わり」というようなフレーズが盛んに使われる。
 「松井孝典が面白ぇ」という「天の声」にひかされて、その本の中でいろいろと探ったりしている。
 フランシス・フクヤマの本にも面白いことが書いてあった。この本は世界に衝撃を与えたらしい。
 おれの頭では、じゃあ「誰それに何をしろ」と言ってるんだかが分からない。
 過去の歴史を解析して、今の世界を読んでいるような印象もある。まさか「学者の炉辺談義」ではないだろうが・・・。

 核兵器の話も出てくる。
 いまヒトは、いや人類だけでなく、この星に生きているすべてのものが、噴火山上で踊らされている。いつ噴火するか分からない不安に、脅かされているということだ。
 足をつけると熱くて堪らないからと、下駄を履いて五右衛門風呂に入った弥次喜多のようなギャグではすまされない。
 恐ろしい時代に生きているのだが、、核兵器を廃絶するという話はなかなか進展がない。

 神様に頼んで、どうにか足下が爆発しないように、マグマがあがってこないようにしてもらうしか手立てがない。
 だが、こんな状態を造ったのは、人間だ。ヒトだ。
 神様はどうしてこんな人間をつくったのか。
 世界を数百回ぶっ壊してしまうような、ウェポンを考えようとした人間の頭を、そのとき方向転換させてはくれなかったのか。
 「ひろ教授」によれば、日本の神様と西洋の神様では意味合いが違うらしいが、ありとあらゆる神様が連合して、コントロールをして欲しいよ。

 誰かさんがZスイッチのボタンを押してしまわないように、帝釈天の中性子線でこの世界が滅ぼされないようにして欲しいよ。
 ところで、フクヤマの本で「神は人間が造った」というフレーズに出あった。 
 それだけが頭に残っているが、どうしてそういう結論になったかの記述は思い出せない。

 というのも、洞窟暮らしのおれも、昔のヒトが神様を造ったと思っていたから、同じようなことを考えている者がいたと安心してしまって、途中の説明はどうでも良かったのさ。

 人間がヒトだった頃、自然界のすべてに畏怖を感じていた。ヒトの思考の限界を超える自然の力の大きさに、恐れおののいていた。
 ここがベースだ。
 ヒトが社会的・組織的な活動を始めるようになって、偉大な存在をその時のヒトの社会視点から造り上げたのが神だと、フクヤマは言いたいのか。

 その神を利用して、蒙昧な者を支配しようとした・・・。
 そういえば、最初の社会の支配者は、どこでもシャーマンだった。
 「神のお告げ」を支配のための道具にした。
 地球がカオスだった頃に、すでに神は人間のお姿で衣装も身につけておいでになる。
 日本では、剣を持っておいでになる。剣で殺しあわねばならないような相手はいないはずなのに・・・。

 人間は、神が自分の姿に似せてつくられたと聞いたことがあるが、その反対ではないか。
 偉大な存在が、人間と違う姿では威厳がない。
 SFでは異様なお姿で登場することもあるが、神は紛れもなく人間が造ったから、ヒトと同じお姿なのだ。

 洞窟じいさんは、何をほざいているのだろうか。自分でもまとまりがつかなくなってきた。
 敬愛するparrさんの誘惑に負けて、プルートの世界に踏み行ってしまったようだ。(2005)2013.2.18転記

 追加/
 これを書いたのは、随分昔だったのか。
 今日、放送大学の開講講座のようなものをボヤーッと見ていたら、そうそうたる教授が、「過去の歴史を今の視点で見ていて良いのか、その時の(民衆の)視点で、当時を見ないと、本当の歴史を理解することにはならない」というようなことを言っていた。
 それで、古い、この記事を思い出した。

 神は、ヒトが生まれる前から、この世に存在されていたはずだ。
 ヒトは、サルから分化して、人間としてのブランチを登りつめてきた。
 その途中で、自然の大いなる力に畏敬の念を抱き、神の存在を思った。
 その時は、衣服も、武器もない。まっさらな生きもののの姿だった。
 神のお姿がキチンとした衣服や装身具を身につけられているのを、不遜なおれは??と見てしまう。
 あれは、その時<神をつくった時>に考え得る最高のお姿を、その時代の最高の道具や装身具を身につけたお姿にしているのだ。
 自分たちと同じでは、敬慕の念は起こらないし、威厳もない。

 だから、「神はヒトが、その時に最上級のお姿に具象化した」と思ってしまったのだが・・・。2015.4.5//

  今日べつの所でもかいたが、同じことをなんども考えてたんだねえ。2017.6.13/

 (2017/09/04)

 それでどこかでぼやいていることだが、天国の話を、また思い出した。

  天国も古代のままで通用し

 これは、川マガに投句して、放られたものだ。

 しかし、天国テーマで、入選したのもある。

  天国はテロリストなど受け入れぬ

  自爆テロ善行証を身につけて

  待ってても弥勒菩薩は寝てござる

 天国も地獄も、みんな人間の頭の中でうまれた仮想の世界であると、じいさんは思ってしまう。

 「善行証」の句は、イスラムのテロリストの話からとったものだが、無辜の人を無差別に殺しても天国に行けるという「教え」が、人を動かしているという。天国に行けば、何不自由なく生きていける。あくせく働く必要もない。美味しいものが食べられる。気候は温暖で、花が咲き乱れている。優しい若く美人の妻が傍にいてくれる・・・。
 そんな世界に憧れがあるのか、それは現状に不満があるからだろう。
 しかし、死なないと天国にはいけない。
 今の世を悪くしている集団を無くすことで、その一端を担うことで善行証が出るから、天国にいける。
 仏教でも、閻魔大王の入国審査がある。
 あれっ! 閻魔さんは地獄の入口にいるンだっけ。そっちへのルートは、悪人ばかりだったはずだがなあ・・。
 そこで、善行を認められれば、天国ルートに返してくれるんだっけ・・・さあ、分からなくなってきたぞぅ。

 じいさんは、そこをパスできたテロリストは、テロリストだけの天国ゾーンに行くんだと考えた。
 テロリストがドカンとやったお陰で、若い優秀な善良な若者も死んだ。

 こちらは善行証などなくても、天国に行けるが、その優美なゾーンに、荒くれのテロリストが同居するなんて考えられない。
 テロリストはテロリスト同士で集団になれば良い。

  天国にゃテロリストだけの国がある、ってことじゃあないか。

  そうしないと、おれたち善人は、これから、真面目に生きていけないよなぁ。

  こんな話、面白くないか。
  じゃ、また。生きてたら・・・。

 

 

 

  

  

 

 

 

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