柊じいさんの、ぼ・や・き・

年寄りが日向で居眠りしながら、色々と、昔のこと、これからのことなどなど、ぼやきます。

今日も駄作でナルシスト 9/22

2016-09-23 14:00:40 | 川柳らしいもの

 川柳を始めて1年余。
 あまり上達しない。 
 センスが無いんだよ。
 もっとも、だから「無扇」と号をつけたわけだが・・・
 
 そこで、過去の駄作を出して、「おれはこんなことを言いたいんだよ」と解説する。
 時には、即興で「新作」になることもあるかもしれないが・・・・
 解説付きで分かってもらおうとするのは、本当は邪道なんだ。
 ある先生に言われた。
 「作品は絵もおなじだ。何を描いたかが問題じゃあない。見る人が何を感じてくれるか。それが問題だ」と・・・
 それは分かっているが、自分で反省もするつもりで、振り返る。

 では、その1.

 柊は葉っぱのトゲで身を護る 2015.7

 じいさんは雅号に、「柊」を入れた。
 柊は、常緑樹だが、葉っぱに、鋭いトゲがある。
 下手に触ると、刺されて指にケガをする。
 それが知られれば、次から、誰も手を出さない。
 身を護る知恵だ。
 
 しかし、それが知れ渡ると、だれも近づかなくなる。
 孤舟となる。寂しいね。
 いくら良い匂いの花をつけたところで、ハチ以外は近づかなくなるだろう。2016.9.16/

  その2.

 赤バラを百万本は買えません 2015.6

 添削指導を受けてた頃のものだ。
 リズムが悪いと直された。それで「赤いバラ百万本は買えません」。
 イメージの元は、加藤登紀子さんの歌だった。
 貧乏な画家が女優に恋をした。トップスターに迫る術が無い。
 そこで、女優が好きだという赤いバラを買って、女優の家の窓から見える所を、その赤いバラで埋め尽くして、恋心を伝えたというような、内容だった。
 じいさんは、ロマンが無い無扇氏だから、貧乏な画家にバラを百万本も買えるわけはないと思った。

 そこで、いくつかつくりなおして、今年になって、

 一本の薔薇さえ買えず一人者 2016.1.5
 
 としてみた。
 じいさんの悲哀は、伝わるだろうか。2016.9.16

 その3.
 
 草むらに恋のうた詠むされこうべ2015.9.18/

 これも、どこかに書いている。

  少し離れたところに、小野という集落がある。小野小町の出生地だという「伝説」がある。
 小町の出生地は謎だ。日本のあちこちに「伝説」がある。
 このことについては、どこかに書いてあるので、じいさんのブログを探して欲しい。
 この町が古くから由緒あるところだったかどうかは、例によって調べていないが、ここと京都がどうやって結びつくのか、小野小町は六歌仙と言われたくらいの教養のある女性だ。
 色々と伝説がある人だ。世界三大美女とかいわれる(もっとも日本だけの話だそうだが・・・)くらいで、宮中でも相当な羽振りをきかせていただろう。
 この話は長くなりそうだから、ちょっと置いといて、じいさんの下手な川柳の話にもどるよ。
 その3.は講座の中で、添削してもらった。
 一応は褒めてもらったが、古いので「こんなのもある」と知らされた。
 「骸骨のどこに小町の花の色」(剣花坊)

  小町のことは、古い書物にたくさん書かれているらしい。
 六歌仙などと持ち上げられているが、出生地は謎だ。
 小町は美貌だったが、言い寄る男をみんな袖にしてしまったらしい。
 それで、不遇な後半生を送ったようだ。
 実家などは支えてくれなかったようだね。
 それで、流浪の旅もしたようだ。
 乞食になったとか、原野で倒れ腐って朽ちていくところを(想定して)絵にされたりしている。
 どこで、どう死んだのかも不明だ。
 東国の原野で一人死んで朽ちていった。
 在原業平が旅の途中で、歌を詠むしゃれこうべを見たとかいう話もある。

 じいさんは、近所の「小野」が、その死んだところだったんじゃあないかと思って、駄句を作った次第だ。
 それからも気になって、この素材の「小町」をまだいじくり回している。2016.9.18/

 その4.

  この雨のはじめ(は)去年のおれの汗 2015.6.29/

 これも添削に出したものだ。
 リズム感がない、(は)は取れ、と先生に言われた。

 えらく壮大な表現をしてみた。
 地球上の水は、90数パーセントが、海にある。
 地殻も、川や湖、氷河、雲、水蒸気、植物や生き物の身体にも水分がある。
 じいさんの身体から出る汗など数えることも出来ないカスだ。
 
 昔、たぶん高校あたりで教えてもらった話だが、コップ一杯の水を海にあけたとする。
 完璧に混ざったとして、その後で、海水をコップに掬うと、その中に元のコップにあった水の粒(分子だったかな?)が2~3個は含まれている。
 どこの場所でも、深さでも、そうだという。
(どうだ、すげえだろう)と、先生が言ったかどうか忘れたが、そんな話が頭にあって、このおおぼらになった。
 
 どうだ、おもしれえだろう。2016.9.18/

  自慢できるほどの作じゃあねえよなぁ。
 さて、次のは・・・・
 
 その5.

  どの国も発展途上じゃないのかね2015.11.8

 言葉を弄んで、川柳を作っている。
 世の中には言葉が溢れている。
 山奥のじいさんも、それなりに理解をしようとするんだが、何しろあまりにもたくさんの言葉が洪水のように押し寄せてくる。
 その意味も分からぬまま、おたおたしている日々だ。
 改めて、立ち止まり、反芻していると、ときどき「あれれ」と思うようなモノに出会う。
 それで、今回の、これだ。

 じいさんのご幼少の頃、世界の国は、先進国と「後進国」に分けて表現されていた。
 それがいつの間にか、「後進国」ではなく「発展途上国」になった。
 今では[後進国」などという不遜な表現はしなくなっている。
 敬意を込めて「 発展途上国」というが、「遅れている・・・」というニュアンスは抜けていない。まだまだ、後から来る国だよ。
 でもさあ、「先進国」はどうなった。
 こっちは変わってないよね。どこが、その国か。G7とかトウェンティとか出てくるが、線引きはぼやかしてある。
 「発展途上国」の対語なら「発展終了国」になっちまうじゃあないかい。
 
  中には「核兵器」も持っていながら、場合によっては、「途上国」になり、援助金を手にしていそうな国もあるみたいだ。
 よく考えりゃ、どの国だって、もっと良くなるように努力中なのだ。
 だから、世界中が「発展途上」にあるはずだ。
 ほかに置き換えた方が良さそうだけれど、じいさんの「造語力」では、とんと難しいよ。2016.9.19/

 その6.

  閑かだねだあれもいない蝉の道2015.10.16

 生意気に、芭蕉のメイクをパロってみた。
 これも添削で、「写生句だ」だと指摘を受けた。
 俳句なら写生でも良いが、川柳には「人生」が投影されていたほうがいいのだそうだ。
 この俳聖の句は、小学生の頃には勉強しているよなあ。
 芭蕉が、弟子の曽良と「奥の細道」を旅している。
 山形あたりで歌われたのか。
 「閑か」というのを「静か」としか理解していないガキだった。

  しずかさや岩にしみいるせみのこえ

 この「蝉」はなんという蝉かと聞かれても、答えられない。
 「どうやら、ニイニイゼミらしい。山道で、この蝉が激しく鳴いている。まるで岩にしみこむように鳴いているんだ」
 ガキだったじいさんは、ニイニイゼミを知っていた。
 夏の初めに出てくる。かなりうるさい。
 あんなのが山中で、しかも岩にしみこむように鳴いているのだったら、全然「静か」じゃあないよなあ。
 そう思ったが、そのまま、翁の心を問えず年をとってきた。
 それで、こう表現すれば、どうだ、と、捻ってみた。
 若い曾良さんの背中に声を欠けている翁の姿が見えないか。

 その7.

  峨眉山に俺の骸骨散らばっている2015.7.18/ 

  杜子春も、おれの題材に使う。
  ぼんやり名月を見ていたら、どこからか仙人が現れてきて、月影の頭の所を掘ってみろといわれて、夜中に掘ってみるとたくさんの財宝が出てきた。それで数年大富豪の暮らしをした。
 すってんてんになるまで使い果たして、また、ボーッと月を見ていると、また仙人があらわれて・・
 この竜之介の話は、言わんとする何かがあるのだ。
 その3話をひねってみると面白い。
 三度目に、腰の所を掘ってみろというのを遮って、仙人になりたいと言った。
 すると、その仙人が、修行場である峨眉山に連れて行き、高い岩場にすわらせた。
 北斗七星が茶碗くらいに見えると言う表現が耳についている。
 そこで、様々なバーチャルなモノを見せられる。その間、一言も声を出すな、出せば即殺すという条件だった。
 どんな魔物が襲ってきても、杜子春は声をころした。
 最後に両親が襲われる光景を目にして、とうとう声を出した。
 ───、だが、禁を破ったものの、杜子春は生命を長らえた。
 あそこで声を出さなかったら、本当は殺していたという仙人に、南の方で畑を作って暮らせといわれた。

 じいさんは欲が深いから、仙人との約束を守って、両親がさいなまれるのを、「これはバーチャルの世界」と、たかをくくっているから、峨眉山で骨になってるよ、たぶんね。2016.9.20

 その8. 

 雨来たと芋の葉っぱのティンパニー2015.8.20

 添削指導をうけたものだ。ティンパニーは褒められた。
 川柳は人生を詠うものという決まりのようなものがあるようだ。
 そこに未熟者が季節感をいれようとしている。
 じいさんは、擬人化というテクニックを使ってみたりする。
 じいさんが洞窟の前につくっている畑に、今年も
里芋の大きなはが揺らいでいる。
 夏の雨は、急に襲ってくることがある。しかも南から少しずつ走ってくるように雨脚が忍び寄ってくる。
 芋の葉っぱは雨粒を受け止めて、小さな音を立てる。
 次第に大きくなってくると、じいさんは軒のある所に逃げ込む。
 ラベルのボレロのようだが、モタモタしていると、ずぶ濡れになるから、ティンパニーのおとが小さいウチに空を見上げて
判断をする。2016.9.22/ 

 その9.

  休肝日変更ばかりでやすみなし2015.9.20

 現役の頃、随分無茶な酒飲みだったわけではないが、肝臓さんには迷惑をかけてきた。定期健診のデータでも良くない結果が続いた。検査日の前には飲まないなんて姑息なことをしてみたが、天はお見通しで、効果は少なかったなあ。
 「酒を止めろ」とまでは言われなかったから、なんやかやと縄のれんをくぐってしまったよ。
 でも、年をとってきて、休肝日をつくったほうが良かろうと思い、思い切って1日おきにしてみた。

 やがて、毎日日曜日の日々になった。
 掟を守っている時もあった。
 市でやってくれる年1回の成人病検診で、肝臓などの具合は良くなってきている。
 そんなに気を病むことはなくなった。
 一日おきを守ってきたが、「今日は暑いなあ」「野良仕事で汗をかいた」「良いことがあった」などと理由をつけて、休肝日を先送りすることも少しずつ増えてきた。
 それで気がついたら、この句のようになった。
 反省の気持ちも無くはないが、どうやらぐうたらになってしまったようだ。
 先生に共感して貰えたのか、「川柳マガジン」のWEB句会で、秀作にいれてもらった。9/23

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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