アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

日本では科挙をやらなかったこと

2016-10-12 05:21:34 | 時代のおわり
◎ゆるやかな国家統合

中国人のカンニングの恥も外聞もないことが、海外ニュースで報道されることを見たり聞いたりすることがある。そこまでひどいのは、やはり科挙の影響だろうと思う。

日本の歴史で特徴と言えるのは、道教をほとんど入れなかったこと、キリスト教禁令を長くやったこと、そして科挙を入れなかったことなどが挙げられる。

科挙は、漢代からあったことを考えれば、日本でも科挙を取り入れてもよさそうなものだが、一貫して入れなかった。

その理由は、中央主権的な政府が明治になるまで成立しなかったことだろうと思う。中国の漢や唐、明、清などのように中央集権国家となれば、中央の言いなりの能吏の地方派遣を必要とする。能吏は、皇帝が人事権でもってコントロールする。日本では、鎌倉時代以降武士の政権になったとはいえ、基本的には、軍事力は諸国の土豪が保有することを認めてきたので、江戸時代も幕藩体制であった。

よって、中央が派遣する“大官”が地方を軍事面でも掌握するというシーンはなかったので、科挙は日本にはなかった。

それと日本は、ことだまの幸はう惟神(かむながら)の国、国民も天皇陛下にも徳治の心性と伝統が根を下ろしている。仏教がものすごい勢いで入ってきても古神道は習合して仏教を取り込み、一方で古神道と似た道教は拒絶してきた。

文武というが、鎌倉時代以降江戸時代そして昭和20年の敗戦まで武官優勢であって、文官は一段低く見られていたところがある。これも科挙をやらなかった理由。科挙をやるには、文官の地位を武官に優越させなければならないから。

敗戦後、武装解除させられ、文官万能の時代にはなったが、武力の指揮権は日本国にはあるようには見えないので、依然として科挙をやる環境にはなっていない。

残念なことに、戦後科挙は入れなかったが、その代わり平和な時代が続いたため、澱んだオリのようなものが社会の至るところに発生し、貧困化と核家族化の進展で、孤独と生活苦に苦しむ新たなタイプの窮民の多い地獄的な時代になった。
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